女奴隷と冒険者

ほむら

第1話 奴隷市場にて

 奴隷商人が錠を外して開けたドアからその部屋の中に入ると、すえた臭いがした。

 汗と汚物と消毒液と、何か心地の悪い臭いだった。

 先に見せてもらった別の部屋は清潔で、飾ってある花の匂いと、きれいな女の化粧の匂いがしていたのに。

 俺は、顔をしかめながら、奴隷商人に


「さっきの部屋とは偉い違いだな。」


と言ってやったところ、奴隷商人は


「誤解のないように言っておきますが、この部屋の奴隷たちにも食事は与えてますし、怪我や病気の治療も最低限のことはしております。 奴隷の虐待は法律で禁止されていますし、一応これらも商品ですから、できるだけよい状態でお客様にお渡ししたいですしね。」


などと真顔で言った。


「もちろん、先ほどまでに見ていただいたのがおすすめの健康な奴隷で、確かに値は張りますが、見た目もよく、仕事もしっかりこなしますのでおすすめです。」


 そう言われてしまうと文句も言えない。

 俺だって是非あちらの奴隷を購入したかったのだが、懐事情がそれを許さなかったのだ。

 それで、俺の予算でも買えそうなワケあり商品の奴隷がいないかしつこく聞いて、普通の客には見せないという傷物の奴隷を見せてもらっているところである。


「この部屋の奴隷なら、ご予算の5万デル以下になります。ですが、表の奴隷と違って傷物ばかりですので、品質保証は一切できませんし、役に立たなかったりすぐに死んでしまっても返品・返金は一切できません。ですから、私としては、やはり健康を保証できる表の奴隷をおすすめしますが。」


などと奴隷商人に念を押されたが、買えないものは買えないので、返品不可等の条件を了承したことを伝え、さっそく商品である奴隷を紹介してもらうことにした。


 その部屋の奴隷は全部で3人いた。

 1人目は、背丈も年齢も俺と同じくらいの男の奴隷で、前は冒険者に飼われてダンジョンにも潜ってたらしい。

 しかし、魔物との戦闘で片足を食いちぎられてしまい、戦闘に使えなくなったので捨て値で売られたそうだ。

 歩いたり立ったりできないとなると、戦闘用はもちろん、作業用の奴隷としても売れない。

 足以外は健康なのに、奴隷としては商品価値があまりないそうだ。



 2人目は、十代前半くらいの若い女の奴隷で、これは五体は満足であるものの、病気で耳が聞こえなくなり、売られてきたそうだ。

 主人の命令が伝わらないのではどうしようもないので、売り物にならないらしい。

 この奴隷の前の持ち主が代わりの奴隷を買っていった際、いらなくなったこの奴隷の下取りを頼まれ、仕方なく二束三文で引き取ったそうだ。


 3人目は、さっきの女奴隷よりはもう少し年かさの女奴隷で、一応歩けるし、一応話も通じるし、一応けがも病気も治っているなどと、奴隷商人から持って回った紹介をされた。


 ふん、1人目と2人目は話にならない。

俺がほしいのは、魔物狩りに行くときに連れていける戦闘奴隷か、せめて荷物持ちのできる奴隷だ。

 まあ、俺の所持金で戦闘奴隷が買えるわけがないのは分かってる。

 なので、荷物持ちの奴隷として、歩けて俺の命令が聞けることが必要最小限の条件だ。

 となると、この3人目しかないのだが…………。


 奴隷部屋の隅にうずくまったその女奴隷は、両膝を両腕で抱え、顔を膝にうずめ、頭にまとわりつく長い黒髪の隙間から右目だけをのぞかせて俺の方をにらみつけている。

 なんだか異様な雰囲気だ。

 体つきは、そこそこ身長がありそうだが、ガリガリにやせていて、見えている両手の皮膚もかさつき、見るからに不健康そうな色をしている。

 だいたい、表の奴隷もこの部屋の後の二人の奴隷も、みんな奴隷商人から紹介されると立ち上がってきちんと自分からあいさつした。

 売れ残った奴隷は、ただ飯食いでしかないのでいずれ処分されてしまうから、奴隷たちも自分を買ってもらおうと必死なのだ。

 奴隷の処分の仕方については明らかにされていないが、ちゃんと法律で認められているそうだ。

 まあ、ただ飯食いが飯を食わない状態にされるんだから、そういうことだろう。

 虐待禁止と言いながら、奴隷制度を維持するための暗黙の了解というわけだ。


「はっきりお断りしておきますが、この奴隷は前の主人に虐待されていたところを見つかって救い出されたものです。国が持ち主から没収して、私のところにただ同然で払い下げられました。そのときすでにひどい怪我を負っていたので治療を受けさせたのですが、結局、右足に障害が残り、歩けるものの走ることはできない状態です。荷物運びは何とかできます。背中が曲がっていますが、立つことに問題はありませんし、両腕も動きます。手の指が何本か動かなくなっていますが、単純作業なら何とかなるでしょう。 顔の左半分にひどいやけどの跡があり、左目は見えません。しかし、右目は見えていますし、耳も正常ですので、命令を聞くことは可能です。話し言葉も、少し聞き取りずらいもののなんとか話せます。病気はありませんし、けがの治療は終わっていますから、これ以上医者に見せたり薬を与えたりする必要はありません。食事を十分与えれば今より元気になって、ご希望のダンジョン探索時の荷物持ちぐらいは務まるかもしれません。ただ、ごらんのとおり見た目と気性にかなり難がありましてね。」


「ちゃんと使えるのか?」


「先ほどもお話ししたとおり、その点は保証できませんので、ご自身の目で判断して買うかどうか決めてください。直接話しかけてもらっていいですよ。」


 俺はその女奴隷に近づき


「おい、立ってみろ。」


と声をかけた。


 すると、その女奴隷は、壁に手をつきながら立ち上がった。

 しかし、相変わらずうつむき加減で、顔にかかる長い髪の隙間から右目で俺をにらみつけ、壁に手をついたまま黙って立った。

 肩と足を震わせており、立つのがやっとという感じだ。


「おまえ、ダンジョンの魔物狩りについていったことはあるか?」


と聞いたところ、女奴隷はかすかにうなずいた。ちゃんと耳は聞こえているようだ。


「ちゃんと声に出して返事しろ。」

「ハアハア………はい。ブフ。……ブフフフフ。」


 むむ、なんか随分と低くてしゃがれた声だった。

 これも怪我のせいだろうか。

 なんだか気持ちの悪い喘ぎ声や笑い声が聞こえる。

 にらみつけながら笑ってるのか?

 フラフラしてあえいでいるし、気持ちの悪い奴だ。


「飯はちゃんと食べさしてもらってないのか。」


 ちゃんと立てないのを見て俺がそんな質問をしたところ、奴隷商人が慌てて横から


「いえ、普段はちゃんとした食事を与えてますよ。ただ、こいつは先週までひどい腹痛が続いて何も食べられない状態が続いてたんです。でも、医者に見せてちゃんと薬を与えたところ治りました。まだ柔らかいものしか食べられませんが、だんだん体調も良くなってきています。」


と弁解した。

 まあ、奴隷の扱い方にもいろいろ決まりがあるのだろう。


 俺は、さらに女奴隷に質問した。


「荷物運びはできるか。」


「ハアハア……できます……ハアハア……ブフフフフ。」


「荷物をもってちゃんと歩けるか。」


「ブフフフ……おいしいものをたくさん食べたらすぐに元気になります……フへへへへへ。」


 ふん、結構厚かましい奴だな。


「なんで紹介された時にすぐに立たなかった。ほかの奴隷はみんな立ったぞ。」


「ハアハアハア…………性奴隷を買いに来られたのかと思って…………。」


「自分は関係ないと思ったのか。」


「いえ……ハアハア……性奴隷で買われるのは嫌だなと思って……へへへへへへ。」


 ほう、嫌なことはサボタージュするわけか。しかも、性奴隷として買われる自信があったのか。


「金のない若い男は我慢できなくなったら動物のメスとでもやるそうですしね、ブフフフフフフフフフフフフフ。」


「そんな変態じみた趣味へねえよ!」


 話してみるとますます気持ち悪くなってくる女だ。性奴隷がほしいんなら無理をしてでも表で売ってる女奴隷を買うさ。


 はあ……女としては金輪際お断りだが、俺が買いに来たのは荷物持ちができる格安の奴隷で、どうやらこの女奴隷がそれのようだ。

 不安はあるが、かと言って表の奴隷を買うお金は出せないので仕方がない。

 一応会話は通じているし、食べさせて肉がついたら荷物持ちくらいできるだろう。

 俺は、奴隷商人にこの女奴隷を買うことを告げて、料金を支払った。


 奴隷商人から教えられたその女奴隷の名前は、「リン」と言った。

 はあ。こいつに向かってそんなかわいい名前を呼び続けなければならないのかと思うと少しげんなりした。


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