第5話 森の中
二日後、リンの体調が良さそうだったので、俺とリンの装備を整えてダンジョンに向かった。
俺たちの住むフォンベルグの街から西へ約3クロの距離にある森の中に、狩場にしているダンジョンがある。
森自体にもダンジョンから溢れ出した魔物がおり、今日はリンを慣らすためにまず森で狩りをするつもりだ。
俺は、右手に短槍、左手に丸形の盾を持ち、森の中に入っていった。
リンには、背負子を背負わせ、薬草などを入れた肩さげ鞄を肩にかけさせ、右手に杖、左手に丸形の盾を持たせて、俺の後ろからついてこさせた。
リンの足が悪いので、森までの道を歩くときは俺が歩く速度を落としてやった。
森に着くまでは面倒だったが、森に入ってからは俺も周囲を警戒しながら歩くので自然と歩みが遅くなるから、リンの歩くのが遅くても気にならない。
しかし、強い魔物や俺の手に余る数の集団の魔物に出会ったときにリンが逃げられるかが心配だ。
まあ、自分で何とかしてもらうしかないが。
いざというときのために、魔物除けの匂い袋も渡してあるから、どうしようもなくなったらそれを開けて魔物を追っ払えば命を落とすことはないだろう。
しかし、匂い袋を使うと自分の体に臭いが染みついてしまい、その後は魔物が寄ってこなくなるので狩りに支障をきたす。
それに、森の中ならまだしも、ダンジョンの狭い空間で使うと匂いがこもってしまうので、他の冒険者にも迷惑がかかる。
下手をすれば、賠償を求められてもめ事になりかねない。
匂い袋は、本来、冒険者が使うためのものではなく、森を通る旅人や薬草採取の薬師などが使うためのものだし、リンにもできる限り使わないよう言い含めてある。
まあ、魔物のレベルが低い森での狩なら、めったなことでは後れを取ることはないはずだから、何とかなるだろう。
「ハア、ハア、ご主人様……グフッ……ハア、ハア……」
「なんだ」
「まっ、まだ歩くのでしゅか……ハア、ハア。」
「まだ森に入ったばかりで狩りも始まっていないぞ。もうへばったのか」
「ハア、ハア、きっ昨日まで病気でしたので、まだ体が……ハア、ハア……」
「昨日はもう治ったと言ってただろ。たくさん食べたらすぐ治るとか言って、飯も一杯食ってたじゃないか。体を動かしてたらすぐに勘が戻るだろう。まあ、今日はお前の体調を考えてダンジョンには入らず森だけにしとくし、午後の半日だけだから頑張れ」
「…………ハア、ハア……わ、分かりましゅた…………………………調子にのりしゅぎたかな……ハアハア」
しばらく行くと、ようやく魔物に出会った。
森うさぎだ。
森うさぎは、角の生えたわりと獰猛な性格の魔物で、木陰からいきなり飛んできて角でついてくることがあるので要注意だ。
しかし、あらかじめ発見しておけば、簡単に倒せる。
俺は、短槍を両手で構えた。
小型の盾は左前腕に固定してあり、両手で武器を持てるようにしてある。
森うさぎの正面からゆっくりと近づいて行き、森うさぎがとびかかってきたところを短槍で上から叩き落とし、地面に落ちたところを上から槍で一突きして倒した。
「リン、こいつをさばいて背負子に入れておけ。さばき方は分かるな?」
「ハア、ハア、はい……」
リンは、もたもたと森うさぎの死骸に近づき、背負子を下すと、右手にナイフをもって森うさぎの胸をさき、心臓の近くにある魔石を取り出し、さらに角をえぐり取った。
毛皮や肉も売れるのだが、背負子に入れるとかさばし、その割に大した金にならないので、稼ぎの効率を上げるために仕方なく放置することになる。
魔物の少ないシーズンオフの狩りなら肉や毛皮も持っていくところだが、今は魔物の豊富な狩りのシーズンなので、こういう贅沢なやり方が普通だ。
俺はリンが獲物をさばいている間、周りを警戒した。
すると、今度は血の匂いを嗅ぎつけた牙狼が2匹やってきた。
牙狼は、大きな集団は作らないが数匹で群れを作って襲ってくるので、他にも仲間がいないか警戒する必要がある。
俺は、リンに
「森うさぎから少し離れて周りを警戒しろ! 牙狼が向かって来たら、木を背にして盾と杖で寄せ付けないようにガードしろ!」
と指示を飛ばし、俺自身は2匹の牙狼に向かっていった。
まず、短槍を横に振って飛びかかろうとしてきた牙狼をけん制し、2匹が離れたところで、俺に近いほうの牙狼を短槍で突いた。
短槍の先が浅くしか刺さらなかったが、牙狼はいったん引いたので、その間に俺に飛びかかってきたもう一匹の牙狼の体を短槍で横殴りし、落ちたところを追撃して牙狼の腹に槍先を突き刺した。
そして、とどめを刺すのは後回しにして、すぐに槍を引いて一匹目に向き直った。
俺の後ろに回り込もうとしていたもう一匹の牙狼に、短槍を振り回して今度は槍先で切り付けた。
今度も浅くしか切れなかったが、ひるんで足が止まった牙狼に一気に飛びかかり、胴体を槍で貫いた。
すぐに先ほどの匹目の方に振り返ったが、1匹目はちゃんと深手だったようで、すでにこと切れていた。
他に襲ってくる魔物がいないか警戒しつつリンの様子を見たところ、リンはちゃんと森うさぎの死骸から離れて、太めの木を背にしていた。
そして、背負子を盾代わりに体の前に置き、その後ろで小さくなってこっちを覗いていた。
うん、まあ戦闘までは期待してないから、合格点だな。
背負子は革製の丈夫なものなので、盾代わりにしても大丈夫だろう。
大事な背負子を放っておいて逃げるよりはよっぽどましだな。
結局、この日は、半日で17体の魔物を退治して魔石や牙などの素材を集められた。
シーズン前とあって、森でもそこそこの稼ぎになった。
夕方、暗くなる前に街に戻り、冒険者ギルドで魔石と素材を買い取ってもらい、ギルドの隣にある食堂でリンと一緒に晩飯を食べた。
貴族街にある高級なレストランだと奴隷をテーブルに座らせるのを断られるが、下町では大丈夫だ。
食事が終わった後、リンは先に家に帰し、俺は酒場によって情報収集をした。
今日、ダンジョンにもぐっていた奴らの話じゃ、中の魔物は普段の倍くらいになっているらしい。
ダンジョンと言っても、シーズンオフは魔物を探すのが大変なくらいで、やたらと魔物に出くわすわけではない。
来週になったら本格シーズン到来で、普段の5,6倍くらいの数になるはずだ。
しかも、今年は当たり年で、魔石や素材の買い取り価格が高いドラゴンフライが大量発生するかもしれないと言われている。
大体、5年に1回の周期で大量発生しており、今年もすでにちらほら出てきているので、金儲けのチャンスなわけだ。
ただ、本物のドラゴンとは大違いとはいえ、一応ドラゴンの名がつく魔物なので、このダンジョンに出てくる中では手ごわいほうの魔物である。
俺の場合、一度に3匹までなら何とか倒せるが、4匹以上ならこっちが逃げるしかない。
しかし、ドラゴンフライは飛行型で素早いうえ、気性が荒くて逃げると追ってくる。
俺はともかく、足の遅いリンでは逃げきれないだろう。
何か対策を考えないといけないな。
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