1. OBJECTIVES

1.1 罰として一生あたしと暮らすの

 一七時一五分。

 アンリマンユ通り(ル・ド・アンリマンユ)一帯の電力供給はいったん停止し、発電施設からの廃熱を利用した系統に切り替わる。そのとき、パイプ内で発生する衝撃波や接続部のきしみやらのせいで、大きな音が生じる。旅行者がこれを聞いて腰を抜かすことも希ではない。

 この音を目覚し替わりにする者もいる。

 アンリマンユ通り一番から四七番にかけて、古く巨大で百単位の戸数を持つ五階建ての集合住宅(アパルトマン)に住むこの娘もそんなうちの一人だ。

 娘の名はプリズマティカ。本人も姓ないし両親の名を知らず、またそれを尋ねる者もここにはいない。年齢にしても定かではなかったが、本人は二週間ほど前に一七歳になったと信じている。赤みがかった金髪、瞳の色は緑がかった茶色。背は高い方だが、彼女の理想からすれば、もう少しだけ身体の丸みが足りない。

 最初の機械的音響の方で、プリズマティカは目を覚ます。次の空力的な大音響の前には、毛布から這い出し、すばやく寝床を畳んでしまう。最近ただでさえ調子の悪いお湯の出が更に悪くなる前に、シャワーを浴びるためだ。このロフトにはようやく普通のダブルベッドほどの寝室しかない。ほとんど梯子のような階段を降りて、居間や浴室のあるフロアに出る。

 居間の壁の一方にしつらえた机には、一人の若者が向かっている。年齢はプリズマティカと同じか、一つ二つ上に見えるだろう。金髪に空色の瞳。色白で、どこか病的な印象を与えるほど整った顔立ちだが、プリズマティカに言わせれば額縁に入れて毎日眺めていても飽き足りないということになる。

「おはよう、ロジェ」

「やあ、おはよう。もうそんな時間なんだ」

大きく伸びをした若者を見て、プリズマティカは笑いを漏らした。

「おや、もうって、さっきの〝お化けオルガン〟が聞こえなかったの?」

「僕が高次物理学の演習問題を解いている時について言えば、君に後ろから首を締められたって分からないだろうな……うっく!」

プリズマティカは猫のような身のこなしで、ロジェの背後に回り込み、その華奢な首に腕を回した。「おはようのキス、してくれたら許してあげる」

「わ、わかった、分かったから、は、はなしてくれ」

 口をとがらして目を閉じたプリズマティカの額に、ロジェはくちづけする。プリズマティカは頬っぺたを膨らませて、居間に隣接した浴室の方に行ってしまう。

 シャワーを浴びたあと、プリズマティカは薄いすりきれたタオルを巻き付けただけの姿で居間を横断して、チェストのところにゆく。ロジェのところからも、そのいささかはしたない姿は見ることができるはずだが、残念ながら、プリズマティカはその視線を感じたことはない。下着の上に着るのは鄙びた茶色のボディスーツだ。色っぽさは場末の踊り子にも及ばないが、通気性と防刃性を併せ持つ。次にポケットのたくさんついた袖の無いごつい上っ張り(ジレー)、これをボディスーツの上に羽織って、バックルをしめる。それから、一五サンティほどの厚みのある背嚢を背負う。中には異物を焼却するための酸や短時間なら有毒ガスを防ぐことのできるマスク、ナイフ、地図などが入っている。最後に部屋の隅にたてかけてあった長さ一八〇サンティはあろうかという長大な電気銃。彼女は、それを小脇に抱える。(肩に懸けると天井にぶつかってしまうのだ)

「じゃ、行ってきます。ちゃんと一二時までには寝るのよ」

「うん、わかってる」

「あと、お夜食はストッカーの中にチキンが入ってるから……」

「はいはい。……ティカ」

「なに?」

 ごき。銃床をドアの端にぶっつけながら、プリズマティカが振り向いた。

「ありがとう。本当に、感謝しているよ」

「な、なに改まってんのよ、急に!」

 プリズマティカは顔を真っ赤にして怒ったふりをする。

「これは契約なんですからね。あなたが諸都市連合軍の士官学校に合格すること。この条件が満たせなければ……」

「満たせなければ?」

「罰として、一生あたしと暮らすの」

「そりゃ、かなわないな」

「じゃあ、がんばって!」

 娘は、下手くそなウィンクを送り、もう一度電気銃をドアにぶつけてから玄関を出た。

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