第29話 私のご主人様

 助手さんに伴われて治療院に入ると、中で聖霊師様が俺を待っていた。


「こんな時にお呼び立てして申し訳ありません。実は、今回のソウルヒールのことでご相談があります。今回は、残念ながら、ケイトさんにソウルヒールを実施することができませんでした。そのことについては、こちらも大変残念に思っています。それで、お悲しみのところにこのようなことを申し上げなければならないのは大変心苦しいのですが、教会の規則で、ソウルヒールができなかったとしても、ご寄付いただいたお金はお返しできないことになっていることをお伝えせねばなりません。」


 俺は、そもそも金のことなど何も考えていなかったので、聖霊師様にそのことを伝えた。


「別にそれは構いません。あくまで教会への寄付であって、治癒魔法の代金ではないことは、あらかじめ助手さんから説明を受けていましたし」


「そうですか。ご理解いただけで助かります。ただ、だからと言って、ご寄付をいただいておきながら治癒魔法を実施しないという訳にもいかないのです。こちらの勝手で申し訳ないのですが、教会の規則で、ご寄付いただいたお金は返金できないとともに、ご寄付いただいた以上、治癒魔法は必ず実施しなければならないと定められているのです」


「まあ、そう言われましても、今さらケイトにかけてもらう訳にはいきませんから、もう実施したことにしておいていただけませんか」


「それが、そうもいかないのです。教会の規則は、特に金銭がらみの場合はたいそう厳しいのです。もちろん、聖職者が金銭の横領などするはずはないのですが、何分、大金が動きますので、世間からいらぬ誤解を受けぬよう厳格な会計規則が定められています。高額なご寄付を頂いて治癒魔法を実施したら、いつ、誰からいくらご寄付をいただいて、どのように治癒魔法を実施したかを詳しく教会に報告しなければならないと決められているのです。教会の規則は厳しくて、報告書にちょっとした誤記があっただけでも、本庁から審問官がやってきて、うんざりするほど細かい監査を受けなければならないのですよ。やってもいない治癒魔法をやったと嘘の報告をした場合は、不正行為の疑いをかけられて破門になってしまいます。かといって、ご寄付をいただきながらソウルヒールを実施できなかったと正直に報告してもまず認めてもらえません。教会で行うソウルヒールは、多額のご寄付を頂いている分、必ず効果があるという建前になっており、例外は認められないのです。いかなる事情があろうとソウル―ヒールを実施して治療を遂げなければならないとされており、もしこれを行わなかったら、その聖霊師は怠慢の罪で厳しいけん責処分を受けさせることになります。

 そんなわけで、こんな時に大変申し訳ないのですが、ジュリアンさんでもご家族やご友人の方でも結構ですので、ソウルヒールを受けていただきたいのです。ソウルヒールなら、古い傷痕や虫歯でも治りますから、受けても無駄ということはありませんから」


 そう言われても、俺自身は受ける気になれなかった。

 古傷くらいはいくらでもあるが、冒険者の古傷は勲章のようなもので、逆に古傷の一つもないと馬鹿にされかねない。

 ケイトのご両親のに受けてもらおうかとも思ったが、止めておいた。

 お二人とも特に重い病気にはかかっていないし、ケイトを元気にするはずだった治療を自分たちが代わりに受けるというのは気が進まないだろう。

 正直、俺自身がそう思っていたし、ケイトのことを知る地元の仲間はみな同じ気持ちになるだろう。

 俺が考えあぐねていると、折よくそこへグレコがやってきた。

 俺はグレコに、誰かソウルヒールを受けたがってるやつがいないか相談した。


「んー、まあ、これはお前の考え方次第だし、無理に勧めるわけではないんだがな。受けさせる奴に心当たりがないってんなら、リンちゃんに受けさせてやるってのはどうだ?あの子が今回の稼ぎに一番貢献したんだし」


「そうか、それもそうだな。俺の奴隷なんだし、治してやって元気に働いてくれるなら、俺に損はないしな」


 俺は、グレコに頼んで表で待っていたリンを呼んできてもらった。

 リンは、戸惑った様子で、中に入ってきた。

 そして、俺は聖霊師様にお願いした。


「それでは聖霊師様、この前はリンの足を治していただきましたが、今日は残りの悪いところをソウルヒールで全部治してやってもらえますか」


「はい、分かりました。ソウルヒールなら、顔や手、背骨も元通りになるはずですよ。それでは、リンさん、前回と同じように下着以外は脱いで、寝台に横になってください」


 リンは、俺たちの話を聞いて一瞬茫然とした後、今度は飛び上がってひゃいひゃい言った。


「ひゃい! ひゃいひゃい! ど、ど、どば? わた、わた、ひゃい!?」


 何だか、リンがおかしなことになっている。

 リンはあたふたしてその場にいるみんなの顔を何度も見回して、両手の震わせながら上げたり下げたりしていた。

 何かのお祈りだろうか?


「びゃい~~~~~~~、ひーーーーーーー」


 何か、泣いてるんだか喜んでるんだかよくわからなくなってるが、まあ、嫌がってるわけではないだろう。


「おい、リン、さっさと服を脱いで寝台に上がれ」


 グレコは、苦笑して治療室から出て行った。

 まあ、リンも一応、女だからな。

 よその男の前で下着姿になるのは恥ずかしいかもしれん。

 俺はこいつの主人だし、別にリンの裸に何か興味ないしな。

 リンは、俺がせかすとようやく着ていたものを脱ぎ始めた。

 下着姿になったリンが寝台に横になると、聖霊師様の施術が始まった。


 リンの全身を青白い光が覆い、顔や手などに残っていた傷跡を消していった。

 傷跡がなくなるだけでなく、かけていた指や目まで復活し、まがっていた背骨までまっすぐになった。

 それは、まさに教会による奇跡の魔法だった。

 こうしてリンは、傷物の奴隷から、怪我のない普通の奴隷になったのだった。


 ◇◆◇


 それから1か月後、俺はリンを連れてグレコのパーティーに参加することになった。

 まだケイトのことを考えると心が痛んだが、何もしないでいるのはかえって辛かったので、グレコの誘いに応じることにした。

 もう、これまでのような無理な狩りをする必要はない。

 グレコは、いずれ金をためて装備を揃え、キソロフの迷宮にもう一度挑みたいようだが、俺自身はまだ決めかねている。

 まあ、ゆっくり考えればいいさ。


 リンは、治療ですっかり元気になり、今は五体満足な状態だ。

 俺たちはグレコのパーティーと一緒に次のダンジョン目指して移動中なのだが、リンは重い荷物を背負子で背負っているのに、張り切って先頭を歩いている。


「リン! 一人で先に行くとまた迷子になるぞ!」


「ひゃい! ご主人様。こっちですか? こっちでいいでしゅか? エイホ! エイホ!」


 俺の隣を歩いていたグレコが、リンの姿を見て笑った。


「リンちゃんがすっかり元気になってよかったな」


「いまだに少し発音がおかしいけどな」


「ははは、まあ、ムッツリのお前には、あれくらい元気な子がそばにいた方が、気分が明るくなっていいだろう」


「うるさい、誰がムッツリだ」


「しかし、手の指も生えそろったし、背骨もまっすぐになって猫背が治ったし、顔の傷や目も見事に治って、教会の魔法ってのは大したもんだな」


「あれでもう少し安けりゃいうことはないんだがな」


「まあ、ぜいたくを言えばきりがないさ。しかしなんだな、何というか、リンちゃんも顔の傷は治ってすっかり明るくなったな」


「顔の傷を隠すために伸ばしていた長くてうっとおしかった髪の毛をバッサリ切ったからな。着る服も、まるで若い女が着るような膝の出る丈の短い服を着るようになったしな」


「物語だと、魔法で元の姿に戻った女の子は、実は美人でしたってのが定番なんだがなあ」


「心配するな、俺は最初からリンにそんなことは期待していない」


「まあ、多少個性的な顔でも、あれだけ明るく笑ってくれてると、見ていて気持ちがいいよな」


「別に気を使わなくてもいいんだぞ」


「いやいや、ほんとだって。お前だって、何のかんのでリンちゃんの面倒をよく見てるじゃないか」


「ふん、奴隷の所有者としての義務があるからな。あっ! リンのやつ、言ってるそばから転びやがった」


「ご、ご主人様~、だ、大丈夫でしゅ。大丈夫でしゅよ~。ご主人様~」


 俺が盛大なため息をつくと、横でグレコが大笑いしやがった。


 まあ、買っちまった奴隷は最後まで責任もって面倒を見ないとな。

 俺は、膝小僧から血を流しながら走って戻ってくるリンを、仏頂面で迎える準備をした。

 リンの笑顔につられてにやけ面にならないように。


                                END




 

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女奴隷と冒険者 ほむら @rari-rari-ran-ran

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