3.4 町に戻ったら服を買ってあげよう

 石切場の跡地から青空に浮かび上がった〝マビノギオン〟は、高度を上げながらロムステット村の上を優雅に一周した後、アルジェンティナに針路を取った。プリズマティカがそれに気づいたのは、アルジェンティナとロムステットの中間にさしかかったときである。

「あれって飛行船?」

 プリズマティカが指さす方に防眩眼鏡をつけたトルウの顔が向く。

「『二時方向に飛行体』って言いたまえ」眼鏡を上げて眼を細めながら。「そうらしいな。きみ、目いいね」

「しっぽのところに赤い十字架みたいなのが描いてるわ。あとなんか文字も……」

「赤い十字? ああ、それは騎士修道会の船だね。……おいまさか」

「あれ、こっちに向き変えている?……ち、ちょっとおお」

 突然の機首上げのために、座席から上体を乗り出していたプリズマティカの身体は座席に押し戻された。モータ音は会話の邪魔になるほど大きくなり、舵を握るトルウの目には見たこともない真剣な色があった。マビノギオンは急角度で上昇を始めた。もう一度身を起こして窓の外を見ると、相手の飛行船も同じように上昇を開始している。

「プリズマティカ、左下の箱から黒い表紙の横長のファイルを出して。はやく」

「え? ……あ、これ?」身体を捻って、左右の操縦席の間にある、航路図なんかを入れた箱から分厚いファイルを取り出す。ページを開くと、要するにそれは飛行船や飛行機の図鑑だった。ただし、金持ちの子供が親にねだって買ってもらう類のものではなく、船乗りが相手を識別するためのものであることはすぐにわかった。プリズマティカはトルウの意図を察し、巻末の機体番号一覧の箇所から飛行船のページを割り出す。

「わかった。〝フォッカー式102E型〟だって!」

武装ヴァッフェは?」

「ええと、アウトマテ……なんとかかんとかが、かける2! 絵によるとゴンドラのところに機関銃みたいのがついているよ」

「そいつは幸運ゴッツァイダンク。上には撃てないタイプだっ」

「うわあああああ、撃ってきたよ、ちょっとぉ!」

「届かないって」

「こっちは武器とかないの?」

「今から充電してたんじゃ間に合わないよ。ほら、上昇性能はこっちの方が上だ」

 真っ正面から向かってくる相手がどれくらいの速さで近づいているのかは分かりにくい。しかし、マビノギオンがその上を通って逃げようとしているのはプリズマティカにもわかった。左から右に火線がマビノギオンの胴体下面を薙いでゆくが、かんかんかんと三回ほど小石でもあたったかのような音が聞こえただけだ。それ以降の銃撃はなく、やがて、相手の船はマビノギオンの下を通って後方に去って行く。その白い船体の上面には赤いエイヴィス十字がくっきりと描かれている。

「うっそー、信じらんない、なんで撃ってくるの?」

「測距技術がなってないからだね。あの距離じゃあたらないってわかるだろうに」

「そういう意味じゃないって!」

「プリズマティカ、町に戻ったら服を買ってあげよう」

「だからいったいなんで修道会があたし達を攻撃するのかって……へ?」

「もちろん靴もね。ただし、かかとのないやつで」

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