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エスタ歴494年七の月27日午後0時28分。大樹海近くの上空にて。
見張り台のドーム型のガラス製ハッチの中で、グウォンはギターを爪弾いている。
「太陽はぁ
即興で作った空腹を訴える歌を、やけくそになって繰り返し歌い続ける。始めは「太陽はぁ間もなく南中して~(以下略)」だったことを考えると、よく飽きもぜずに空腹を訴える歌を歌い続けられるものだ。見張り台の伝声管の蓋は全て開けられているが、あいにく反対側の蓋は全て閉められている。
孤独な空腹の歌は、見張りの交代時間まで歌い続けられるだろう。いつものことだが。
「アッシをぉ救う方法はぁ、見張りの交代ぃいいい、ただそれだけぇ〜それだけぇえええ」
歌いながらもグウォンは、決して自分の仕事を疎かにしていたわけではない。彼の名誉のためにも、それだけは心に留めておいてもらいたい。
彼がソレに気がついた時、目を疑わずにはいられなかった。
「冗談でっしゃろ」
遮光ゴーグルを押し上げて、澄んだエメラルドグリーンの海の色をした双眸に双眼鏡に押し当てた。
危うく彼が見逃しそうになったソレは、飛行船だった。
舌打ちを1つして彼はすぐに非常ベルを作動させる。
「左舷後方下に小型飛行船あり! 繰り返す、左舷後方下に小型飛行船あり! 小型飛行船、上昇中。ここままだと衝突してしまいますワっ!」
伝声管に向かって一通り怒鳴ると、彼は次の行動に移った。
ゴーグルをはめ直して、青いマフラーを口元まで引き上げた。彼は見張り台のハッチを開く。
飛行船の気嚢の上部にある見張り台のハッチが開くと、一気に強風にさらされる。
グウォンは素早く愛用のギターを背中に担いで、幅広のベルトから伸ばしたフックを見張り台とデッキをつなぐ左舷側のロープの昇降装置に引っかけた。バランスを崩せば気嚢も彼自身も致命的な損傷を負いかねないが、右手に持つフックで速度を調節しながらロープ伝いに鮮やかに滑り降りていく。
午後0時32分。
見張り台から左舷側の外通路の手すりの内側に着地したグウォンは、手すりから上半身を乗り出している浅黒い肌の痩身の男にマフラーをおろして声をかけた。
「アッシ、はじめは模型かと思いましたわぁ」
「だろうな。飛んでいるのが冗談みたいな船だ。冗談そのものは、お前だけで充分だっていのにな」
浅黒い肌の男は単眼望遠鏡を折りたたんで、グウォンに背を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょ、アッシが冗談? 冗談じゃありやせんぜぇ!」
グウォンは聞き捨てならないと、浅黒い肌の男、レイヴンを追いかける。
操縦室の後ろにある彼らがリビングと呼んでいる部屋には、操縦士のベル以外の乗組員が集まった。
レイヴンの予想では、早くて13分後、遅くとも15分後には小型飛行船と衝突する。
通常なら光信号で回避をうながすのだが、あの速度では難しい。なにより信じられないことだが、向こうがこちらに気がついていない可能性が高いのだ。
「で、どうするんだ?」
相棒の鷹に肉片を与えている癖のある栗毛の体格のいい男が、面倒だと鼻を鳴らす。
「釣り針で
「えー! 的が小さすぎるわ。あの大きさならこっちの出力上げれば、余裕で回避できるじゃない」
金髪の小柄なくせにつくべきところは肉づきのいい女、ローゼが、舌を突き出して抗議してが無駄だった。
「時間がない。マックスはいざって時のために、機関室で待機。ローゼは釣り針で空飛ぶ冗談を拿捕。俺とグウォンは空飛ぶ冗談の調査。もう一度言うが時間がない。さっさと持ち場につけ」
リーダーであるレイヴンの説得が唯一可能なグウォンがお手上げと肩をすくめたことで、マックスとローゼは指示通り行動を始めた。
レイヴンが突拍子もないことを言い出すのは、今に始まったことではない。いちいち口を出していたら、同じ飛行船に乗っていられない。
「ベル、そういうことだ」
『イヤだけど、しかたないね』
操縦室につながっている伝声管で手短に指示を出して、操縦士ベルの返事をきいてからレイヴン自身も準備にとりかかるその前に、やらなければならないことがあった。
「グウォン、飯は後。お前も準備しろ」
「いやいや、飯が先ですわぁ。アッシ……イタタタ!」
今まさに塩気の強いクラッカーを食べようとしていたグウォンの耳を引っ張る。
「イダダダ……アッシの飯がぁああああ」
リビングから強制的に連れだされたグウォンに同情するような乗組員は、残念ながら1人もいない。
午後0時44分。
ギリギリまで待って、ローゼは釣り針を発射した。
釣り針と彼らが呼ぶソレは、返しのついた巨大な矢じりだった。矢じりと矢じりから伸びる極太のロープで獲物を捕まえる姿はまさに釣りそのものだ。
気嚢の破損による墜落事故に備えて、最低でも二重にしてある。ローゼが撃ち込んだ釣り針は、外側の気嚢のみに命中した。
「命中! ゴンドラに損傷ないはずよ」
ゴンドラの下部にある発射台で童顔のローゼが、豊満な胸を揺らしながらガッツポーズ。そんな姿が、伝声管からの声とともに伝わってきて一番乗り気でなかったグウォンの口元まで緩む。
釣り針を命中させた後、熱機関がまだ作動中の小型飛行船との適度な距離を保つ必要があった。
天空楼閣号は、速度を上げながら旋回を始めた。遠心力を使えば、操縦士の腕と熱機関の出力の差で衝突を回避できる。
午後0時46分。
レイヴンが持つ弩の射程圏内まで引き寄せた小型飛行船に、丈夫なロープ付きの矢が打ち込まれた。外通路の天井に備え付けられている巻き上げ機と小型飛行船が、しっかりつながったとこを確認して、彼は振り返った。
「お前が先だ」
遮光ゴーグルをはめて黒いマフラーで口元を覆ったレイヴンは、すきあらば逃げる態度を隠そうともしなかったグウォンを睨む。
「行きますとも、行きますとも。アッシのランチタイムを遅らせた恨みは、いつか晴らしてみせますぅ」
グウォンの独特なイントネーションはやる気の無さを強調されるが、革のグローブをはめた手にはロープを渡るための滑車が握られていた。ゴーグルとマフラーを確認して、背中の装備を背負いなおす。
「さっさと済ませるに限りますワ」
ロープに滑車をセットして、グウォンは手すりを飛び越えた。
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