第7話 酒場にて
久しぶりの酒場で情報交換に精を出していると、赤ら顔で髭面のむさくるしい男から
「よう!ジュリアン!久しぶりじゃねえか!」
と声をかけられた。
俺の名を呼ぶその男は、カウンターに座っていた俺のそばまで来ると、無遠慮に俺の肩をバシバシ叩いてきた。
なにげに痛いが、まあ、親しみを込めた照れ隠しだろう。
「おう、グレコ、久しぶりだな。いつこの街に戻ったんだ。」
俺は、久しぶりに会った、かつてのパーティー仲間に隣の椅子をすすめた。
「いやあ、今日帰ってきたばっかりなんだ。今のパーティーメンバーを連れてこっちのダンジョンでドラゴンフライ狩りをやろうと思ってな。人数が増えたもんで、資金集めをしなきゃなんねえんだ。」
「キソロフの迷宮はもういいのか。」
「ああ、あそこはもうだめだな。あの暴走が起こるまでは32階層まで開けてたのに、今じゃ魔物に押し戻されてせいぜい3階層までしか潜れねえし、雑魚ばっかりうじゃうじゃ湧いてきて稼ぎは悪い。おまけに低階層でもいきなりA級の魔物が湧いてきて全滅させられるパーティーもあるしでさんざんさ。キソロフ侯爵領自治軍も出入り口を抑えられなくなって、魔物がダンジョンの外にあふれ出し始めたから、そろそろダンジョンに近づくのも難しくなってきた。魔物の侵攻が街まで届くのも時間の問題だな。」
「国軍は何してるんだ? キソロフの街はここよりもずっと大きいんだし、街が危ないんなら国軍が出てくるんじゃないのか?」
「もともと、あのダンジョンで栄えていた街だから、ダンジョンがダメとなったら、国軍を使ってまで街を守る値打ちがないんじゃないか。もうすでに領主のキソロフ侯爵や貴族は街から引き揚げてるって噂だし。まあ、そういう俺も逃げてきたようなもんだがな。」
「領主が逃げ出すなんて、そんなのありかよ………。」
「まあ、キソロフ侯爵は王家とうまくいってなかったから、見捨てられたんじゃないか」
俺とグレコは古くからの仲間で、ずっとというわけではないが、何度もパーティーを組んでダンジョンに潜った。
俺たちが潜ったダンジョンの数は両手で足りないくらいあるが、一番最後に一緒に潜ったのがキソロフの迷宮だ。
強い魔物が出て、その分稼ぎも大きいダンジョンだったので、ベテランのパーティーがいくつも潜っていた。
俺たちもその中の一つで、3階層と16階層は俺たちのパーティーが階層主を一番最初に倒してその階層を開くことに成功している。
階層を開くと、領主から高額の報奨金が出るし、階層主が落とす珍しい魔石は、競りにかけられて高額で落札されることが多いので、普通の狩りよりも大儲けできるのだ。
それが、ダンジョンボスと言われる最深部の階層主ともなれば、まさに一山当てたといえるだけの稼ぎになる。
当時、俺とグレコ以外のパーティメンバーもみんな優秀で、最深部を狙っているパーティーの一角を占めていた。
また、通常の魔物狩りでも貴重な魔石や珍しい素材がたくさん出たので、冒険者も儲かり、町の経済も急速に発展した。
だが、1年前のある日、突然見たこともない強力な魔物が異常発生し、いくつかの主力パーティーが全滅し、俺たちのパーティーも10人中3人が死亡、1人が重症を負い、生き残ったメンバーも大なり小なり怪我をした状態で、なんとか助け合って命からがら逃げてきたのだった。
その結果、俺たちのパーティーは解散となり、俺は怪我の重かった仲間とともに故郷のこの街に戻り、しばらく養生した後、一人でこの街のダンジョンに潜り始めたわけだ。
「なあ、ジュリアン、お前、今は一人で潜ってるんだってな。気持ちはわからんでもないが、無理をするんじゃねえぞ。お前は優秀な前衛だが、ソロでやれるような器用なタイプじゃねえんだからな。やばい目に合う前にパーティーを組むか、冒険者から足を洗っちまえよ。何なら、もう一度俺と組まないか。お前ならいつでも大歓迎だぜ?」
こいつはこういうやつだ。
見た目にはこわもての冒険者なんだが、情にもろくて結構世話焼きで。
俺たちがキソロフを去った後も潜り続けたのは、多分、死んだ仲間への弔いみたいなもんだったんじゃないだろうか。
「ありがとう、グレコ。だが、パーティーはもう組まないつもりなんだ。ソロが危ないのは俺もよくわかってるから、最近、奴隷を雇って手伝わせてる。まあ、値段の高い戦闘奴隷は買えないから、ポーター代わりの女奴隷一人だけどな。」
「ふーん、女奴隷ねえ。まあ、お前さんのことだから、手を出すような真似はしないんだろうが、大丈夫か?お前は案外、情にもろいところがあるから、逆に足手まといの女奴隷かばって危ない目に合うんじゃないか?」
「ふん、言ってろ。ちゃんと奴隷の扱いくらい心得てるさ。それに、ここのダンジョンなら、せいぜいB級のドラゴンフライまでしか出ないし、潜りなれた地元のダンジョンだからどこが危険かも大体わかってる。間違っても命を危険にさらすような真似はしないさ。」
結局、その晩、遅くまでグレコと飲み明かしてしまった。
お互い、気を使って肝心なことを聞かないまま、話さないままで、今シーズンの狩りのことやおかしな女奴隷のことなどいろいろと話し込んだ。
そして、治療関係に詳しいグレコから、教会の治療師による治療魔法についても詳しく教えてもらった。
◇◆◇
グレコと別れて家に帰ると、まだリンが起きていて
「ゲフッ、ゲフッ、グフッ、………おがえりなさいまぜ、ご主人様、ヒッ………フガ、フガ」
などといって、なぜか妙に近寄ってきて俺の服に顔を寄せて臭いをかいでくる。
俺は、思わず身を引いて
「な、何だ?なんか変な臭いでもするのか?」
とリンに聞いたが、リンは
「ヒッ、ヒヒヒヒヒッ、ハアハア…………???………むさくるしい男の臭い………ヒッ、まさか………そ、そういうことだったの…………クッ、…………どおりで私に…………ブツブツ…………」
などと、なんか訳の分からないことをブツブツと言って、俺のことを腐った魚を見るような目で見てきた。
ん?さっき酒場で食べた魚の油漬けが生臭かったのかな?
まあいいか、俺はリンに
「明日は忙しいから早く寝ろ。」
と言って、リンが入れておいてくれた風呂に入って自分もさっさと寝ることにした。
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