第2話 奴隷市場にて【Rin side】】

 ああ、腹が減ったなあ。

 やっぱり、先週、ほかの二人の奴隷が「変なにおいがする」と言って食べなかった魚を気にせず食べたのがまずかったな。

 おかげでその後ずっと下痢と嘔吐で苦しむことになってしまって。

 奴隷商人が連れてきた藪医者は、他の奴隷にうつらないようにと言って消毒薬を振りかけるし、まずい薬は飲ませるし、そのくせろくに効かないし。

 食べられないのに腹は減るから、他の二人の奴隷が飯を食ってるあいだ、だらだらよだれが出るし、ふろに入れないから汗臭いし、最悪な気分だ。

 やっと治ってきたけど、奴隷商人は薄いパンがゆを一椀ずつしか出しやがらないから、全然足りやしないぜ、チクショウ。

 おかげで、もともと痩せてたのが今ではすっかりガリガリだ。

 毎日手を消毒液につけさせられたせいで、アタシの玉の肌の両手までぱさぱさになっちまったじゃないか!


 ここの奴隷商人は国から私を引き取るとき、最初は官吏に「引き取りは有料で!」などとほざいてやがったからな。

 さすがに官吏から金はとれなかったみたいだけど、ただでアタシを引き取る際も、精一杯恩着せがましいことを言って官吏に煙たがられていたっけ。

 上玉の払い下げの時は、袖の下掴ませてペコペコするくせにさ!


 ここに連れ帰った後は、改めてあたしの顔をじっくり見て


「ん~、こりゃ表に出せる顔じゃねえな。」


なんてひどいことを本人の前で言いやがった。

 それから、藪医者にアタシを診せて、藪医者からアタシの足が治らないと言われると、この傷病人用の部屋に放り込んで他のけが人や病人の奴隷の世話係にしてさ。

 その後、アタシが腹を壊したら、そのままアタシも病人としてこの部屋の住人にされちまった。

 チクショウ! アタシだって怪我さえなけりゃ! 美人だって言われたこともあるし!たしか3回くらい! 全部言ってくれたのはジジババだったけど! 足だって怪我する前は丈夫だったし! 子供のころはイノシシ娘って言われてたんだから! あれはたしか顔のことじゃなかったはず!


 奴隷は、最低でも食費に見合う働きができないと買い手がつかないのは当たり前。

 食費の方が高くつくようなら、町民を雇ったほうがましだからだ。  

 このままだと来週にもアタシも処分されちまうんじゃないだろうか、アーイヤダイヤダ。

 前の主人のようなろくでなしの変態はこりごりだけど、死ぬのも嫌だ。

 玉の輿を狙うのはあきらめるから、ジジイでもババアでもいいから騙しやすそうで飯をちゃんと食わせてくれそうな買主が見つかんないかな。

 まあ、この部屋にいちゃそもそも客の目にもとまんないから無理だけど。

 ああ、クソッ! 奴隷商人がちゃんと肉さえ食わせてくれたら、表に出られるくらい元気になるのに! 顔の傷だって化粧すれば何とでもごまかせるのに!

 そしたら、アタシのこの美貌と、たらしこむようなおしゃべりですぐに上客を捕まえてやるのに!


 んん? 奴隷商人が知らない男を連れて部屋に入って来たぞ?

 なんか目つきの悪い男だなあ?

 はっ! もしかしてあれが噂の死の商人! いたいけでかわいそうな奴隷をどこかに連れて行って亡き者にするという処分屋か!

 やだやだどうしよう! お願い、私を連れてかないで! 連れてくんならあとの二人のどっちかにして! 特に不愛想で若いだけのあの女なんかおすすめよ! あいつ、いびきと歯ぎしりもうるさいし。

 あーどうしようどうしよう、目が合ったら絶対連れていかれる! 目を合わさないようにうつむいていよう。

 目が合ったら、私の美貌に気付いて、きっと私を連れていきたいって思うはず! そして、さんざん慰み者にした挙句、深い森にでも裸のまま捨てられて魔物の餌食にでもされるんだわ。あー、そんなの絶対イヤ!


 ん? どうやら処分屋ではなくて客みたいね。

 目つきが悪いし、金もなさそうだけど、処分屋よりもましよ! この三人の中なら、私が選ばれる可能性は大きいわ。いや、あとの二人は私の引き立て役と言ってもいいわ! ここはひとつ、愛想笑いの一つもして気を引いてやりましょう。

 しょせん、男なんてきれいな女が愛想よくほほ笑んだら、こいつ俺に気がある!とかなんとか勘違いして、娼婦だろうと奴隷だろうといくらでも金を出して買うはず!


「はい!ウフフフフ。」


 男がなんか話しかけてきたので、できるだけおしとやかで上品な作り声で品の良い返事をし、ついでに嫣然と微笑んでやった。

 うん、やっぱちょっと病気のせいで体力がなくなっててフラフラするし、あたまがまわらず返事が適当になっちゃった気がするけど、女は愛嬌!で、とにかく愛想よくするよう心掛けて、微笑みを絶やさないようにしていたところ、どうやら買ってくれるようだ。


 フッ、チョロイやつ。


 冒険者みたいだし、人使いが荒そうな男だが、性奴隷を買いに来たわけではないと言ってるし、少なくとも前の主人のような変態ではなさそうなのでよかった。

まあ、アタシの魅力にどこまで耐えられるかはわからないけどね。


 とにかく、ようやくこのリン様にも運が向いてきたようだし、これからこのチョロそうなご主人様をうまく手なずけて、快適な奴隷ライフを目指すとしましょう!

まずはメシ! できたら肉! 食べさせてくれないと働けないよ! ソコントコヨロシク!  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る