第28話

あの王城での騒動から五日後。ついにあの時の男が言っていた決断の日がやってきた。なるべく被害を出さないようにと、現在おれたちは街の外へ出ている。ここならば偶に出る獣以外には邪魔するものはない。


片手にあの男が渡してきた小瓶を握りしめ、神妙な面持ちで俺達は佇む。皆多かれ少なかれ緊張しているみたいだ。まあ無理もない。なにせ前回何も出来ずに一蹴された相手と戦おうというのだ。緊張するなというほうが難しい。



てれててーてーてーてっててー


「ん、ノーダメクリア。これでアイテムコンプしたかな……?」



……いや、若干一名例外もいるみたいだが。



「優芽……ゲームは仕舞いなさい。いつあいつが来るかわからないんだから」


「大丈夫。最近はゼロフレーム回避できるようになってきたから」


「何を言ってるかはわからないけど、碌なことを言ってないということはわかったわ……」



肩を落としつつ呆れたように首を振る雅。さっきまでの緊張感は一体なんだったのか。シリアスを今すぐ返してほしい。


パルメニアに至っては見たこともないゲーム機に興味津々らしく、ちらちらと画面を覗いては流れる音にビクッとなっている。まあ確かにこっちにはテレビとか無いもんな。娯楽といったら演劇みたいな感じの、地球でいう中世的な価値観を持った世界だからな。


それに科学が全くと言っていいほど発展していないから、遊ぶものはすべて魔力を使うことになる。これはこれで体力が削られて面倒だ。



「……やってみる?」


「い、いいんですか?」



見かねた優芽がパルメニアにゲーム機を差し出す。まあ横であんだけ反応されてちゃ、そりゃぁな……。


優芽が操作方法を教え、それにパルメニアが目を輝かせながら相槌を打つ。そんな姿を観察していると、雅から声がかかる。



「優也。その……私達、勝てると思う?」



不安げな表情を浮かべる雅。いつもは勝気な視線も、今ではすっかり鳴りを潜めやや伏し目がちになっている。


確かにあいつは強かった。それこそわずかな間しか手合せしていないが、経験の浅い自分たちでも実力差がはっきりとわかる。赤子の手をひねるなんてもんじゃない。それこそ片手間にやられた。対等に向き合えてすらいなかった。


「もし負けちゃったらさ、私たちは……その……」



やや言いにくそうに口をモゴモゴとさせ、先の言葉を濁す。指先でスカートをいじりながら困惑する様はまるでどこかの生娘のようだ。


まったく、らしくない。


俺は雅の頭にポンと手を置き、そのまま撫でる。



「あ……」


「大丈夫だよ。雅」



何があっても、勝ってみせるから。


俺達のことを、認めてみせるから。


だから、お前はいつものように笑っていればいいんだ。


それが一番、俺は嬉しい。



「……ちょ、何頭撫でてんのよ……」


「あ、悪い悪い。つい、な? 気を悪くしたんなら謝る」


「べ、別に悪いなんて……」



一方、優芽とパルメニアのコンビは。



「……フラグ立てはよそでやってくんないかな……」


「ユメさん? どうかされたんですか?」


「ん、なんでもない。それよりどう? ゲームの方は」


「はい! このトー○ギスという機体、とても使いやすいですね! 私、気に入ってしまいました!」


(……王家的に何か惹かれるものでもあるのかな?)



まあそこそこに平和な時間が流れていたと言っていいだろう。パルメニアはお気に入りの機体を見つけたようではしゃいでいた。空気にあてられていた優芽はげんなりとしていたが。




◆◇◆




――そしてその時は唐突にやってきた。



『やれやれ、今日がお前たちの命日だというのに……いささか呑気すぎやしないか?』



明らかに加工されたと思われる声が辺り一帯に響く。和やかな空気は一瞬にして張りつめ、各々が戦闘態勢に入る。



「来たな……!!」


『ああ。約束通り返答を貰いに来たぞ』



すると唐突に黒い煙が現れたかと思えば、不気味な仮面をかぶった黒フードの男が出現する。驚く一同だが、男はそんなこと意にも解さない。右手を伸ばし、優也達へと差し出す。



『生か、死か――。あえて多くは語らん。選べ』


「あいにく、俺たちの答えはもう決まってるんでな」



優也は小瓶を懐から取り出すと、そのままフードの男へと差し出す。



『ほう……? 殊勝な判断だ』



そのまま受け取ろうと、男が一歩前へ踏み出したその瞬間。



「ばーか、誰が譲るかよ!」



くるり、と手のひらを返し、小瓶を落とす。転がり落ちた小瓶は落下の衝撃に耐えられる筈もなく、地面に転がっていた石にぶつかり、甲高い音を立てて砕け散った。


男の表情は仮面で読み取れないが、明らかに雰囲気が変わったのは確かだ。



『……それは宣戦布告、ととっても構わんな?』


「好きにとるといい。ただ、俺達も指を咥えて敗北を待つだけじゃ終わらせない!!」



優也の体を黄金のオーラがつつむ。これが英雄の力……《英雄初心者ビギナー》のスキル。世界最強まで上り詰める可能性のあるスキルだ。


雅や優芽、パルメニアも各々の武器やスキルを用意。もはや激突は必至だ。


対照的に、クックックッと暗い笑いを漏らす黒フードの男。一見四対一と不利な状況だが、彼のその笑いは諦めではなく、余裕だ。



『……いいだろう。ならば俺も正面から向き合ってやる。すぐに潰されないよう、精々足掻いてみせるがいい!!』



男から放たれる重圧。それに押し潰されそうになりながらも、優也は声を張り上げる。



「総員、戦闘準備!! これが俺達最初の《壁》だ。皆!! 絶対に乗り越えてみせるぞ!!」


「ええ!!」


「りょうかーい」


「承知しました!!」



黒フードと優也。合図もなしに、二人が一斉に飛び出す。


負けられない戦いが、今始まった。

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