3-2

 午後3時4分。


 ギディとシルウィンは、ローゼがトレイいっぱいにして持ってきたパンケーキの巨大な山をガツガツ切り崩している。


 若いのはいいとグウォンは苦笑いして、空になったマグカップをテーブルにおいて予期せぬ客人の話をまとめてみる。


「つまり、あんたらが修理を手伝った飛行船のやつらが、その日の夜に嬢ちゃんのお姉ちゃんを誘拐していったということですかい? それで、あの冗談みたいな飛行船で追いかけとったと? 無茶といいますか、無謀といいますか、命知らずといいますか……さすがのアッシもしっくりくる言葉がすぐには出できませんワ」


 なにより、とグウォンは苦笑いを張り付かせたまま続ける。


「黒の狩猟団が誘拐したことが、アッシは一番信じられんのですワ」


 ギディが握りしめた拳にシルウィンがそっと手をおいて、彼をなだめる。


 今日1日まともな食事をしていなかったせいで、先ほどまでギディと同じペースでパンケーキの山を攻略していたシルウィンだった。しかし、パンケーキだけではさすがに飽きてきたし、空腹も満たされて手を止めている。

 ギディはそのヒョロヒョロした体に不釣り合いな量を、まだ胃袋に納め続けている。


「グウォンの話を最後まで聞きなよ。しゃべり方はともかく、これでもコイツ、頭はきれるからさ」


 フフンと鼻を鳴らしたベルは、床に固定したテーブルに軽く腰を預けて長い褐色の脚を持て余している。


 リーダーのレイヴンは壁に持たれて立ったまま、目を閉じて眠っているようにすら見える。時おり、トントンと丈夫なブーツのつま先で床を叩いているから、そうではないとわかる。付き合いの長いグウォンだけが、彼が命知らずの少年少女に興味を抱いている証拠だと知っていた。


「敵を知ることは大事なことですからに、黒の狩猟団という空賊のことと、そのアタマクロードがどういう男か、知って損はないでっしゃろ」


「大人は嘘つきだ」


「手厳しいですなぁ。アンタも後4、5年すれば大人の仲間入りでしょうに」


 自分の言葉をカラカラと笑い飛ばされたギディは、睨みつけるだけで何も言わなかった。いや、言えなかった。捨て子だった自分の正確な年齢は分からないが、一応、シルウィンと同い年ということになっているから、大人だと認められるまで数年しかないのは確かだ。とはいえ、黙ったままでいるのも面白く無いギディは、とにかく仏頂面でパンケーキの最後の一欠片を飲み込んだ。


「おかわり」


「…………」


 たっぷり5秒。沈黙がリビングを支配した。


「馬鹿ギディ!」


 これ以上ないくらい真っ赤な顔でシルウィンは、ポカポカとギディを叩いた。怒りというより、恥ずかしくて仕方なかった。


「やめろよ、なんで怒ってるのさ?」


 キョトンとしているギディが、必死で笑いの発作を静めようとしていた大人たちにとどめを刺した。グウォンもベルもローゼも、お腹を抱えて涙流しながら笑い出した。感情の起伏が少ないレイヴンですら、肩をふるわせている。


「ローゼ、作ってきてやれ」


 まともに話せる状態でないローゼは、ブンブンと首を縦に振ってリーダーの指示通り追加のパンケーキを作りにリビングを出て行った。


 ギディはなぜ大切な幼なじみが怒っているのか、大人たちが抱腹絶倒しているのか、まったく理解できずに首を傾げている。




 追加のパンケーキが来るまでの間、最後まで笑っていたグウォンが目尻に浮かんだ涙を拭った。


「さてさてぇ、黒の狩猟団の話でしたなぁ。カシラのクロードは、頭目会とうもくかいの第三席の椅子に座っとる、まぁ、空賊の中じゃチョー有名人ですワ」


 頭目会と言う言葉にも反応が薄い2人に、またしてもグウォンは苦笑いをしてしまった。


「お二人さん、頭目会も知らんのかい?」


 コクンと迷いなく真剣な顔つきで首を縦に振る。苦笑いだけでなく、ため息まで吐くはめになったグウォンだった。


「頭目会っていうのはですなぁ、空のならず者たちの元締めたちですワ。ならず者たちにもそれなりに掟といいますか、ルールっちゅうモンがありましてな……まぁ、頭目会の椅子は5つ。クロードは五本の指に数えられる大物中の大物ってことですワ」


 唇を噛んでうつむいたシルウィンが、飛行船のことは知っていても、空賊のことはまるで知らなかったことは、容易に見て取れた。


「しかし、黒の狩猟団はなにかと義賊ともてはやされることの多いヤツらだ。富裕層だけを狙い、むやみやたらに人命を奪わない。手下からの信頼も厚い。そんなヤツらが、誘拐とは信じられんな」


 眉毛まで臙脂色のバンダナで隠しているレイヴンが、ため息混じりに中空を見つめる。


 面白いことが起こりそうだと、彼を見てグウォンはほくそ笑んだ。


 ベルはそのグウォンを見て、面倒なことになったと亜麻色の髪をかき上げる。


「俺たちは、報酬次第では何でもやるレイヴン商会。空賊じみたことから、護衛、運び屋まで何でもやる。報酬次第だがな」


 レイヴンは初めて壁から離れて、テーブルを挟んで予期せぬ客人の正面に立った。


「どうする? 黒の狩猟団を追いかけて、クロードと交渉してやろう。奴にはいろいろ世話になったこともある。俺が要求する報酬はお前たちの船だ。身内を取り返したいのなら、安いものだと思うがな」


「いいよ」


 即答したシルウィンにギディはギョッとした。


 シルウィンにとって、あれほど信用しないと決めた大人たちに、姉の救出を依頼することは屈辱以外の何物でもなかった。それでも、大好きな姉を取り戻すには他に方法はなかった。大樹海に落ちてた部品を組み合わせて作ったつぎはぎの翼号は、拿捕された時に幾つかの部品は破損している。自力で追いかける方法すら、今のシルウィンにはなかったのだ。


 シルウィンにとって考える時間もおしい。たとえレイヴン商会の大人たちに、クロードのような下心があったとしても。


「契約成立ですなぁ。なら、さっさと追いかけますか、黒い猟犬号をなぁ」


 グウォンは長年求めている叙事詩の一節になるであろうと、目を輝かせた。


 もちろん、レイヴンが理由もなしに彼女たちに手を差し伸べたわけではない。その理由は長い付き合いのグウォンでしか、察することができないが。

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