第14話 教会にて【Rin side】

 翌朝、目を覚ますと見知った天井が見えました。

 お家のベッドでした。


 ダンジョンで気を失った後、痛みで何度か意識が戻っては、あまりの痛さにまた意識を失うことを繰り返しでした。

 だから、ところどころしか覚えてませんが、ご主人様に背負われてダンジョンを上がっていったことや、ご主人様が途中で出会ったグレコさんやほかの知り合いからポーションを借りては私に飲ませてくださったり、私の怪我にかけてくださったりし、家に帰ってからもずっと看病してくださったことを覚えています。

 傷薬は普通のお店で買えるしそれほど高くありませんが、あまり効き目はよくありません。

 ポーションは、飲んでも傷にぶっかけてもよく、軽い傷ならみるみるふさがってしまうくらいよく効くが、とても高いのです。

 薬師が薬草で作る傷薬と違って、ポーションは教会の聖霊師が魔石を使って作る魔法薬であり、教会指定のお店でしか売られていません。

 そんな高価なポーションを、ご主人様は何本も私のために使ってくださったのです。

 おかげで、朝起きた時には、痛みだいぶん収まっており、大やけどをした足の皮膚もじくじくした赤い皮膚ではなく、やけどの痕の白っぽい状態になっていいました。

 大やけどの経験があるので、これが治りかけの状態であるとわかります。

 ポーションて、ほんとにすごい!


 でも、それで下半身の怪我がなくなったわけではありませんでした。

 足の表面の皮膚は張ったものの、急な回復のため皮膚が固く、突っ張って膝や足首の関節が曲げにくいです。

 皮膚の下はまだ熱っぽく、神経がおかしくなっているのか足の感覚が鈍く、動かし辛いな。

 やけどのせいで足の機能がかなり損なわれたようです。

 以前の怪我で右足を引きずりながら歩く状態だったのが、右足は突っ張って膝が曲がらない状態になり、左足も膝を曲げにくくなり、力が入りにくくなってしまいました。

 家の中で家具につかまりながらなら何とかゆっくりと移動できますが、外では杖をついてもまっすぐ歩けなくなってしまいました。

 まして、重い背負子を背負うことなど到底不可能です。 

歩けず背負子も背負えないのではダンジョンに付いて行けません。

 せっかく治してもらったのに、ご主人様の狩りのお手伝いができなくなってしまいました。


 どうしよう! どうしよう! どうしよう!


 私があの時もっと早く後ろのドラゴンフライに気づいていれば、羽の音が後ろから聞こえたときに直ぐに前に向かって逃げていれば、あるいは右か左に転がってよけていれば、あるいは思い切って振り返って杖で叩いてやれば、もしも、もしも、もしも……………………。


 私が何とかもっと早く歩けないかと思ってお家の周りで歩く練習をし、転んだり、壁にもたれて立ち上がったりを繰り返していたら、ご主人様からベッドで寝てるように怒られました。

 せめて、お掃除や洗濯やお料理など家事をさせてほしいとお願いしましたが、ご主人様は私をベッドまで連れて戻ると、「俺が戻るまでベッドから出るな。」と言って出て行ってしまいました。

 どうしよう!怒って出てったのかな?

 奴隷商館に変わりの奴隷を買いに行ったのかな?

 私はもう役に立たないいらない子になってしまったから、売られてしまうのかな?

 でも、買ってもらった時でも奇跡だと思ったのに、あの時よりもさらに怪我がひどくなってしまったから、こんなんじゃ誰も買ってくれないよね?

 ああ、こんどこそ処分屋に引き渡されて、魔物のえさにされてしまうんだろうか。

 せっかく優しいご主人様に巡り合えたと思ったのに、なんであんなドジふんじゃったんだろう。

 なんて馬鹿な私。

 痛いのや苦しいのは慣れてるけど、我慢するのは慣れてるけど、自分が役に立たないいらない子だと知るのは全然慣れなくて、とても悲しくて、とても淋しくて、とても心細い。


 その晩、ご主人様は暗くなってからやっと帰ってきました。

 顔色は青くて、私よりご主人様の方がやつれてるんじゃないかな。

 私はご主人様に


「ご主人様、傷を治していただいてありがとうございました。大変良くしていただいて、本当に感謝しています。それで、私はいつ奴隷商館に行くのでしょうか?」


と尋ねました。

 内心ではお家まで処分屋が来てそのままどこかへ連れていかれるのではないかとびくびくしながら、おそるおそる聞きいたんです。

 すると、ご主人様は


「ばか野郎、売り飛ばすんなら高いポーションを何本も使うわけないだろう。俺は元は取る主義だからな。お前には買った時の代金だけでなく、馬鹿みたいにたくさん食べた飯代や今度のポーション代もかかってるんだから、その分はきっちり働いてもらうぞ。だから早く体を治せ。くだらないこと言ってないでさっさと寝ろ。」


と言ってくださいました。


 やった! よかった! まだこのお家にいられるんだ!

 ありがとうございます、ご主人様!ダンジョンについていけなくても、早く良くなってお家のことくらいできるようになります!迷惑をかけないよう、食べるご飯の量も減らします!

 そして、いつか歩けるようになって、また狩のお手伝いができるようになります!


 そう思ったものの、その晩は治りきってない怪我のせいで熱が出て、一晩中うなされました。

 うつらうつらして、寝て夢を見てるんだか、覚めてるんだかわからない状態で、寝返りを打つのも苦しく、このまま夜が明けないんじゃないかと思えてきて。

 そして、体が苦しいと、また嫌なことばかり考えてしまいました。

 ご主人様はああおっしゃってくださったけど、このままだとただ飯食いで迷惑をかけるばかりだし、お金大好きのご主人様はそのうちお財布と相談して、私のことをやっぱりいらない子と思って捨ててしまわれるのではないかな。

 ほんとはもう足が治らないことは分かってるし、ご主人様もそれに気づいたら気が変わるんじゃないかな。

 もっときれいで役に立つ女奴隷の方がいいに決まってるし。

 私なんかよりもっと。

 私なんかよりもっと。

 そんな、嫌なことばかり頭に浮かんで、一晩中涙が止まりませんでした。


 ◇◆◇


 そしてまた夜が明けて。

 朝食が済むと、ご主人様が私に


「これから教会に行くから、この前買った服のうち一番ましな奴を着て支度しろ。

ああ、それから、下着もできるだけ清潔な奴にしておけ。」


と言ってきました。


 はあ?教会?いやそれより下着?


 私も教会くらい行ったことがあるし、礼拝の際に汚い服装では失礼なので、みんなできるだけきれいな服装で行くことは知っています。

 まあ、他の人の下着まで見てないので、下着まで着替えていく人がいるのかは知らないけど、神聖な教会に行くのだから、下着もきれいなほうがいいのかもしれません。

 別に、ご主人様が私の下着姿を見たいわけじゃないのでしょう、たぶん。

 怪我が完全に治ったわけではないとはいえ、ポーションがなかったら死んでたかもしれないので、ポーションの製造元である教会にお礼の礼拝に行くのかな?

 でも、今の私の足じゃ、教会に着くまでにお昼を回っちゃうよ?


「足のことは心配するな。昨日、荷車を借りてきたから、それに乗せて教会まで引っぱってってやる。」


 なんと! 車つきですか! まるで貴族か豪商のお嬢様のようではないですか!馬車ではなく荷車ですけど! ありがたやありがたや。

 まあ、病人や足腰の立たないお年寄りを礼拝に連れて行くときは家族が荷車に乗せていくそうですし、私もけが人ですからそれほど目立つことはないでしょう。


 この国の国教は、ヲレク聖教であり、他の宗教も禁止されていませんが大勢の人がオレク教の信徒で、単に教会と言えば通常ヲレク教の教会を指します。

 どの町にもならずヲレク教の教会があり、一説には(教会側の発表によると)国民の8割がヲレク教の教会に通っているそうです。

 奴隷も教会の礼拝を受けることができ、奴隷の主人は、奴隷が望めば教会の礼拝を受けさせなければならず、寄付も奴隷に代わって主人がしなければならないと教会により決められています。

 もちろん、完全な平等ということはなく、教会の中でも前の方の席に座るのは貴族や普段からたくさん寄付をしている商人らであり、その後ろに平民、続いて冒険者の席があり、そして、すみの目立たない板の間に椅子なしで膝立ちするのが奴隷たちになります。

 冒険者も、柄が悪いのと、流れ者が多いのと、そもそも真面目に教会に来ないものが多いことから、後ろのほうの席にされています。

 かくいう私も、神様を信じないわけではありませんが、神様の方はお忙しいのか私のことを見てくれているご様子もないので、めったに教会に行ったことはありません。


 まさかご主人様が真面目な信徒だとは思いもしなかったので教会に行くと聞いて驚きましたが、ポーションのお礼と、私の怪我で先行きが怪しくなった今シーズンの狩りの成功を祈りに行くのかもしれませんね。

 冒険者には不信心者が多いといわれますが、ダンジョンに入る時にこっそりお祈りする人や、服の中に教会でもらうお守りを入れている人はよくいらっしゃいます。

 冒険者は不真面目だったりだらしなかったりするだけで、全くの不信心というわけではないのでしょう。

 そもそも、教会は冒険者にとって必需品のポーションの元締めであるだけでなく、治癒系魔法である白魔法の総本山でもあります。

 初級のヒールくらいなら民間の魔法士にも使える方がたまにいらっしゃいますが、高度な白魔法は教会の魔法士である聖霊師様が独占しており、命にかかわるような怪我(藪医者ではなおらない怪我)の時は、教会の聖霊師の白魔法で直してもらわなければならないのですから、冒険者にとっても教会はなくてはならない存在なのです。

 

 もちろん、教会はすべての人に平等であり、礼拝にしろ、白魔法にしろ、神のおぼしめしであるから一切料金は取りません。

 でも、料金は一切取られませんが、善意の寄付を求められます(もちろん、信仰心に基づいて自主的にですが)。

 礼拝の寄付は貧乏人ならわずかな金でも許されるが、白魔法は、寄付の額が決まっており、私はいくらか聞いたことはありませんが、私なんかが聞いても仕方がないくらいの高額らしいです。

 白魔法には種類があり、ポーションとほぼ同じ効き目のヒールならポーションと同じ値段らしいです(あたりまえですね)。

 上級魔法のハイヒールだと値段も何十倍、何百ばもするらしく、冒険者の人たちも、骨折程度なら教会に行ってハイヒールで治してもらうより、治るまで休業したほうがましとよくおっしゃられています(それくらい高いらしい)。

 さらに、ハイヒールの上級魔法で、魂以外は元通りになると言われているソウルヒールともなると、ハイヒールのさらに何十倍だか何百倍になるそうで、「そんなに払うのなら死んだほうがまし。」と庶民から陰口をたたかれています。

 みんな寄付金が高すぎることについて文句を言っていますが、それでも我慢しているのは白魔法を使える人が聖霊師以外にほとんどいないのと、高度な白魔法に使う魔石はわずかしか取れない貴重なもので、それ自体の値段が高く、聖霊師様と言えど気安くホイホイと使えるものでないことを知っているからでしょう。

 冒険者のみなさんは、そういう珍しくてなかなか手に入らず、手に入れたらとんでもなく高い値段で売れる魔石を探し求めて狩りをしているのですから、高い寄付金で白魔法を売っている教会とは同じ穴の狢のようなものなのですね。


 私は、ご主人様の引く荷車に乗って街の教会へ向かいました。

 途中までは奴隷商館へ行く道と同じだったので、もしかするとこのまま奴隷商館に連れていかれるのではないかとハラハラしましたが、ご主人様はちゃんと教会に向かってくださいました。

 疑ってごめんなさい、ご主人様。


◇◆◇


 ようやく教会につくと、ご主人様は礼拝堂の方には行かず、教会付属の治療院に向かわれました。

 治療院の前で荷車を止め、ご主人様は私を背負って治療院の入り口をくぐられました。

 私は、治療院に入るのは初めてです。

 これまでひどい怪我もしてきたけれど、金のかかる教会の治療院に連れて行ってもらったことはなく、せいぜい安い街の藪医者でその場しのぎの傷薬をつけてもらったくらいです。

 私は、『?????????』と戸惑いました。

 そっか、ポーションの神様は治療院の方にいるのか。

 聖霊師様がいるのは治療院ですから、聖霊師様に向かってお礼のお祈りをするのかな?

 そんな罰当たりなことを考えていました。


 ご主人様は、教会の受付の人に聖霊師との面会を求め、教会の人はご主人様と私を奥の治療室に案内しました。

 教会の偉い聖霊師様が治療をされる治療室は金のかかった厳かな部屋かと思ったら、藪医者の診療所よりちょっとましといった程度の、真ん中に寝台のある殺風景な部屋でした。

 まあ、大怪我をした人や重病人が運ばれてくるところなんですから、きれいな部屋のはずがないですね。

 しばらくその部屋で待たされた後、ようやく聖霊師様がいらっしゃった。

 教会の偉い人なんだから、怒られないように気をつけなくちゃ。

 その聖霊師様は、若くてきれいな顔をした頭のよさそうな方で、礼拝堂で説教をする教誨師のような辛気臭い顔はせず、にこやかに挨拶してこられた。

 

「ようこそいらっしゃいました。私が当教会の聖霊師を努めますアレクと申します。本日はどのような御用でいらっしゃいましたか?」


 随分と人当たりの良い聖霊師様のようです。

 教会の人というと、威張っているか辛気臭い顔をしているかのどちらかというイメージなのですが、治療院は違うのでしょうか?

 どちらかというと、商売人の愛想笑いに近い気もします。

 聖霊師様の後ろに控えている先ほどの受付の人(たぶん助手さん)が、しっかり寄付用の受け皿を手に持って準備しておられますし。

 ご主人様は、聖霊師様に一礼すると


「実は、こちらに連れてきました奴隷の怪我が治るかどうか見ていただきたいのですが。」


とおっしゃいました。
















 私は、一瞬頭が真っ白になりました。

 

 ええ!

 なんですと!

 もう一度おっしゃってくださいましご主人様!

 私の聞き間違えではありませんか? ありませんよね? とうとう耳までダメになったわけではないですよね? それともいっそ頭の中の方が? 気が付かないうちに頭の中までやけどを負ってましたか? それとも、前の主人に頭を思いっきり殴られた後遺症が今頃? いやいや元からバカだったのがここにきてとうとうお花畑になったか? そうなのか?

 などと、私が混乱の極みで「ああ! うあ! ごしゅぼぐふ! げほ!」などとうわごとを言っていたら、ご主人様から


「静かにしろ。」


と白い目でにらまれたので、賢い奴隷のリンちゃんは、何とか歯を食いしばっておとなしくし、両足を震わせながら、聞き耳を立てることにいたしました。


「聖霊師様、この奴隷はリンと申しますが、買った時から怪我をしており、売ってくれた奴隷商人によると、医者や薬では治らなかったらしいのです。命にかかわるような怪我ではなかったので放っておかれたのかもしれません(いいえ、ご主人様!怪我したときは私、死にかけましたよ!)。

 買ったときは、ゆっくりとしか歩けない状態でした。ところが、先日、ダンジョンで狩りをした際に、魔物の吐く火で下半身を中心に大やけどを負ってしまいました。すぐにポーションをかけたり飲ませたりしたので、何とかやけどの表面はましになったのですが、後遺症でまともに歩けなくなってしまいました。

 このままではダンジョンにも連れて行ってやれず、不憫ですので、何とか足だけでも治してやれないでしょうか。」


とご主人様が聖霊師様にお願いしてくださいました。

 すると、聖霊師様は


「分かりました。それではまず、怪我の状態を見てみましょう。」


と言って私の方を向かれました。

 私は、あまりのことに足だけでなく体全体が震えだしてしまい、わけもなく半泣き状態になって「うあ、うあ」言ってしまいました。

 すると、聖霊師様は、私の方を見て


「リンと言いましたね。怪我を見るのに全身を見なければならないので、服を脱ぎ下着だけになってそこの寝台にあおむけになりなさい。今から治療を行うのですから、恥ずかしがる必要はありませんよ。

 まずは、治療できるかどうか見るため、体を診察するザインという魔法を行います。それで治る見込みがあれば、ハイヒールをかけます。ハイヒールは、すべて元通りというわけにはいきませんが、体の内側の深いところにある傷を治し、体を活性化させ、体をもとの状態に近づけます。

特に新しい傷ほどよく効きます。」


などと説明しながら準備を始められました。

 すると、すかさず助手さんが、ご主人様に近づいて小声で


「ハイヒールは500万デルになります。」


と告げました。

 

 ご主人様は、商人から私の服を買ったときはさんざん値切ったのに、今回は嫌な顔一つせず(内心は分かりませんが)、すぐにお財布からお金を出して500万デル支払われました。

 500万デル! 私のために500万デル! 私の治療に500万デル! 私、今日から毎日ご主人さまを拝んデル!


 などとパニック気味の頭で馬鹿なことを考えながら、私はもたもたと服を脱いで下着だけになり、寝台の上で仰向けに寝転びました。

 男の人が3人もいるところで下着姿になるのは恥ずかしかったし、いつもは服に隠れている体中の怪我の痕(前のご主人にやられた分)を見られるのは嫌でしたけど、今から治してもらえるかもしれないと思えば我慢できます。

 まあ、ひどい怪我だから本当に治るかまだ半信半疑だけど。

 

 聖霊師様は、寝台の横に立つと、両手を私の体の上にかざし、よくわからない言葉で呪文を唱えだしました。

 すると、聖霊師様の両手がうっすらと白く光だし、聖霊師様はその光を私の全身にまんべんなく当ててられました。

 途中、聖霊師様に言われてうつぶせになり、背中側も診てもらいました。

 なんかもう有り難くて、診てもらっただけで怪我がましになった気がしますよ。

 聖霊師様は、一通り診終わると、ご主人様に


「下半身のやけどがひどいですね。一応治ってはいるものの、やけどの痕で皮膚や筋肉が固まっています。それと、元の古いほうの怪我も根が深いので、簡単には治りそうにありません。 顔の古いやけどや動かない手の指も直すのに時間がかかります。 見えない左目と曲がった背骨は、古くて深い怪我なのでハイヒールでは治りそうにありません。

 足と顔と手を全部直そうと思うと、ハイヒール1回では無理だと思います。足だけで1回分、顔と手で1回分というところですね。どうしますか。」


と言われました。

 私は、とっさに「顔を治してください!」と言いそうになりましたが、慌てて口を閉じました。

 ご主人様に決めていただかなければ。

 私はご主人様の奴隷で、今日のお金もご主人様が用意してくださったのだから、少しでもご主人様のお役に立てるよう、ご主人様にどこを治すか決めていただかなければ。 

 するとご主人様は


「足を治してやってください。少しでも歩けるようにしてやってほしいんです。こいつにはまたダンジョンについてきてもらって、狩を手伝ってもらわなければならないんです。どうかこいつの足を治してやってください。」


と言ってくださいました。


 ああ、よかった。足が治ればまたダンジョンに潜って狩りのお手伝いができる。

 ちゃんと役に立てる子になれる。

 もういらない子と思わなくてもよくなる。

 聖霊師様、どうか私の足を治してください。

 やけどを負う前の状態に戻してください。

 やっぱり顔なんか治してもらわなくていいです。

 とっくにあきらめてます。

 人から変な目で見られるのにも慣れました。

 だから、顔よりも私の足を治してください。

 バカな私の口がわがままを言いだす前に、早く私の足を治してください。

 お願いします、聖霊師様。


 聖霊師様は、


「分かりました。ではこれより白魔法ハイヒールによる施術を行います。」


 そう告げられました。


 そして、聖霊師様は、銀色の錫杖の法具を右手に持たれ、錫杖の先端にあいた穴に大きな青い魔石をはめ、その魔石を私の足の上にかざして何かお祈りのようなものを唱えだされました。

 長いお祈りが終わると、聖霊師様が右手に持った錫杖の魔石が青く光りだしました。

 そして、聖霊師様は左手で先ほどのザインとかいう魔法の白い光を出して私の体に当てながら、右手に持った錫杖の魔石の青白い光を重ねて当てました。

 魔石の光が当たったところは、どんどん熱を帯びて熱くなっていきます。

 体の内側からむずむずするような感触があり、思わず体が動いてしまい、その度に聖霊師様からじっとするように言われ、しまいには助手さんが私の足を抑え、ご主人様が私の上半身を抑えて私が動けないようにされてしまいました。

 

 予想よりもはるかに長い時間をかけて治療してもらい、私は途中から体中が温かくなって気持ちよくなり、そのうち寝て…………コホン、気を失ってしまいました。


◇◆◇

 

 目が覚めた時はもう夕方で、窓から指す夕日で赤くなった治療室には、寝台で横になっている私と、そばの椅子に座って居眠りをしているご主人様の二人だけでした。

 私が目を覚ますとご主人様もすぐに目を覚まされ、助手さんを呼んでこられました。

 そして、助手さんの指示に従って、私は寝台の上で起き上がり、ゆっくりと両足を床に卸して立ち上がりました。

 まっすぐに立てました。

 足に痛みを感じません。

 膝がぐらぐらすることもありません。

 助手さんからゆっくり歩くように言われ、私は右足、左足と順に前に出して歩いてみました。

 あれ? 足がぶるぶる震える!

 一瞬、治らなかったのかと思い、がっくりしそうになりましたが、助手さんが私の前に回って両手を持って支えて下さると、また体がまっすぐ立ちました。

 助手さんは


「足の筋肉がまだ落ち着いていませんから、歩き慣れるまではバランスを崩さないよう気を付けて歩いてくださいね」


とおっしゃいました。

 そして、もう一度、助手さんの合図に従ってゆっくりと歩いてみると。


 なんと!

 

 なんと!


 なんと右足を引きずらに、足が左右交互にきれいに出るではありませんか!


 私は調子に乗って、助手さんがうんざりするまで両手を持ってもらったまま歩く練習をし、とうとう、手を放しても普通に歩けるようになりました。


 やった! やった! やった!

 やけどする前より良くなってる!


 ご主人様も、私が歩く姿を見て


「うん、これならすぐにでもダンジョンに潜れそうだな。」


と嬉しそうにおっしゃいました。


 ええ! もう明日からでも大丈夫です。

 ありがとうございます!

 私の足を治していただいて、本当に感謝です!

 まあ、顔の傷が治らなかったのは女としてちょっぴり残念ですけど、やっぱり歩けるって素晴らしい! 見栄より、仕事ができるほうが大事ですね。

 万歳!


 ◇◆◇


 帰りは、調子に乗り過ぎて何度も転びながらも、お家まで自分の足で歩いて帰りました。

 最初はゆっく慎重に歩きましたが、なれてくるとどんどん早く歩き出し、しまいに走ろうとしてずでんと転んでしまい、ご主人様に怒られました。

 でも、普通に歩けます!

 いつもよりずっと早く歩けます!

 この調子なら、何日かしたらきっと走れると思います。

 ああ、なんて素晴らしい日!

 思わずスキップを踏みながら、夕焼けの中をご主人様とお家に帰っていきました。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る