6. RESULTS AND DISCUSSION

6.1 ったくだから理屈っぽい男は……

 空白地帯は直径一キロの円形。中心部にゆくにつれ深くなる、すり鉢状の形状をしていることがわかっている。主要な下水道網のさらに下層に位置するが、市内の地下に五カ所ある冷脈の吐出口とはほぼ同じ深さになる。主要な下水道のエタジュと同じ深さにある、四〇カ所の入り口から中心に向けて曲がりくねった道が始まる。中心に到達するまでには約一〇〇カ所の分岐があると推定されているが、それまで通った道によって先の道の一部が閉塞したり、開いたりする場合があることが確認されており、実際の分岐数はその数倍に及ぶと考えられていた。

 その動的な道の変化のために、帰路が閉鎖される危険もある。多人数による同時の探索も同様の理由で危険であり、かつ事態を混乱させた。時代を下っては自動機械(ロトマタ)の使用も考えられたが、有線のケーブルは道の変化によって切断されることと、電波も届かないことから断念された。工作機械を用いた破壊も検討されたものの、地下空洞そのものの崩壊に繋がる可能性が指摘された。

 なにより、そうまでして空白地帯の中心にたどり着く必要性が見いだせなかった、ということが、それまで空白地帯が未踏の地であったことの最大の理由であった。

 以上のことをトルウの口から聞いて、プリズマティカは嘆いた。

「そこまでわかってんなら、そもそもあたしなんて要らないじゃん」

「まあね」

「いやそんなことはないか。そもそもあたしがいなけりゃ今頃トカゲの胃袋の中だしね」

「まあね」

「いや、まって。さすがにもううんちになって下水に流れてるわね」

「そういう言葉使うなって」

 トルウとプリズマティカは、昇降機を使って空白地帯に近いゲートから下水道に入った。

 空白地帯という明確な境界があるわけではなく、ただ、安全のために、空白地帯に入る何本かの道に金網による柵が設けられているだけだ。二人は壊れかけたその柵を乗り越える。柵の向こうは人があまり入っていないせいか、石畳もぼろぼろで、照明もほとんどついていない。プリズマティカの肩の冷光灯が頼りだ。

「ねえ、ちょっとトルウ……なんかさっきから見てるよね。こことか、こことか」

「え? ああ……いや」

「ほら見た!」

「それは君が変なこと言うからつい」

「ったくもう。観念化したんじゃなかったの?」

「そ、その格好見るのも四日ぶりだろ? ちょっと閾値が下がってたんだよ」

「なんでそこで玄関のドアの話がでてくんのよ。……ってかやっぱり見てるんじゃん!」

「何、怒ってんだよ最初の日は、うりうり、とかやってたくせに」

「……あのさ、ロジェに逃げられた」

「え……?」

「最悪。アタシの知らないうちに女作ってたの。んで二人で逃げた。イングランドに高飛び。もう信じらんない」

「それって、あのウルスラって……」

「ちーがーうって! ウルスラはさっき、いたでしょ!」

 ああ、ウルスラにはやっぱりちゃんと言わなきゃいけない。プリズマティカは、心の中で頭を抱え、髪をかきむしる。

「ははあ、なるほど。つまりきみのその奔放な言動は、ロジェ君という帰るべき港があって初めて成立していたってわけだね」

「ったく、だから理屈っぽい男は……」

 いや、そうだ。ロジェを失って、あたしは弱くなっている。急に心臓が早く打ったり、意味もなく何かが恐くなったりする。気をつけた方がいい。

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