第23話 魔装剣

 魔物の図体がでかく動きが遅いのを見て取ると、俺は思い切って魔物に駆け寄った。

 そして、剣で魔物の右足に切り付けると、反撃に備えてすかさず飛びのいた。

 剣で切り付けた個所は、皮膚が破れて血が飛び散ったが、感触としては浅手だ。

 表面の皮は切れるが、その下の筋肉は固くて分厚く、簡単にはダメージを与えられそうにない。  

 魔物は唸り声をあげて傷ついた足を一歩下げると、今度は反対側の足で俺を踏みつけようとしてきた。

 しかし、動きが大きく緩慢だったので、素早く飛びのいてよけることができた。

 

 ドスン!!!!

 

 よけるのは難しくなかったものの、万が一、あの足に下敷きされたら確実に骨が砕けるな。  

 俺は右へ左へと素早く動くことでやつを翻弄し、前足を中心に何度も切りつけた。

 さらに、魔物は巨体のため方向転換に時間がかかるので、やつの後ろに回ると隙だらけになることに気づき、俺は魔物の後ろに回って奴の後ろ脚に何度も切りつけた。

 すると、魔物は俺から逃れるように一歩前に出た。

 うん? あれ? 奴の前方で、リンがこっちを見ているのが見えた。

 しまった、リンのことを忘れていた。


「リン! 穴のところに隠れてろ!」


 俺が叫ぶと、リンは慌てて落ちてきた穴の下まで戻り、その奥の窪みにでかい図体を押し込むと、窪みの入り口に背負子を立てて蓋をした。

 おお、うまく隠れやがったな。

 俺はリンが隠れたのを見届けると、魔物の前に回ってさらに攻撃を続けた。

 飛びこんで近づき、切り付けては飛びのく。

 

 ハア、ハア、ハア……………

 

 暑い。

 動き回っているせいで息が激しくなるが、吸い込んだ空気が焼け付くように熱く、肺を焼いてしまいそうだ。

 それでも、魔物の攻撃を防ぐためには飛び回り続けなければならず、足止めするために攻撃の手を休めることもできなかった。

 相手の動きが遅いので、持久戦でも大丈夫かと思ったが、このままでは暑さで参ってしまいそうだ。

 汗がだらだら流れ続けており、のどの渇きが苦しいほどになってきた。

 だが、いくら動きが遅いと言っても、悠長に水筒の水を飲んでいる暇はない。

 洞窟は狭く、やつはでかいので、十分な距離を取ることができない。

 このままでは、魔物の攻撃を受けるより先に、消耗と脱水症状で倒れてしまいそうだ。

 

 俺は打開策をどうするかで迷い、一瞬動きが鈍くなって攻撃に間をあけてしまった。

 やはり、暑さで頭がボーッとしていたのだろう。

 魔物はその隙に胸を膨らませ、大きな頭を持ち上げるとともに、長い鼻を天井へ向けて振り上げた。

 俺は、魔物がその鼻で攻撃してくるのかと思い、その場に立ち止まって剣でガードする姿勢をとりつつ、魔物が鼻を振り下ろした瞬間によけようと身構えた。

 しかしそれは間違いだった。

 魔物が鼻を振り上げたことであらわになった大きな口から、真っ赤な炎があふれ出してきた。

 その炎は、吹き付けるような勢いはなかったが、床にどばどばと大量にあふれだし、あっという間に周囲に広がっていった。

 俺は振り上げられた鼻に気を取られていたため逃げ遅れてしまい、広がった炎の床に飲み込まれてしまった。

 炎で焼かれないように顔を両腕で覆い隠し、目を塞いだ状態で勘だけを頼りに一か八か奴の後方へ向けて炎の中を駆け抜けた。

 幸い、ドラゴンフライ対策で防炎効果のある装備を揃えていたおかげで、炎に飲み込まれても一瞬で丸こげになるようなことはなく、何とか炎が薄い奴の後方へ逃れることができた。

 しかし、さすがに無事とはいかず、燃えかけた着衣の炎を、床を転げまわることで何とか消し、水筒の水を体中にぶっかけた。

 顔や手など素肌をさらしていた部分がやけどでただれ、ひりつく痛みを感じた。

 奴は自分が吐いた炎で俺を見失い、まだ先ほどまで俺がいた辺りを探し回っている。

 その隙に、やけどをした顔や手にポーションを振りかけ、残りを飲み込んだ。

 床の炎は徐々に収まってきている。

 奴もそこに俺がいないことに気づいたのか、あたりを見回して探しているようだ。

 奴に気づかれるまで時間はあまりない。

 今の炎で洞窟内の空気は一気に温度が上がり、耐え難いまでになってきていた。

 もう一度今のをやられたら、炎をよけられたとしても、気温が上がり過ぎて肺を焼かれてしまうだろう。


 俺は、腰の道具入れに手を入れ、中に入れてある手のひらサイズの大きな魔石を握りしめた。

 これが俺の取って置きであり、使い捨てであるため使わずにずっと大事にとってあった虎の子だ。

 復讐など考えていたわけではないのだが、頭の中ではいつもこの魔石をキソロフの迷宮でS級の魔物相手に使う場面を思い描いていた。

 だからだろう、これまで危ない場面があっても使おうとは思わなかった。

 まして、自分にとってはホームグランドであり、心の底ではここならどんなに無茶をしても何とかなると思っていたこのダンジョンで、こいつを使うはめになるとは考えたことがなかった。

 ここで使うべきか?

 これはグレコたちとパーティーを組んでいた当時にA級の魔物を倒して手に入れた魔石だ。

 ソロになった今では到底手に入れられない代物だ。

 売れば大金に換えられたが、前衛の俺としてはいざという時の攻撃手段として取っておくほうを選んだ。

 そのくせ、一つしかないため後生大事に抱えてしまい、一番やばかった時にもタイミングを逃して使いそこなってしまった。

 あの時最初からこれを使っていたらその後の結果は違っていたのだろうか?

 今、もしここで使えば、このあとの結果が変わるのだろうか? 

 この期に及んでも俺がまだ迷っていると、魔物の向こうから声が聞こえてきた。


「たしゅげでー! だれぐぁ、たしゅげでぐだざーい! ごじゅじんだまがー! だれがー、ごじゅじんだまをー!」


 その叫び声に反応して、魔物がゆっくりとリンのいる穴の方に進み始めた。


 チッ! 何やってんだあのバカは!


 リンに黙っているように言うのを忘れた。

 俺は道具入れから取って置きの魔石を取り出すと、持っていた剣の柄についている仕掛けの蓋を外し、中に魔石をはめ込んで蓋をはめ直した。

 魔石を装着した剣の柄を両手でしっかり握りしめて気合を入れると、剣が青白く輝き始め、強いい冷気を発し始める。

 その魔法的な冷気は、剣先から青白い光を放ってその光に触れる空気さえ凍てつかせていた。

 魔石による魔力を帯びた魔法の剣、魔装剣である。

 

「すまん、ケイト」


 以前、キソロフの迷宮で俺がS級のアンデッド系魔物の激しいブレスを受けそうになった際、俺をかばってそのブレスを受けてしまったパーティー仲間の名をつぶやき、ここで大切な魔石を使ってしまうことを詫びると、魔石をはめ込んだ魔装剣を振りかぶり、目の前の巨大な魔物めがけ飛びかかった。


 バシュ!!!!


 魔物の左の後ろ脚を後ろから魔装剣で思い切り切り付ける。

 魔法の光を帯びた剣は、深々と魔物の脚を切り裂くとともに、傷口を中心に魔物の足を凍りつかせた。

 魔物は、傷ついた左後ろ脚では巨体が支えられず、バランスを崩してしりもちをついた。


 ギュヲオオオオオオオオオオ!!!!!!


 魔物が悲鳴を上げてのけぞる。

 俺はすかさず魔物の前に回り込む。

 まだ床の炎が残っていた魔物の正面の床に飛び込むと、その場から一気に魔物に向け飛びかかった。

 魔物はのけぞっており、炎を吐いた時のように頭をあげて鼻を振り上げていたので、普段は隠されている口の下ののど元がさらされていた。

 こいつもドラゴンフライの一種なら、そこが弱点のはずだ!

 俺は飛びかかった勢いをそのままに、さらに一旦胸元に引いた剣を思いっきり魔物ののど元めがけて思いっきり突き出した。


 うをおおおおおおおおおおおお!!!!!!


 青白い魔法の光に包まれた剣先が魔物ののど元に深々と突き刺さる。

 突き刺さった剣から奴の体内に魔法の光による冷気が広がっていくのが剣の振動で伝わってくる。

 俺は、剣が抜けてしまわないよう、左手を上に伸ばして開いている魔物の唇をつかみ、右手に握った剣をやつの体内に押し込み続けた。


 グゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 魔物は絶叫を上げてさらにのけぞった。

 おかげで剣が刺さったやつののど元が上を向いたので、俺は左手を唇から離して両手で剣の柄を逆手にもち、体重をかけて剣を奴の体内深くへ押し込んだ。

 剣を中心に魔物の体が徐々に凍り付いていき、真っ赤だった奴の胸がまず黒ずみ、さらにその上に霜が張って白くなってゆく。


 ウゴッ……ウゴッ……………ゴッ……………………………………


 のども凍り付いたのか、魔物の悲鳴が止まる。

 そして、ついに真っ赤に光っていた魔物の複眼が光を失い、真っ暗になると、魔物の巨体がゆっくりと崩れ落ちた。


 俺は、魔物の巨体の下敷きにならないよう飛びのくと、床が燃えていない洞窟の隅に退き、そこの壁際に座り込んだ。

 思いっきり放った魔装剣の冷気で洞窟内の温度は一気に下がり、床の炎も徐々に消えていった。

 先ほどまであれほど巨大に感じた魔物は、今は床に体を丸めた状態で倒れており、なんだか小さくなったように感じられる。


 俺が呼吸を整えるために壁にもたれて座り込んでいると、たまたま俺のすぐ後ろにあった窪みから、にゅうっと何かの頭が出てきた。


「ご、ご主人だば、だ、だ、大丈夫でふくぁぁぁぁ……」


 リンは穴から首だけを出していた。

 長い黒髪で顔が隠れているせいで、人だか魔物だか見分けがつかない状態だ。

 

 おい、ビックリするからその格好はやめろ。

 俺は、なんだかおかしくなり、しばらく笑い続けてしまった。


 

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