Chapter 1 少年少女、大空へ!

1-1

 エスタ歴494年七の月27日午前5時14分。大樹海にて。



 鬱蒼とした大樹海の中で、夜明け前は真夜中と同じくらい暗かった。


 様々な大きさの板材と鉄材でできた床と壁が、まだ安定しきっていない。振動で崩れないのが不思議なほどガタガタと音を立てていた。板材と鉄材のつぎはぎクレイジーキルトの中に嵌めこまれたドーム型のガラス窓の外を、睨みつけている鈍色にびいろの双眸には、どんなはがねよりも硬い決意の光を宿していた。


 そろそろかと、鈍色の双眸はガラス窓の周囲に取り付けられた無数の大小様々な計器を確認していく。硬い光を宿した双眸と同じくらい、その少女の表情は硬かった。


「大丈夫。絶対に飛べる」


 自分自身に言い聞かせるが、操縦桿を握る彼女の小さな手は震えていた。


 その震えの原因が、緊張なのか、怯えなのか、怒りなのか――シルウィンにはどうでもいいことだった。


 小型の熱機関から伝わる振動が安定してきたのを、全身で感じ取る。


 無数の計器が次々と飛行可能だと告げる。


「ギディ、もうすぐ飛行可能になるから、こっちに来て」


 機関室に繋がる伝声管でんせいかんに呼びかける声は硬い。


『了解!』


 駆動音に負けないようにと張り上げたギディの声を耳にするだけで、シルウィンの口元が緩む。伝声管の蓋をして、大きく深呼吸する。


「大丈夫。大丈夫。ボクとギディだけでお姉ちゃんを助けるんだ」


 大人は役立たずだ。


 狭い操縦室の床のハッチから、黒髪の少年が這い上がってきた。


「シルウェン、後はどうしたらいい?」


「後ろに座って計器に異常がないか見張ってて。風に乗ったら見張り台で……」


「一度に言わないでくれよ。俺はシルウィンみたいに頭よくないんだから。えーっと、この緑色のところから針がずれたらいえばいいんだな?」


「そう、特に赤い方に振りきれたらヤバイから教えてよ。ギディ、ベルトして。まずはアンカー巻き上げ開始っと」


 左手でレバーを一気に引くと、ガラス窓越しに見える木々の揺れが大きくなる。


 両舷のアンカーの巻き上げが終わると、一瞬だけ不安定に船が揺れる。その頃には操縦席の後ろに座ったギディは、体を強張らせて必死に計器を監視していた。


 大丈夫と、シルウィンは操縦桿を握る手に力をさらに加えた。震えはもう収まっている。


「つぎはぎの翼号、飛ぶよ!」


 操縦桿を手前に引くと、後部下方に組み込んである主回転翼が傾き上昇を始める。


 風に乗るまでは安心できないとわかっていても、初めての飛行成功にシルウィンは心が踊ることを我慢できなかった。


「やったじゃないか!」


 無愛想なギディも、珍しく満面の笑みだ。そのことが、逆にシルウィンの気持ちを再び引き締めされてくれた。


「風に乗ったら全速力だ。ボクとギディでお姉ちゃんを助けるんだ」


「おう!」


 大樹海の木々のてっぺんよりも上昇する。



 シルウィンとギディ、それからここにはいないシルフィーが途方も無い夢を描いた大空が、すぐそこに待っていた。

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