第7話




アリサの有難いお言葉が終わってしまえばあとはもうこんな退屈な式典には用なしだ。アリサが話終えるとほぼ同時に俺の頭はがっくりと落ちる。さあ、快眠の時間だ。


……と、思っていたんだけどなぁ。


俺の意識が飛びそうになった瞬間、俺の後頭部に衝撃が走り、視界に火花が散った。



「いっ!?」



思わず漏れ出た声を慌てて押さえ込む。周りの数名には気付かれたみたいだが、幸いな事にそれ以上大きな騒ぎにはならなかったようだ。


苦笑いを浮かべながらたんこぶの出来た後頭部をさすり、次いで下手人の方角をキッと睨み付ける。



「(……おい。一体何のつもりだ金髪野郎。場合によっちゃ只じゃおかねぇぞ?)」



そう。隣の席でそ知らぬ顔を浮かべているこのいけすかない金髪イケメンが俺の後頭部を強かに打ち据えたのだ。現場を見たわけではないが、極小の魔力反応があるのでこいつで間違い無いだろう。


隣の金髪は不快そうな表情を浮かべると、それでも場を弁えているのか小声で反論を始める。



「(それはこちらのセリフだ。貴様は何を為すためにこの栄誉ある学園に来た? まさか寝るためだとは言わないだろうな)」


「(ほお、そういうお前は随分と高尚な目的を持っているご様子で。なればこの愚かな私めにその目的とやらをご教授願えませんかね? それが無駄な理由を一から十までしっかりと教えてやっからよ)」



カチンと来た俺は壇上の話もそっちのけで罵倒を始める。伊達にサーシャやパルマの罵倒を一身に受けてきた訳じゃないんだぜ。お陰で俺の罵倒スキルもレベルアップした……気がする。



「(フン、会って間もない愚者に私の叡智を授けろだと? 物の頼み方というものがあるのではないか。愚者なら愚者らしく、地べたに頭を擦り付けろ)」


「(おーおー、まるで自分が賢者とでも言いたいようなセリフですな。流石現代の賢者様。自らの功績を誇らない過去の慎ましやかな賢者達とは一段も二段も違う。ですが愚者に叡智を授けるのも賢者の役目。それすら出来ないのであれば少々貴方様の発言も疑わしい物ですなぁ)」


「(貴様に疑われたところで痛くも痒くもない。何の目的もなく、何の目標もない、おまけに向上心すら失ったような低能に俺の大望が理解できる筈がない)」


「(なるほどなるほど、つまりお前は上を見てばっかりいる只の夢見がちだということがよくわかったよ。そのまま足元の小石に転んでお前の嫌いな地べたとやらに這いずってろ雑魚が)」


「……」


「……」



プツン、と何かが切れた音がした。



「いいだろう! ならば表へ出ろ。力の差というものを見せつけてやる!」


「あー上等だよこの野郎!! そのキレーな顔を吹っ飛ばしてやるぜ!!」



ガタンと椅子を鳴らして同時に立ち上がる俺達。突如起こった出来事に周囲の奴等は唖然としているが、そんなことには目もくれない。互いに胸倉を掴み上げ、至近距離でガンをぶつけ合う。くっそ、近くで見るとイケメンがより強調されて腹立つ!!



「だいたいよぉ、一目見たときから感じてたんだよなぁ!! おまえが七面倒くさい奴で、いかにも友達がいないタイプだってことをよ!!」


「なっ!? 友達の有無など議論にも値しない事だ!! それになんだ貴様は? そんな間抜け面を晒してよくこの学院に来れたものだ!!」


「ちょっとばかし良い面してるからって調子のってんじゃねぇぞ!! 顔面が崩壊するまでボコボコに殴り続けりゃその生意気な性格も少しは収まるか!?」


「あの~、そのへんで止めた方が……」


『ああ!?』


「ひぃ!?」



誰かに話しかけられたようだが、俺と金髪のガン飛ばしによってすごすごと退散していく。



「口で言っても仕方ねぇ!! 実力で決着つけてやる!」


「やってみろ低能が!! 擦り傷一つでもつけられれば御の字だろうがな!!」


「んだとこの――――」


「うるさーーーーーーーい!!!!」



ゴツン、と目の前に火花が散る。頭を捕まれて目の前の金髪と激突させられたのだと理解したのはその数秒後だった。



「ぬ、ぬおおおお……」


「し、視界がクラクラする……」


「二人とも五月蠅いですわよ!! 学院の新入生たるもの、もっと淑やかにしなさい!!」



アリサのありがたい言葉も、すべて頭の痛みに掻き消される。それは目の前の金髪も同様のようで、俺と同じくフラフラとしていた。



「さすが……馬鹿力……」


「女とは……斯様にも恐ろしい……」



思い思いの遺言を残した俺たちは、そのままパタリと倒れる。



「……なっ」



プルプルと震えるアリサが、最期の視界の端に写った。





「なんて失礼なんですのーーーーー!!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る