第26話 ジュリアンとケイト【Rin side】

 巨大な魔物を倒した日から5日後、ご主人様はギルドに呼ばれてお出かけされました。

 私はお家でお留守番。

 巨大な魔物がいた穴に落ちたときの傷は、打撲や擦り傷だけでしたので、もうとっくに治りました。

 たまっていたお洗濯や狩りで傷んだ装備のお手入れ、留守にしていた間に積もったお家のほこりのお掃除も終わり、一人でお留守番していてもすることがなく暇です。

 仕方がないので、もう一度お家のお掃除をしておきました。

 狩りのシーズンが終わってしまったので、これから私は何をすればいいのか、ちょっと心配です。

 まさか、用済みだからって奴隷商館に売り払ったりしないですよね? ご主人様!

 実は、怖くてまだ聞けていません。

 ちょっとでも役に立つところを見せようと、今日もせっせとお掃除です。

 実は、お掃除はちょっと得意なのです。

 女にしては背の高いほうなので、高いところまで手が届きます。

天井のクモの巣取りもお任せ!

 ご主人様は独身の癖に、家族持ち並みの広さのお家に住んでらっしゃるので、丁寧に掃除すれば結構時間がかかります。

 時間が余ったらお庭のお手入れもしておこうかな。


 ◇◆◇


 夕方になって、さすがにすることがなくなると、私は玄関横の窓から外を覗いて、ご主人様の帰りを待っていました。

 今日は遅いですね、ご主人様。

 夕飯の支度をどうするのか聞いていませんでしたが、私が用意してもいいのでしょうか。

 なぜかこれまで、ご主人様は、料理だけは私にお命じになったことがなく、いつもご自分で作られるか外食でした。

 ん? 私? お料理できますよ?

 えっと、パンを皿に乗せて、野菜をちぎって、あ、その前に野菜を洗って、それから、お肉はフライパンで焼けばいいのかな?

 で、でも、ご主人様の作ってくださるお料理はとてもおいしいので、私はそのお手伝いとして頑張るのもいいと思います!


 日が落ちかけてきたころ、ご主人様とグレコさんか連れだって帰ってこられました。

 ムム、遅いと思ったら、お二人で逢引でしたか、ぐへへへへへ………。

 ご主人様とグレコさんは、玄関の前で止まって立ち話をされています。

 窓越しに、お二人の会話が聞こえてきました。




「今日は付き合ってもらってすまなかったな、グレコ」


「いいってことよ。いくら地元とはいえ、一人であんな大金を持ち歩くのは物騒だしな」


「うん、それに、俺はどうも教会は苦手でな。ガキの頃から、礼拝さぼって遊んでは、教誨師に怒られてた癖が抜けねえのかな」


「はは、まあ、俺んちは親がうるさくて、礼拝日は欠かさず教会に行ってたからな。教誨師の爺さんもガキの頃からの顔なじみだし」


「ふん、グレコんちは金持ちで、お前は坊ちゃん育ちだったからな。それが、どこで間違って俺と同じ冒険者なんぞになっちまいやがったんだか。親御さんが泣いてるぞ」


「よくいうぜ。12歳の時に、子供だけでダンジョンに行こうと俺を誘ったのは、お前だろうが。あの時は、俺とお前と、あとはカインとジョーイと、そしてケイトの五人だったな。あれで俺は人生を誤っちまったんだよ。あの時初めて5人でダンジョンに行って、たまたまうまく魔物を倒せちまって、いい小遣い稼ぎになっちまったもんだから、調子に乗っちまったんだな」


「ふふ、まさかそのまま5人ともが冒険者になるとは、あんときゃ思いもしなかったがな」


「まったくだ」


「……明日なんだが」


「ああ、もちろん、明日も付き合うよ」


「いいのか?」


「ああ、今はパーティメンバーも休養中だし、特にすることがないしな。実家にいると、親父とお袋がうるさいだけだし。」


「じゃあ明日も頼むは」


「おう、まあ、俺がいても特段役には立たんがな」


「いいんだよ、それで。大金を使った一発勝負だし、やっぱり、うまくいくか不安だしな。一人だと余計なことばかり考えちまいそうだし」


「ふふ、お前にしちゃあ弱気じゃないか」


「そりゃあ、魔物狩りなら無茶でもするが、明日は全部、聖霊師様にお任せだしな。見てるだけってのは、どうも苦手だ」


「うん、不安になる気持ちは分かるよ。ソウルヒールなんて噂に聞いたことがあるだけで、見るのは俺も初めてだしな」


「さすがに、あんな大金をもう一度用意するのは難しいからな。何とか一発で治ってほしいんだが」


「ソウルヒールか。魂以外は何でも治すっていうくらいだから、大丈夫じゃないか? 失敗したなんて話も聞かないし」


「魂以外を治すって言ってるくせに、なんでソウルヒールなんて名前なんだ?」


「たしか、患者の魂をもとに肉体を再生させるってことだったはずだ」


「ふーん。よくわからんが、たいそうなもんなんだな」


「教会が大金を取ってるんだから、メンツにかけても治してくれるさ。それじゃあ、今日はこれで帰るわ。明日の朝ここへ来ればいいな」


「ああ、すまんが頼むわ」


「いいってことよ。じゃあな」




 ご主人様は、明日、また聖霊師様に頼んで、誰かを治癒魔法で治してもらうようです…………。

誰を治すんでしょう…………。

……………なんか、私の心臓が勝手にドキドキしてきました。


 狩りが終わって帰ってきた後、巨大な魔物の魔石が高い値段で売れそうだと聞いた時には、ご主人様から「リンが穴に落ちてくれたおかげだな」と、お褒めの言葉をいただきました。

 私の心の中の、欲深な奴が、「ご褒美かな?ご褒美かな?」とささやきます。

 前回、教会で足を治してもらいましたが、その時は顔や手など上半身は治りませんでした。

 もちろん、足を治していただけただけでも、ものすごく感謝しています。

 奴隷に教会での治療を受けさせるご主人様など聞いたことがありません。

 新しい奴隷を買ったほうがずっと安上がりなはずです。

 ですから、足を治してくださったご主人様には、本当に、本当に感謝しているのです。

 でも、奴隷であっても、少しでもきれいになりたいという女の本能はなくなりません。

 朝顔を洗うとき、桶の水にうつった自分の顔を見ると、心がずきんと痛みます。

 指の欠けた手は、嫌でも目に入ります。

 そんなときは、ご主人様にも自分の顔や手を見られたくないなと思ってしまいます。

 ご主人様は、こんな私をそれとわかっていながら買ってくださいました。

 だから、ご主人様は、私が醜いとは言われたことはありません。

 でも、馬鹿な私の弱い心は、時々、あり得ない妄想に彷徨ってしまうのです。

 顔や手にけがをする前にご主人様と出会えていたらよかったのになって。

 そうしたら、もっとちゃんとご主人様の顔を見てお話しできたかもしれないのになって。

 そんな、馬鹿で弱くて欲深い私の心がささやきます。

もしかしたら、もしかしたらって。


 私は、握りしめた両手の拳で高鳴る心臓を押さえ、何とか気を静めて玄関から入ってきたご主人様をお迎えしました。


「ご、ご、ご、ご、ご、ハアハアハア、ごじゅじんだば、おがえりださいばじいー、ゲホッ、ゴホッ」


「ああ。ただいま」


 そのあと、ご主人様が料理されるのをお手伝いし、夕食をいただきました。

 今日のご主人様は、いつにもまして無口です。

 なんか緊張されているようなご様子。

 私もつられて、ドキドキしっぱなしでした。


 ◇◆◇


 翌朝、私は目を覚ますと、直ぐに着替えをしました。

 なんとなく、そう、なんとなくですが、もっている下着で一番清潔なやつを着てみました。

 ご主人様と二人で朝食をいただき、食べ終わって片付けが済んだころ、グレコさんがお見えになりました。


「おはよう。何だ、ジュリアン、あんまり顔色が良くないが、昨夜はよく眠れたか?」


「ああ、まあな。俺が緊張しても始まらんのだがな」


「ふふ。おお、リンちゃんもおはようさん」


「お、おふぁようごじゃりましゅー、ふーっ」


「じゃあ、天気もいいようだし、さっそく行くか」


「ああ」


 グレコさんとご主人さまが玄関から外に出ていかれましたので、私もその後に続いて外に出ました。

 陽射しがまぶしく、今日は本当に良いお天気です。

 表に出ると、ご主人様とグレコさんが私の顔を見た後、お互いの顔を見合ってます。

 相変わらず仲がよろしいようで。


「まあいいか。それじゃ行こうか」


 そう言って、ご主人様がグレコさんと連れ立って歩き始めましたので、私も遅れないようその後をついて歩きます。

 前回、教会へはご主人様が引く荷車に乗せて行ってもらいましたが、今回は自分の足で歩いていきます。

 お日様に当たったので、ちょっと緊張がほぐれて、元気が出てきました。

 足取り軽く♪ スキップ踏んで♪ ランララン、ランララン♪

 あ、うっかりご主人様とグレコさんを追い越してしまいました。

 グレコさんが笑ってます。

 できるだけ何も考えないようにしてるのですが、どうも落ち着きません。

 教会はお祈りするところ♪ 教会は神様のいるところ♪ ルンルルン、ルンルルン♪


 教会へ続く大通りを歩いていると、先を行くご主人様とグレコさんが、途中で道を曲がりました。

 あれ?どこかに寄り道でしょうか?

 しばらく行くと、前に見たことのあるお家の前に着きました。

 ご主人様が、玄関のドアの前に立ちました。

 ご主人様は、ドアを叩こうと手をあげましたが、そこで固まってしまわれました。

 しばらくじっと固まっていたご主人様を見て、グレコさんがため息をついて後ろからご主人様の背中をバシンと叩きました。

 ご主人様は、はっとした様子で気を取り直し、ドアを叩かれます。

 すると、ドアが内側から開けられ、中からいつぞや。年配の女性が出てこられました。


「まあ、ジュリアン、早かったわね」


「おはようございます。おかあさん」


「おばさん、ご無沙汰してます」


「あら、グレコ君まで来てくれたの。わざわざありがとうね」


「おかあさん、聖霊師様はまだですよね?」


「ええ、見えられるまでにはまだ少し時間があるわ。二人とも中に入ってお待ちになって。あら?そちらの方は?」


「ああ、これは前にお話しした奴隷のリンです」


「そう、リンさんもよく来てくれましたね。さあ、三人ともお入りになって」


「ふしゅー、おじゃましまふー」


 私は戸惑いながら、ご主人様とグレコさんの後からそのお家の中に入りました。

 以前、狩に行く途中でご主人様があいさつによられたお家でした。

 ご主人様のご実家かと思っていたのですが、なんだかちょっと他人行儀な感じですね?

 中に入ると、先日お見かけした年配の男性もおられ、みんなでテーブルを囲んでご婦人が用意されたお茶を飲まれました。

 ご婦人は、奴隷である私の分まで椅子を用意してくださりました。

私は、ご主人様の後ろの方に椅子を置いて座らせてもらいました。

 

 ご主人様たちは、しばらくお天気や飲んでいるお茶のこと、今シーズンの狩りのことなどで世間話をされていました。

 でも、みんな落ち着かない様子です。

ご主人様はほとんど話されず、落ち着かない様子でティーカップの中を覗いたり、時々、窓の外を見たり、天井を見上げたりなさっておられます。

 年配の男性も寡黙です。

 もっぱら、グレコさんとご婦人がお話しされてます。

 私は、震える膝を何とか手で押さえ、黙って聞いていました。


 そして、1時間位したころ、玄関のドアがノックされました。

ご婦人が出られ、訪問者を招き入れられました。

 やってこられたのは、前回お世話になった聖霊師様と助手の方でした。


「まあまあ、聖霊師様、本日はようこそおいでくださいました」


「遅くなって申し訳ありません、ご婦人。いろいろと準備が必要なもんでして。ああ、ジュリアンさん、昨日はご寄付をありがとうございました。教会でのお祈りも済ませてきましたので、すぐにでも始められますよ」


「はい、聖霊師様。本日はよろしくお願いします」


 ご主人様が、珍しく丁寧なごあいさつをなさっています。

 やはり、随分と緊張なさってるご様子です。

 私も後ろで立ち上がって、ぺこりと頭を下げてご挨拶しました。


「おお、あなたは先日施術を受けられた方でしたね。その後、調子はよろしいですか?」


 私は、うまく言葉が出ませんでしたので、何度もうなずいてお返事しました。

 年配の男性も立ち上がって、聖霊師様にご挨拶なさいました。


「聖霊師様、本日はお越しいただきましてありがとうございます。娘のケイトをどうかよろしくお願いします」


 私がご主人様のお父様だと思っていた年配の男性は、深々と頭を下げておられました。

 聖霊師様は、厳かにうなずかれ


「分かりました。精一杯やらせていただきますね。では、早速ですが、患者さんにお会いしましょうか」


「では、ケイトは2階に降りますので、こちらからどうぞ」


 そう言って、ご婦人が聖霊師様と樹所産を案内されました。

 ご主人様と、年配の男性も、緊張した面持ちで2階に上がっていかれました。


 私は、どうしていいか分からず、ずっと立っていました。

 足がぶるぶる震えて、息が乱れそうになります。

 手をぎゅっと握りしめます。

 目もぎゅっとつむりました。

 

「ふぐっ、ふぐっ」


 やっとみなさんがいなくなり、一人になって乱れた気持ちが我慢できず、表に出てきそうになりました。


「うん? リンちゃん、どうかしたのかい?」


 あ! まだグレコさんがいらっしゃいました。

 グレコさんはしばらく私のことをじっと見ておられる様子でした。

 私は、少しうつむいて髪の毛で顔が隠れるようにしていました。

 グレコさんにばれないといいのですけど。

 私が泣く理由なんてないのですから。


 「うん? どうしたんだい?」


 グレコさんが心配して私の顔をのぞき込もうとされます。

 グレコさんは、普段から優しいんですけど、今はそっとしておいて欲しいです。

 私は、失礼と思いながらも、つい、顔をそむけてしまいました。

 でも、でも、顔からぽたぽた落ちている雫に気づかれてしまったかもしれません。

 私は、ばれないうちに早く落ち着こうと、ぎゅっと手を握りしめました。


 私、昨日から何度も自分に勘違いしないように言い聞かせてきましたからね。

 ご主人様に足を治していただいただけでも、奴隷としては過分な幸せだと分かってました。

 でも、ご主人間の周りに、私以外にけがをした人がいるとは知らなかったので、馬鹿な私はずっとそわそわしてしまいました。

 だから、できるだけそのことを考えないようにしていたのです。

 ああよかった、馬鹿な自分を信じなくてよかった。

 私の勘違いをご主人様に気づかれなくてよかった。

 あんなにご親切なご主人様に、分不相応なことを考えそうになった馬鹿がいることを知られなくてよかった。

 ご主人様に気を使わせずに済んでよかった。


「あー、ん?、ああ、そうか。リンちゃんケイトのことは知らなかったのかい?」


 私が首を振ると、グレコさんはため息をついて


「そっか。もしかして、勘違いさせちまったか?悪かったな」


 いえいえ、ご主人様もグレコさんも、なにひとつ悪いことはしておられません。

 それより、グレコさんは気が利きすぎです。

 こんな時は、ご主人様のようにぼけっとしていて欲しいです。

 

「ジュリアンとケイトは結婚の約束をしている仲だったんだよ。ケイトのご両親も二人の結婚のことは認めてくれていて、自分の親がいないジュリアンは、ケイトのご両親のことを前からお義父さん、お義母さんって呼んでたんだ。

ケイトは俺やジュリアンの幼馴染で、大人になってから俺たちは三人とも冒険者になったんだ。そして、旅先で知り合った他の仲間も入れてパーティーを組み、いろんなダンジョンを回って稼ぎまくってたんだ。自分で言うのもなんだが、俺たちのパーティーは、なかなか優秀なメンバーが集まって、一時は結構有名だったんだよ。ジュリアンが前衛の剣士で、俺は中衛の剣士、ケイトは後衛の魔法士だったんだ。他のメンバーも優秀な奴が集まってくれて、俺たちがダンジョンボスを倒して攻略したダンジョンも3か所あったんだ。

 それが、キソロフの迷宮でダンジョンの暴走に出くわしちまってな。俺たちも、ちょっと調子に乗ってたのかもしれん。だが、あんときゃ他のパーティーもコテンパンにやられちまったからな。 俺たちはキソロフの深階層で急に湧いてきたS級魔物に囲まれちまってな。逃げるか倒すかって時に、ジュリアンが魔物に突っ込んでいったんだ。あいつは魔物を倒す自信があったんだと思うし、あんときゃ俺もそれでいいと思って止めなかった。

 でも、その時のS級魔物が、いや、もしかするとSS級だったのかもしれんが、そいつが最上級の黒魔法を放ってきやがってな。ジュリアンは魔法が得意じゃないから気が付かなかったんだが、魔法士だったケイトはそいつが黒魔法の詠唱を始めた瞬間にやばいことに気が付いたようで、後衛の癖に前にいるジュリアンのところまで走って行って、ジュリアンを押し倒してかばったんだ。ケイトは、魔法防御の装備を揃えていたおかげで即死は免れたんだが、意識がなくなっちまってな。まあ、そんときゃ他の3人のパーティメンバーが殺されちまったんだから、命があっただけでも運が良かったんだが。

 結局、そんときゃ、俺が持ってたレアアイテムの魔法爆弾で魔物をひるませた隙に、ジュリアンがケイトを抱いて逃げたんだ。ほんとは、ダンジョン内で爆弾なんか使ったらダメなんだけどな。そんときゃ魔物が異常発生して冒険者が大勢死んだから、さすがに仕方がないってことでおとがめなしで済んだけど。

 何とかダンジョンを脱出した俺たちは、その後、キソロフの街で教会にケイトを連れて行って治療を受けさせたんだ。

みんなの有り金を全部合わせて聖霊師様にハイヒールをかけてもらったんだが、ケイトの体の表面の怪我は全部治ったものの、どうしても意識が戻らなかったんだ。魔物の黒魔法が呪い系だったらしくて、見た目には体がすっかり治っているのに、いつまでたってもケイトは目を覚まさなかったんだ。

 そん時の聖霊師様の話じゃ、ソウルヒールなら何とかなるかもしれないと言われたんだけど、みんなの有り金を合わせてもソウルヒールをかけてもらえるだけの金が集まらなくてな。リンちゃんも知ってのとおり、教会は、金を積まなきゃどんなに頼もうと絶対に治癒魔法をかけてくれないからな。

 結局、そのあと、パーティーは解散して、ジュリアンと俺とでケイトを故郷のこの街まで連れて帰ったんだ。ケイトの実家がこの家で、さっきのおじさんとおばさんがケイトの両親でな。ジュリアンは自分でケイトの面倒を見たかったみたいなんだが、ケイトにかけるソウルヒール代を稼がなきゃならんからってんで、ケイトをここに預けて、自分一人でダンジョンに潜ってたんだよ。

もちろん、ケイトのご両親も金を作ろうとされたんだが、眠ったままのケイトは食事がとれないから、時々ポーションを飲ませて体力をもたせなきゃならんかったんで、そのポーション代だけでも精一杯だったらしい。それでも、何とかポーションは口から流し込めたから良かったんだけどな。 そうじゃなきゃ、ケイトは今まで持たなかっただろうし。 

 まあ、後はリンちゃんの知ってるとおりだ。金額が金額だったんで、ジュリアンが金をそろえるのに、結局1年もかかっちまったが、リンちゃんのおかげもあって、やっとその金ができて今日を迎えたわけだ。 

金を集めるのは俺も手伝うつもりだったんだが、ジュリアンから「俺たちの問題だから。」と言われて断られたんだ。あいつも、自分がケイトにかばってもらったせいであんなことになったと思って、責任を感じてたんだろ。俺は、亡くなったメンバーの家族のところにも行って、死んだ奴らの残した金や形見を渡しに行ったりもしなきゃならんかったから、結局、ジュリアンとは別行動になってしまったんだ。俺がこの街に戻ってきてからも、あいつは一人で頑張ると言い張るから、俺は俺で他の奴らとパーティーを組んで稼ぎ、いざとなったら俺もケイトやジュリアンのために金を出すつもりだったんだ。でも、リンちゃんが巨大な魔物を見つけてくれたおかげで、結局、あいつ一人で必要な金を稼いじまいやがったってわけさ。

あいつとケイトは子供の頃からそれは仲が良くてな。子供の頃から不愛想だったあいつを、ケイトがいつも面倒見てやってたんだよ。あいつもケイトに操を立てて仲間が女遊びに誘っても一度も付き合わなかったな。ジュリアンがケイトと所帯を持つことが決まって、この街に二人で住む家を買って、キソロフの迷宮が終わったら教会で式を挙げることも決まってたんだよ。それが、あんなことになっちまって、2人とも本当にかわいそうだったよ」


 私は、グレコさんのお話を聞いて、いろんなことを思い返していました。

 そうだったんですね、それでご主人様は、あんなに必死に頑張ってらっしゃったんですね。

 お話を聞いているうちに、次第に気持ちが落ち着いてきました。

 ご主人様の気持ちも知らないで、本当に私は馬鹿ですね。

 私よりもご主人様の方がずっと大変だったのに、ちっとも気づきませんでした。

 ああ、でも、私が穴に落ちて、巨大な魔物に出くわしてしまったことがご主人様のお役に立ったと聞いて、少し誇らしい気持ちになりました。

 良かったです。

 本当によかった。


 その時、2階から男の人の悲鳴が聞こえてきました。


「うわあああああああ、うわああああああああ」


 あれはご主人様の声です! どうしたのでしょう!

 いったい何があったのでしょうか!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る