第12話 魔物狩り【Rin side】

≪5日目≫


 ふう、はあ、はう~。

 ご主人様の背中を追いかけて、今日も暗いダンジョンの階段を下りていきます。

 一日ごとにダンジョンを潜るスピードが上がっており、特に階段の上り下りが大変です。

 足の悪い私には、下りも危険です。

 膝にかかる衝撃が徐々に痛みに代わっていきます。

 下りは荷物が軽いのがせめてもの救い。

 帰りは、重い荷物を抱えて急な階段を登るのが重労働です。

 でも、帰りはご主人様も気持ちに余裕があり、私のことを………いえ、多分大事な荷物のことを気遣って、私が荷物を落とさないよう休憩をとったり、特に坂が急なところでは後ろから押してくれたりして助けてくださいます。

 

 昨日と一昨日は、ご主人様から怒鳴られせかされつつも、狩自体は順調でした。

 魔物を追いかけて突っ走って行かれるご主人様を追いかけるのは大変でしたが、さいわい迷子になることはなく、私もご主人様も大きな怪我をすることはなく、最初の頃よりは落ち着いてご主人様に付いて行くことができました。

 ご主人様も、帰りはいつも優しくしてくださいますし、ご飯もおいしいものを食べさせてくださいますし、家事も手伝ってくださいますので、これまでの奴隷生活の中では最上級の待遇と言っていいでしょう。

 他のパーティーも戦闘中はメンバー同士で怒鳴りあってますし、帰り道でも喧嘩しているパーティーもますので、役立たずの私が戦闘中にご主人様から怒鳴られるのは仕方ないことなのでしょう。


 昨日の帰りにご主人様が知り合いと話をされていたとき、相手の方が「ドラゴンフライが出た。」と言われていました。

 それを聞いてご主人様は、少し焦った様子でした。

 ドラゴンフライは、私たちが潜っている階層よりもだいぶん先の階層で出たようです。

 ご主人様によると、ドラゴンフライを1匹倒せば、昨日一日の稼ぎを上回る値打ちの魔石が手に入るそうです。

 それって、リンちゃん何人分?

 まあ、ドラゴンと名の付く魔物は、たとえ本物のドラゴンでなくとも相当強いはずですし、強い魔物ならそれだけ強い魔力を秘めた魔石が取れるそうなので、お金が大好きなご主人様としては必死になるのも仕方がないのでしょう。

 

 うちのご主人様は、普段はわりと紳士なのに、金儲けとなるとわが身の危険さえ顧みないほど必死になられます。

 まあ、冒険者は年を取ってまで続けられる仕事ではないでしょうし、独り者のご主人様としては将来の蓄えが心配なのかもしれませんね。

 でも、それにしては危険な戦い方をしてますけどね?

大怪我をしてしまっては何にもならないのですから、将来のことを心配するなら、細く長くでお願いしたいところです。

まあ、ご主人様はああいう危ない戦い方をするためにポーターとして私を買われたのでしょうから、それをやめてしまわれたら私がお払い箱になってしまうかもしれませんけど。

それは困りますけど!


 などと、考え事をしながらご主人様の後を付いて行くと、お昼ころには15階層につきました。

 他のパーティーもドラゴンフライの噂を聞き付けたのかどんどん潜ってきているため、ここまでの階層の魔物が少なくて道行きがはかどります。

 私の遅い足でもこれだけ進めているのは、ご主人様が道に詳しくて、最短距離で階層間の通路まで行くことができるからです。

 でも、ずっと速いペースで来ましたので、正直私の足は限界に近づいています。

 

 ご主人様!

 もうそろそろお昼のはずですよ!

 お昼の休憩の時間ですよ!

 腹が空いては、狩はできませんよ?


 私とご主人様が休憩しながら軽い昼食を食べていると、ご主人様のお友達のグレコさんのパーティーが追い付いてこられました。

 ご主人様とグレコさんが話合われ、20階層までは同行させてもらうことになりました。

 ムフ、この二人はホントに仲がいいですね、デヘヘヘヘ………。

 グレコさんのパーティーは、メンバーが12人の大所帯です。

 パーティー名は「グレコのパーティー」だそうです、ナニソレツマンナイ、ヒネリナサイ、ヒネリナサイ。

 まあ、かっこいいパーティー名を自分で付けるのは恥ずかしいですよね。

 パーティー名もギルドに登録しなければなりませんから、分かりやすいのが一番なのでしょう。


 グレコさんのパーティーもまだ20階層にはたどり着いておられず、今日が初めての挑戦との事です。

 時々、足の速いメンバーを偵察に出しながらの進行なので、いつものご主人様の猪突猛進に比べればゆっくりとしたペースで進んでいきます。安全第一ですね!

 それでも、人数が多いこともあって順調に魔物を蹴散らしていき(もちろん、ご主人様は先頭で大活躍されてました)、気が付いたら20階層にたどり着いていました。

 ここからは、どちらが先にドラゴンフライを見つけるかの競争ですので、グレコさんのパーティーとはお別れです。


 ◇◆◇


 ご主人様は、いつもどおり大型パーティーが来ない細い通路を中心に探索していかれます。

 魔物は次々と現れますが、ドラゴンフライはなかなか現れません。

 D級の魔物が多く、ときどきC級の魔物が出ます。

 ご主人様は、どちらも難なく倒していかれます。

 私の背負子も、もう半分くらい魔石と素材が入っています。

 でも、今日のお目当てはドラゴンフライのようで、ご主人様は絶えず通路の奥の気配を探っています。


「リン、もしドラゴンフライが出たら、いつもどおり岩陰に隠れておけよ。

ドラゴンフライは凶暴だから、できるだけ離れて気配を消しておけ。

集団で出てくることはめったにないけど、もしお前の方に近づいてきたやつがいたら、背負子に隠れてじっとしていろ。

すぐに俺が戻ってくるから、じっと待ってればいい。

せっかくの魔物を逃がしたくないから、絶対に魔物除けの道具は使うなよ。」


 そうおっしゃって、あたりを探りながら慎重に通路を進んでいかれます。

 いつもより進む速度が遅いので、私は楽です。

 ドラゴンフライは飛行タイプで、素早いうえに警戒心が強く、相手に先に気付かれると逃げられてしまうそうです。

 そのため、こっちが先に見つけて慎重に近づき、急襲する作戦です。

 一度交戦状態に入ると、好戦的なドラゴンフライはもう逃げず出さずに向かってくるので、うまく近づければ逃げられることはないそうです。


 そのようにして、通路をどんどん奥へ進んでいくと、ご主人様が急に立ち止まって私に静かにするよう手で合図されました。

 そして、私には静かに後退するよう手で合図し、ご主人様は音を立てずにゆっくりと前進していかれました。

 私は、少し下がったところにあった大きな岩陰に隠れ、少しだけ顔をのぞかせてご主人様の方を窺いました。

 通路はまっすぐでしたが薄暗く、先の方へ行ってしまわれたご主人様の姿はよく見えません。

 何の音もしない暗い通路で一人じっと隠れているのはそれだけで恐ろしく、手が汗ばみます。

 後方や周りも警戒しなければいけないのですが、ご主人様が心配で前方へ向けた目がそらせません。

 そして、どれくらい経った頃でしょうか、いきなり遠くで火の手が上がりました!

 その付近が明るくなり、通路に浮かんでいるドラゴンフライの姿と、それに向かっていくご主人様の姿が見えました。

 火の手はドラゴンフライの口から出ています。


 火を吐く魔物!!!


 噂には聞いたことがありましたが、本物は初めて見ました。

 ドラゴンの名がつくのは、火を噴く魔物だからだったんですね。

 ご主人様は大丈夫でしょうか?

 私は怖くて冷汗がたらたら流れてきました。

 ドラゴンフライの吐く炎の光がご主人様の振るう剣に反射しています。

 遠くて細かいところまで見えませんが、ご主人様は剣を振り回していらっしゃいますからまだ無事のようです。

 でも、ダンジョン内は基本洞窟ですから、火は大変危険だと聞きます。

 そのため、パーティーに魔法使いがいても、ダンジョン内では火炎魔法は禁止されています。

 なんでも、昔、強い魔物を倒すために火炎魔法を乱発して、ダンジョン内に煙が充満し、その煙で大勢の冒険者が亡くなるという事故があったそうで、それ以来ギルドが火炎魔法の使用を禁止したそうです。

 なのに、魔物の方は平気で火炎魔法を使ってくるのですから卑怯です!

 頑張れ、ご主人様!


 はらはらしながら見守りましたが、しばらくすると


 キュエエエエエエエエエエエエエエ


っという魔物の悲鳴が聞こえ、急に火が消えて通路が暗くなりました。

 どうやら、ご主人様がドラゴンフライを倒されたようです。


「リン、来い!」


と言うご主人様の声が聞こえました。

 私はようやく安心し、岩陰から出てご主人様の方に向かいます。

 急に暗くなったので目が慣れず、もともと暗い通路は足元さえよく見えません。


 私がゆっくりと近づいて行く間も、ご主人様は油断なく周りを見渡して警戒されています。

 でも、ご主人様のは近くでドラゴンフライの吐く炎を見ていらっしゃったのですから、目がくらんでいるんじゃないでしょうか。

 すると、ご主人様が突然、身をかがませ、素早くあたりを見回し始めました!

魔物が近づく音でも聞こえたのでしょうか?

 私は、心配になってできるだけ早足で近づこうとしました。

 すると、ご主人様が


「リン!さがれ!」


と怒鳴られました!

 私は、ご主人様の声の必死さに、思わず足がすくんでしまいました。

 そのとき、私のほうを向いておられたご主人様の背後から、ご主人様に向けていきなり炎が吹き付けました!


 危ない!!!


 私が声を上げる間もなく、ご主人様は身を投げ出して地面に転がり、何とか炎をよけられました。

 ご主人様の向こうから、炎を吐きながら近づいてくるドラゴンフライの姿が見えます。


 危ない、ご主人様!


 私が手に汗して見守っていると、ご主人様は素早く立ち上がり、右に左に体を交わしながら一旦魔物と距離を取られました。

 先ほどはご主人様の方から魔物を急襲されましたが、今度は逆に魔物に急襲され、後手に回っているためうまく間合いが取れないようで、剣を振られているものの全く当たっていません。 

 しかし、ドラゴンフライも炎を連続しては出せないようで、しばらくすると吐き出す炎が止まりました。

 さっきよりも近くにいるので、ドラゴンフライの姿が何とか見えます。

 魔物は、ご主人様の剣が届かないよう通路の天井の方に飛び上がっていきます。

 すると、ご主人様はドラゴンフライの方ではなく通路の壁めがけて飛び上がり、高い位置にあった岩の出っ張りに足をかけ、さらにそこを踏み台にしてより高く飛び上がりました。

 細い通路の天井は低く、2段ジャンプで飛び上がったご主人様が天井付近で浮遊していたドラゴンフライに切り付けました!

 傷を負って体勢を崩したドラゴンフライが徐々に落ちてきたところを、先に着地したご主人様が再度切り付けてとどめを刺されました。


 ふ~、あぶなかった~。


 今のは見ていてはらはらしましたね。

 でも、さすがはご主人様、まるで軽業師のような身のこなしで見事に2匹目のドラゴンフライを退治なさいました。

 よかった!

 B級のドラゴンフライでもご主人様の敵ではないようですし、この調子ならご主人様の計画通りに狩りができそうです。

 私は、さっそく、ドラゴンフライの魔石と素材をさばくためにご主人様のほうへ歩き始めました。

 ドラゴンフライは皮が固いそうですので、うまくさばけるでしょうか。

 素材は、薄くて丈夫な羽と、鼻だそうです。

 あの鼻から炎を出しており、耐火性の高い素材になるそうです。

 ドラゴンフライの胸を切り開いて魔石を取り出すとき、肺のそばにある炎の元となるガスの袋を傷つけると、ドラゴンフライが死体ごと燃えてしまうので気を付けなければなりません。

 魔石や素材は燃え残りますが、傷物として値段が下がってしまうそうです。


 そんなことを考えながら、私はご主人様の方に近づいて行きました。

 ご主人様まであともう少しというところで、ご主人様が急に


「リン!走れ!」


と怒鳴られました。


 え?


 私は、ぐずぐずしているのを怒られたのかと思いましたが、ご主人様はずいぶん慌てた様子で、こちらの方に駆け出しました。

 そのとき


 ブーン


という音が聞こえました。

 耳元で虫が飛んでいるような音です。

 その音は後ろから聞こえたように感じました。

 私が振り返ろうとした瞬間、あたりがカッと光りました。


 え?


 私の周りが光っていて、私の前の方で私の方に向かって走っているご主人様がその光で白く照らされています。

 それで、私は自分の後ろから光が押し寄せてきたのだと気づきました。

 いいえ、光ではなく、炎そのものでした。


 一瞬遅れて、背後から熱を感じました。

 さいわい、ドラゴンフライ対策でご主人様が買ってくださったフード付きの皮の上着を着ており、背中に背負子を背負っていましたので、髪の毛に燃え移ったり、肌を直接焼かれたりはしていません。

 しかし、背負子や上着に火が付いたのか、徐々に熱を感じ始めました。

 その熱は、あっという間に耐えられない熱さに変わり、私は


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア」


と悲鳴を上げてうつ伏せに倒れました。

 熱さはあっという間に痛みに変わり、私はのたうち回るばかりでどうすればいいのか考えることもできません。

 後で考えると、背負子を下すとか、上着を脱ぐとかすべきだったのですが、その時には熱さから逃れようともがき暴れるばかりで、頭は全く回ってくれませんでした。

 ただ、遠くからご主人様が必死に走ってこられるのが見えました。

 ご主人様は何か叫んでらっしゃいましたが、もう何も聞こえませんでした。

私は、そのまま気を失ってしまいました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る