5-6

 午前11時35分。天空楼閣号、船尾側外通路にて。


 シルウィンとギディは、レイヴンと一緒に命知らずの鳥レックスレスバードの一騎打ちを見守っていた。グウォンは、マックスが戻ってきた時のために格納庫の隣の部屋で待機している。


 マックスのサンセットバードがリードを奪ったのを見て、シルウィンは歓声を上げた。


「シルウィン、喜ぶのは早いかもしれない」


「なんで? いい感じじゃん」


「全然、いい感じじゃないよ」


 同じ朱色でも、サンセットバードより鮮やかなウィングカイトの乗り手がわざと後ろをとったのだと、ギディは確信していた。


「多分、旋回ターンで仕掛けてくる気だ」


「確実に仕掛けてくる」


 必要最低限の会話しかしてこなかったレイヴンが会話に加わってきて、2人は驚いた。口元を覆っていた黒いマフラーをおろして、レイヴンは2人を一瞥して黒の狩猟団の命知らずの鳥レックスレスバードに視線を戻した。


「サンライズバード。クロードのウィングカイトだ」


 どういうことか尋ねようとした時、マックスが旋回ターンを始めた。垂直下降旋回バーチカルダウンターンを終える前に、後れを取っていたウィングカイトが旋回ターンを終えた。


「ヘアピンじゃないか!」


 水平左方旋回ホリゾンタルレフトターンの変化形に、ギディは声を大きくした。


 縦に一回転しつつ上下を反転させるよりも、横に回りこんだほうがウィングカイトと乗り手の負荷は減る。大きく回りこむ事になり、ロスが増えるために、好んで使う命知らずの鳥レックスレスバードはいない。


 ヘアピンは、ロスを限りなく0に近づけた水平旋回ホリゾンタルターンのことだ。強引な力技でもあるヘアピンを成功できる命知らずの鳥レックスレスバードを、ギディは知らなかった。


「ヘアピンは、クロードの得意技だ」


 レイヴンは淡々とクロードが現役の命知らずの鳥レックスレスバードの頂点に立つ男だと、2人に教えた。


「空賊の頭領になってからは、こういう競走レースに出てくることはなくなった」


 クロードのサンライズバード、マックスのサンセットバード、立て続けに自船の側面に回りこんで視界から消える。


「出ることなくなったって、現に飛んでるよ!」


「それだけ、負けられない勝負だということだろうな」


 シルウィンの泣きそうな抗議にも、レイヴンは淡々としていた。まるで全て想定内だと言わんばかりに。


「別にマックスが負けても構わないだろう? お前たちは、望み通りシルフィー・リーと再会できるのだからな」


 シルウィンとギディには、あまりにも無慈悲な言葉だった。


「なんで? なんで、そんなひどいこと言えるの? ここまでボクたちのこと……」


「誤解してくれるな、シルウィン・リー。俺たちは、出来る限りのことをしている。クロードには勝てない。それだけのことだ」


 わけがわからくて、シルウィンとギディはレイヴンにぶつける言葉が見つからない。


 そもそも、クロードが人さらいするような男ではないと、レイヴンは知っている。


 シルウィンは修道院の偉い人達から、さらわれたのだと聞かされただけだ。実際に、クロードがさらうところを見たわけではない。直後に黒い猟犬号が飛び去ったから、シルウィンとギディはさらわれたのだと信じて疑わない。


 確かにシルフィー・リーは黒い猟犬号にいたが、合意の上だとレイヴンは考えている。たとえばよくある話で、金銭のやり取りなどが行われたのだと。それはそれでクロードらしくないが人さらいよりか、現実味がある。


 マックスがクロードの弟であると同じくらい、レイヴンは2人に教えるつもりはない。


 すでに言葉を失うほど、混乱している2人にこれ以上追い打ちをかけるほど、レイヴンは無慈悲ではなかった。


「戻ってきたぞ」


 一言、先に黒い猟犬号の向こうから現れたサンセットバードに、注意を向けさせる。どこまで現実を受け入れられるかは、レイヴンのもっとも興味深いことだった。




 午前11時42分。天空楼閣号、ウィングカイト格納庫にて。


 初戦で勝ったのは、マックスだった。


「くっそ! なんだって、クロード兄さんが出てくるんだよ! ありえねぇだろ」


 5分のインターバルで水分を補給したマックスが、床を回転させてサンセットバードの向きを変えているグウォンに当たる。


「負けられないってことでっしゃろなぁ。あぁ、初戦でクロードは加速装置ブースター使いませんでしたワ」


「わかってる」


 マックスは加速装置ブースターを1回使用して、やっと勝てたのだ。クロードがあいさつ代わりに、初戦で加速装置ブースターを使わないと判断してのことだった。それがクロードの狙い通りだと知っていても、マックスは加速装置ブースターを使わなければならなかった。


「勝てるわけないだろ」


 勝利を諦めつつも、全力で尊敬する長兄と一騎打ちできることに、マックスは歓喜している自分に気がついて、苦笑を禁じ得なかった。


「そろそろ、第2戦ですワ」


 勝っても負けても、あの2人は姉に再会できるのだからと、マックスは長兄と数年ぶりに飛ぶことを楽しむことにした。




 午前11時51分。天空楼閣号、外通路にて。


 たった今、第3戦が終わった。


 第2戦は、クロードが加速装置ブースターをうまく使って勝利した。


 第3戦は、マックスがギリギリ勝ったのだと、シルウィンでもよくわかった。


 2勝1敗。あと1回勝てばいいだけだというのに、不可能に近かった。加速装置ブースターの残り使用可能回数は、マックスが1回。クロードが3回。明らかにクロードが優勢だ。


 レイヴンは、泣きそうなシルウィンを慰めることはしなかった。励ましもしなかったが。


 ギディは見るに耐えなくなったのか、第3戦の白煙弾が放たれる前にどこかに走り去ってしまった。


「レイヴン!」


 背後から呼ばれて振り返ると、ギディが命知らずの鳥レックスレスバードの山吹色のフライングスーツを着ていた。つぎはぎの翼号に積んでいたものだった。


「俺にやらせて」


「馬鹿ギディ! 何言ってるの? 大樹海でしか飛んだことないくせに」


 シルウィンは悲鳴のような声で、ギディを止めようとした。


「勝つつもりだろうな? 負けてもいい、ただ飛びたいというだけなら、断る」


「勝つ! あんな奴に負けない。じっちゃんが教えてくれたんだ。どうしても負けられない時に、勝つ方法。だから、負けない!」


 面白いことになってきたと、レイヴンは心の中で笑った。本当に興味深い少年だと。


「いいだろう。しかし、その命を落としたところで、レイヴン商会は責任を負わない」


 レイヴンが早速、外通路にある照明機材を操作して黒い猟犬号に、休憩を申し出る光信号を送った。シルウィンは真っ青になって震えている。


「大丈夫だよ。シルウィン。絶対に勝つから」


 ギディはシルウィンに背中を向けて、格納庫に急いだ。


 大好きな背中、独り占めしたい背中に、シルウィンは手を伸ばせなかった。




 午後0時15分。


 第4戦の開始を告げる白煙弾が放たれた。

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