2. BACKGROUND OF THE STUDY
2.1 あなたを待つのそれで十分
翌日、たまにはロジェの勉強の邪魔をしてもいいじゃないかという密かな企みもあって、早起きしたプリズマティカは、寝起き姿のまま(つまり口に出して説明するのがはばかれるような格好で)ロジェに後から抱きつこうとして機先を制された。
「さっき、階段長のミレーさんが来てさ、早めに出勤しろって電話があったって」
「えー」
今日こそはいろいろ都合がよかったのに。これから支度していたら、お楽しみの時間がなくなってしまう。それにパン屋の店仕舞いにもわずかに早い。仕方なく、パンに干からびかけのチーズをはさんで袋に詰め込んでいると、背中から声が届く。
「ティカ、大好きだよ」
ううう。罪もないパンを袋ごと握りつぶしながら、プリズマティカは幸せに身もだえる。
「士官学校までの切符代もたまったし、たまには外で食事してきたっていいんだよ」
「そんな、ロジェ以外の人とご飯食べたって嬉しいわけないじゃん!」
まあ、たまにはパン屋でお金を払うくらいはいいかもしれない。弁当作りを切り上げ、初志を貫徹して、ロジェの後から抱きつく。
「さあ、明日は届くかな受験票! もうそろそろ、届くころだよね。そうじゃないと試験日に間に合わないもんね。不安になってきたな……」
「ねえ、ティカ」ロジェはプリズマティカの腕を優しくふりほどき、真面目な顔で向き直る。「やっぱり言うけど、きみは、その、仮に僕が士官学校に首尾良く合格したあとのことをもっと考えるべきだよ」
「じゃあ、ついてく」
「……ティカ、それは嬉しいよ。すごく嬉しい。でも、そうできるとは限らないし、いずれにせよ僕は寮に入ってしまうんだ。せっかくきみがダルムステットに住んでいても今みたいに毎日会えるわけじゃないし」
「心配しないでって言ってるでしょ?」プリズマティカはロジェをにらみつける。「あたし一人、あなたを待っている間、生きてゆくだけならどうにでもできる。ここアルジェンティナだろうが、ダルムステットだろうが」
「生きてゆくだけ?」ロジェは、ぼそり、と言った。「それだけなの?」
「あなたを待つの。それで十分」
ロジェはその答えに肯定も否定もせず、また机の上の本とノートに向き直った。
プリズマティカは、後味の悪さを感じていないわけではなかったが、議論の結果には満足していた。
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