時間通信ノ実現可能性二ツイテ

谷樫陥穽

0. INTRODUCTION

またいつか必ずあなたに会いたい

 自分の砂時計の残りの粒が少ないことは、彼女自身が一番良くわかっていた。

 恐怖におびえて生きるのはもう今日で終わりにしよう。ようやく見つけた真実をあいつに告げ、もうやめると伝えよう。そして、その前に、もう一度だけ、『彼』と話そう。

 様々な偶然と幸運が重なった末、『彼』に出会えたことは、彼女の幸せとは言えない一生の中で、何物にも代え難い出来事だった。彼女の短い人生を閉じることになるこの都市に来たことも、『彼』に出会えたことを思えば、そして今まで知らなかったまぶしいばかりの世界を垣間見ることができたのは、決して悪いことではなかった。

 その巨大な金属の塊、無数の黄銅色の小さな機械の集合体に繋がる電源の大きなナイフ・スイッチを彼女は引き起こす。するとまるで何万もの虫の羽音のようなさざめきが大きな部屋中に満ちた。少女は機械の前に置かれた椅子に座り、機械の側面に取り付けられたタイプライタのキーを操作した。すると、その上の光電管に、ほの暗い赤い文字がかすかに明滅しながら浮かび上がった。同時に離れた机の上のタイプライタが自動的に動いて紙に文字を打ち始める。

「こんにちは。元気?」

「ああ、こんにちは。元気だよ。ええと、君は……」

「よかった。そっちの世界はどう? みんな楽しくやってる?」

「そうだね。飢えている人もいるし、争いもないわけじゃない。でも、がんばって生きている人も沢山いる。科学は少しずつ進み、世界は少しずつ良くなっているよ」

「そう。よかった。あなたはどう?

「まあまあかな。最近ちょっと忙しくなっちゃって。でも、やりがいはあるから」

「彼女はできた?」

「え? いやー、そんなヒマないよ。てか、なんでそんなこと訊くんだい? ていうか、僕は今、どこにいるんだろう……。えっと君は一体……」

「いいじゃない、訊いたって。それより、一つお願いがあるの」

「お願い?」

「そう。多分、あなたとお話するのは、これが最後になる。でも、またいつか必ずあなたに会いたい。だから、そのときにわかるように……」

 機械との奇妙な会話を終えた彼女は、タイプライタのはき出した紙を抜き取り、いつものように机の上に貼り付けた。そして、少しためらってから、その最後の部分を破りとり、手の中に大事に握りしめる。機械の電源を落とすと、虫の羽音は止み、静寂が訪れた。

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