第19話 最深部へ

 シーズン3週間目。

 減るどころか、ますます増えてきた魔物たちに俺たち冒険者達は血眼になって狩りを続けた。

 この調子なら、例年をはるかに上回る稼ぎが得られることは間違いない。

 20~25階層あたりもドラゴンフライがまだまだ出ているようで、そのあたりで狩りをしているパーティーも多い。

 そのため、26階層よりも深部の階層はパーティー数がはあまり増えていない。

 おかげで、深部ではパーティー間で競争するまでもなく、少し探せばすぐに魔物に出くわす状態である。

 基地のメンバーたちは、仲間割れすることもなく、お互いに助け合って稼ぎを増やしていった。

 それでも、日がたつにつれ徐々に狩場が最深部へ向けシフトして行った。

 そしてついに、ゼットのパーティーが最深部に到達し、30階層を制覇するための探索に入った。

 ダンジョンボスは、すでに十数年前に倒されている。

 その代わり、最深部には通常のドラゴンフライより一回り大きいドラゴンフライ・ガリエという魔物(冒険者は『でかいやつ』などと呼ぶ)が出る。

 これは、ダンジョンボスと違って複数出るし、ボス部屋のような特定の場所に出る訳でなく、最深部の階層のどこに現れるかは分からない。

 そして、でかいやつを倒すと、ダンジョンボスの魔石ほどではないものの、普通のドラゴンフライよりは大ぶりの魔石が出る。

 でかいやつは30階層にしか出ないので、最深部までたどり着いたパーティーだけの特典である。

 ゼットのパーティーは、すでに5匹のでかいやつを狩ったそうだ。

 でかいやつの魔石は普通のドラゴンフライの魔石の3倍から5倍程度の高値が付くので、見つけられたら儲けが増える。

 でかい奴は普通のドラゴンフライよりもでる確率が低いので、そいつ目当てに探し回るというよりは、ドラゴンフライを探すついでに見つけられたら狩るというスタイルになる。

 あとは、運次第だ。


 ◇◆◇


 俺とリンは、シーズン20日目でようやく最深部に到達した。

 前日に基地が29階層に移動になったおかげで、何とか俺たちも最深部に届くようになった。

 30階層はあまりにも魔物が多いため、基地所属の全パーティーで30階層に挑むことになったのだ。

 そうしないと、魔物の出現頻度が高すぎて、パーティーが立ち往生しかねない状況だった。

 ゼットのパーティーですら、単独では30階層を踏破しきれない状況だったのだ。

 魔物は、倒しても倒してもまた湧いてくる。

 狩りのシーズン以外は1階層あたりの魔物の数が少なく、1日で狩り尽してしまうとまた湧いてくるまでに数日かかる。

 しかし、現在の30階層はみんながハイペースで狩っているにもかかわらず、一向に魔物が減る気配がなく、狩っても狩っても湧いて出てきて魔物の密度が減ることがない。

 そのため、基地の全パーティーが30階層で狩りをすることで、30階層の魔物の密度を減らそうという作戦をとったのである。

 基地所属のパーティーはドラゴンフライ狩りに十分なレベルがあったが、毎日連泊で狩りをしているので疲労の蓄積もあり、あまりに魔物が多いと体力が続かなくなる恐れがあるので、全員が30回に固まって魔物を減らすことにより、魔物の出現頻度と狩のペースとのバランスを取ろうとしたのである。

 基地所属のパーティーは、後から追いついてきたパーティーも吸収して、人数が増加してきた。

 普段なら付き合いのないパーティとの基地の共有など考えられないが、今回だけは異常事態と言うことで、臨時の協力体制が出来上がっている。

 今シーズンは魔物を取り合う必要がなく、どのパーティーもすでに空前の稼ぎを上げており、喧嘩をしている暇もないくらいの入れ食い状態である。

 時期から言えば、いつドラゴンフライの発生が止まってもおかしくない時期に来ているので、今のうちに1体でも多く狩ろうとみんな必死であった。

 また、とめどなく現れる魔物の数に、冒険者たちが不安を覚え始めていた。

 みんな表立っては口にしないが、例年をはるかに上回るペースで、例年ならドラゴンフライの出現が打ち止めになる時期を超えて魔物たちが出現し続けており、『このまま増え続けたら暴走してしまうのではないか?』という不安を感じ始めていた。

 そのため、地上から遠い最深部という孤立した状況であることも手伝って、普段は挨拶もしないような冒険者とも協力して魔物を狩る連帯感が生じていたのであった。


 常連の冒険者たちもかなり疲労が溜まってきている。

 俺は、リンがまた熱を出すのではないかと心配だったので、こまめに休憩を取るように気を付けていた。

 幸い、リンはあれ以来体調を崩すことなく、元気についてきていた。

 

「ごっ、ご主人ひゃま、ちょっ、ちょっ、ひーはー、ちょまっ、ふひゅー、はあはあ」


「リン、ぐずぐずするな、行くぞ!」


「ひゃ、ひゃい!!ふひゃあー………」


 30階層は広く、通路も複雑で、他のパーティーの位置を見失わないように気を付けながら進まなければならない。

 行き止まりも多く、そういう所ほど魔物が溜まりやすい。

 多人数のパーティーはそういう魔物の溜まりそうなところを探しているが、俺とリンは魔物に囲まれるのが嫌なので行き止まりや小部屋のようなところは避け、できるだけ見晴らしの良い通路で狩りをしていた。 

 ダンジョンの通路は、1年のうちに少しずつ形が変わっていくので、以前に潜ったことがあってもその時の知識はあまりあてにならない。

 時間があれば他のパーティーメンバーと情報を寄せ合って地図を作ってもよいのだが、今回はシーズン終了までの時間との戦いなので、おおざっぱな情報交換しかできておらず、うっかりすると迷子になりそうになる。

 探索中は他のパーティーの位置を確認しながら移動しているが、魔物との戦闘が連続すると近くのパーティーと距離が離れてしまい、見失ってしまいやすい。

 俺たちは何度か迷子になりかけたが、魔物が多いせいで他のパーティーも進むのが遅く、直ぐに他のパーティーを見つけて何とかこれまで本格的な迷子にならずに済んでいた。


 ◇◆◇

 

 狩りのシーズンの4週目に入ったが、ドラゴンフライは相変わらず大量発生しており、狩はり順調に進んでいた。

 収穫した魔石は全部リンが背負っており、背負子の重量がかなり増えてきた。

 基地には食料などを置いているが、さすがに高価な魔石は置きっぱなしにできず、狩りの間もリンに持たせていた。

 リンの背負子の容量も限界があるので、高価な魔石以外の素材などは基地に置いてある。

 不用心ではあるが、素材よりもドラゴンフライやガリエの魔石の方が売値い上、素材よりも嵩張らないので、魔石の方を優先している。

 食料や水も少なくなってきており、疲労もたまっているので、もう一度地上に戻りたいところだが、いつもならシーズンが終わる時期を過ぎてしまったため、地上に引き返している間にシーズンが終わってしまうのではないかと思うと、なかなか地上に戻るタイミングがつかめずにいた。

 

 基地に戻って休憩していた際、グレコのパーティーと一緒になった。

 

「ジュリアン、お前んとこはまだ頑張るのか。」


「ああ、もうぼちぼち上がらなきゃとは思うんだが、上がってもう一度降りてきたときには終わってるんじゃないかと思うと、なかなか踏ん切りがつかなくてな。」


「まあ、それはうちも一緒だし、他も似たり寄ったりみたいだがな。まだ食料はあるのか?」


「後から来たパーティーから余ってる分を買い取ったから、あと2,3日は大丈夫だ。」


「まあ、うちももう少し頑張ることになってるんだが、お前んとこは二人しかいないんだから無理するなよ?」


「分かってるよ。俺はまだまだ大丈夫だし、リンも調子がよさそうだから、あと2日くらいやったら踏ん切りをつけるさ。」


「しかし、何のかんのでリンちゃんはよく頑張ってるじゃないか。ポーター用の奴隷としては拾いもんじゃないか。」


「まあ、見た目はあんなだが、根が素直だから使いやすくはあるな。」


「フフン、まあ、お前にしちゃあほめてる方だな。」


「別に俺はあいつに女を求めてるわけじゃないから、しっかり荷物を運んでくれたらそれでいいんだ。」


 俺は、リンが聞いているかと思い、振り返ってリンのほうを見ると、リンは毛布にくるまって


「ぐごおおおおおおおお…………ふにゅにゅにゅ…………くっ、くかー、むにゅむにゅむにゅ…………」


といびきをかいてとっくに寝ていた。

 まあ、休めるときにしっかり休めるのは、冒険者としては美点だな。


 ◇◆◇


 次の日、俺とリンは30階層で順調に狩りをしていった。

 近くにいるグレコのパーティーを意識しながら、あまり離れないようにして、細めの通路を狙って狩りを続けた。

 今日は、ドラゴンフライだけでなく、でっかいやつも3体見つけて狩りに成功した。

 順調な時ほど足をすくわれないよう気を付けなければならないとわかってはいたのだが、毎年、狩の終わりは急に来るので、あと何匹狩れるかと思うと魔物を追う足が止まらなくなっていた。


 そして、俺が新たに見つけたでかいのに切り付けて床に落ちたやつに止めを刺していると、後ろにいたリンの声が聞こえた。


「ごしゅ!ご主人しゃば!こっ、こっち、でびゃふ」


 リンの方をみると、リンが近づいてきたドラゴンフライに向かって杖を振り回しているのが見えた。

 リンが振った杖はドラゴンフライに届かず、ドラゴンフライが胸を膨らませ、炎を吐き出す前兆を見せているのが見えた。


「リン!よけろ!」


 俺はリンに向かって叫んだ。

 前と違って、足が治ったリンなら、このタイミングでも十分よけられるはずだ。

 実際、リンはドラゴンフライが吐き出した炎を横に飛んで見事によけた。

 だが、今回は背負子の荷物が重すぎたせいか、リンはうまく着地できず、飛んだ先の壁にぶち当たり、そのまま下に落ちて転倒した。

 どさっという音とともに転倒したリンは


「ぐやひゅーーーーーーーー」


と訳のわからない叫び声をあげて姿が見えなくなった。

 それとともに、土砂が崩れる音も聞こえた。


「リン!」


 俺は慌ててリンがいた方に走り、そこにいたドラゴンフライを一刀で切り伏せた後、リンが壁にぶつかって落ちた辺りを探した。

 しかし、そこにリンの姿はなく、壁際にぽっかりと穴が開いていたのだった。


 

 

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