2-3

 シルウィンとギディは、クロードが呆れてしまうほどよく働いた。


「お前ら、そんなに飛行船が好きなのかい?」


 そうクロードが2人に言ったのは、草原で遅めの昼食を彼らの飛行船の乗組員たちと車座になって食べていた時だった。


 食べたこともない珍しいチーズや、ソーセージ、南方の果物など、好きなだけ食べろと言われたが、食べきれるわけがない量の料理がマルチクロスの上にこれでもかと並んでいた。


「お姉ちゃんのための飛行船を作りたいんだ」


 減量中であることも忘れているシルウィンも、チーズを挟んだ黒パンをかぶりついている。


「姉ちゃん? 姉ちゃんも修道院に?」


 口いっぱいに頬張って喋れないシルウィンのかわりに、ギディが首を縦に振った。


「シルフィーって言うんだけど、シルフィーはエレメンターなんだ」


 クロードはこの辺りでは貴重な塩をまぶした肉の塊を食べる手を止めた。


「ボクはお姉ちゃんのおまけで、修道院に預けられたの。お姉ちゃんは風と相性いいみたいだから、ボクがお姉ちゃんの力を最大限に活かせる飛行船を作るんだ」


「そいつは楽しみだな」


「うん」


 本物の飛行船乗りに認めてもらえたことが、シルウィンは嬉しくて仕方がなかった。


 もしかしたら、シルフィーも一緒に乗せてくれるかもしれない。それから、彼らに時間に余裕があったらこの間、完成させたばかりのつぎはぎの翼号を見てくれるかもしれない。シルウィンの頭の中は、お手伝いが終わった後の妄想で頭がいっぱいになった。




 シルウィンとギディが部品調達に大樹海へ再び飛び込んでいった後のことだった。


 修道院にシルウィンに1日手伝いをしてもらっていると伝えに行っていた飛行船乗りが、少年少女がいないことを注意深く確認してからクロードにある報告をしていた。


「……エレメンター、か」


 クロードは真剣に男の報告と、昼食時にシルウィンたちからチラッと聞いた話を合わせて考えこんだ。


「どうします? アニキ。エレメンター、それも風のエレメンターなんざ、滅多に手に入りませんぜ」


 顔に切り傷のある男が、口元を歪めて笑う。




 エレメンターは不思議な力が使える人のことだ。


 生まれながらに、自然界の力を操ることができるごく一部の人たちのことである。旧時代ロストエイジを研究する学者の中には、エレメンターはおとぎ話の魔法使いのように強力な力を使えただろうと言う。しかしシルフィーがそうであるように、今のエレメンターは感情がコントロールできなければすぐに暴走しがちな未熟な魔法使いとも呼べない存在だった。


 学者たちですら、目に見えない不思議な力の活かし方を理解しているとは言いがたい。個人差があり、加齢とともに力を失うエレメンターが多いことが、研究が進まない主な原因である。


 エレメンターであることがわかった子どもは、まず研究機関の下位組織である修道院に預けられる。その後は、エレメンターであることを活かした職に就くか、学術都市の研究機関へと赴くか、あるいは力を使わないようにコントールしながら普通の生活を送るなど、エレメンターによって進む道は別れる。


 大樹海の中の5つの国では、未熟なままであるエレメンターの研究よりも、飛行船の熱機関を地上でも応用する方の研究に力とお金をつぎ込んでいるのが現状だった。しかし熱機関の研究も発明から約200年、ほとんど成果はない。


 緑の悪魔グリーンオークに囲まれた箱庭を管理する見えざる悪魔が、文明の発達の邪魔をしている。そんな冗談があるくらいだった。




 午後4時過ぎにシルウィンたちが飛行船に最後の部品を届けに来た時、クロードの姿はなかった。


 血色の悪いスキンヘッドのくねくねした動きをするブルーノが、明日の朝に来てほしいとクロードが言っていたと伝えてくれた。


「明日、乗せてくれるんだよね?」


「そぉねぇ……、アンタたちのおかげで今日中に修理も終わるんですもの。ちょっとくらいなら、乗せてくれるでしょうねぇ。アニキも助かっただろうしぃ」


 目つきの悪いブルーノだが、コミカルなオネェ口調で受けあってくれたことが嬉しくて、シルウィンはギディに抱きついた。


「よかったじゃないか」


 本当はギディも嬉しいくせにとは言わなかった。シルウィンは本当に嬉しかったり楽しかったりする時、ギディが照れ隠しにことさらぶっきらぼうになることを知っていたからだ。




 飛行船乗りに見送られて、大樹海の中をギディに背負われて修道院に向かいながら、シルウィンは大事なことを思い出した。


「お姉ちゃんも乗せてってお願いするの、忘れてた」


「大丈夫さ。シルウィンはすごく頑張ったから」


「そうだね! そうだよね!」


 シルウィンの頭の中は飛行船に乗ることでいっぱいだった。




 ギディに近くまで送ってもらって修道院に帰ってきたシルウィンは、シルフィーと一緒に使っている部屋へ急いだ。


「お姉ちゃん、聞いているよね? ボク、飛行船に乗せてもら……お姉ちゃん?」


 シルフィーはいなかった。


 修道院中を探しまわったが、見つからなかった。その頃になってようやく、いつもよりも人がいないことに気がついた。小さな修道院ではあるが、それでも夕食の時間が近いというのに、5、6人しか見かけなかったことなどなかった。


「お姉ちゃん、シルフィー・リーはどちらにいますか?」


 いてもたってもいられなかったシルウィンは、まだ話しやすい小太りの料理番デボラおばさんにたずねることにした。


「ああ、あのなら、ここの偉いさんたちとどっか行っちまったさ」


 デボラおばさんは幼いころの怪我のせいで片足を引きずりっている。そのせいで親に見放されて、この修道院にやって来たのだという。


「だから、心配することないさね。さっさとご飯にしよう」


 黙ってうなずいたものの、シルウィンは不安で仕方なかった。


 夕食も食べずに部屋で姉を待っていたが、疲れに負けて彼女が眠りに落ちてしまうその時も、シルフィーは帰ってこなかった。

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