第11話
サーシャが夕食を作っている後ろ姿を眺める。新婚さんってこんな気分なのかなぁと叶わない願いに思いを馳せつつも、目の前の光景に歓喜する。パンツこそ今日は手に入れられなかったにしろ、これだけでも億万の価値がある。疑似夫婦プレイとか凄い興奮する。
「アキラ、料理できたから配膳手伝ってくれない?」
「うぃ」
うんうん、このやり取りもまさに夫婦。将来はこんな感じになりたいです。あ、今母と息子って思ったやつ表出ろ。誰がダメ息子じゃ。年齢的には無理は無いけど……いや、一周回って無理があるか。おばあちゃんと孫か?
「……変なこと考えてないわよね?」
「ま、まままままさかぁ」
図星を突かれて震える俺の声。なんとも頼りない。我が事ながら情けなくなってくる。
「はぁ……その癖は相変わらずね」
「そういうサーシャこそ、全然変わってないじゃないか」
「寧ろ貴方は変わりなさいよ……」
「俺から唯一のアイデンティティーであるセクハラを取ろうなんて……このオーガ! デビル! サーシャ!」
「私の名前を悪口に使うんじゃないわよ!」
全く、俺からセクハラを抜いたら一体何が残るって言うんだ。サーシャにも困ったものだ。
……言ってて悲しくなってきたからこの話題はやめにしよう。じゃないと泣くぞ? 全力で泣くぞ? いい年した若者の号泣がどれだけドン引きされるか教えてやろうか?
「ほら、冷めない内に頂いちゃいましょ。頂きます」
「頂きまーす」
手を合わせてから料理に手を伸ばす。今日の料理は牛肉のソテーにコーンスープ、サラダにパンとまあ地球でも一般的であろう食事だ。
エルフは菜食主義者という噂もあるが、実際は普通になんでも食べる。そりゃ菜食主義者もいるにはいるが、それをいってしまえば人間にもいるのだからあまり変わらない。森に近いところに住んでいる為、野菜が食卓に上る比率は多いだろうが、それだけしか食べないということは無いのだ。
「……あれ、このサラダトマト入ってるんだけど」
なんということだ。俺の天敵であるトマトが気づけば皿に侵入してやがる。俺がトマト嫌いということは旅の途中で伝えた筈なんだが……。
「ええ。だから入れたのよ」
悪びれずしれっと言い放つサーシャ。そりゃないぜベイベー。
「貴方は昔から好き嫌いが多いのよ。人も食べ物も」
「いや、まったくその通りだけど俺にも言い分はあるんだよ」
パンを千切る手を止めて俺は肩を竦める。
「ほら、お互い嫌いなのに無理して近付いても疲れるだけだろ?」
「はあ……せめて努力位はしなさいよ……」
溜め息をつくサーシャ。トマトだけはこの世から排斥するべきだと考えてる人種だからね、俺。努力しても食えるようにならなかった過去は伊達ではないのだ。
「まあでも、こうして減らず口がまた聞けることが私は嬉しいわ。もう話すことも出来ないって、あの時からずっと思ってたから……」
「あ……」
魔王を倒してからの唐突な別れ。俺からしてみれば再開に一日も経っていないが、彼女からしてみれば四百年もの年月が経っていたのだ。エルフからしても決して短くは無い。
それに……他のパーティーメンバーとは別れの言葉も無く別れてしまったからな。こうしてサーシャとだけでも話せるのは運が良かったと言えるだろう。
「ねぇアキラ……あれから貴方は一体何処にいたの?」
「……先に飯を食おうぜ。時間はまだ、たっぷりあるんだから」
そう。今はこの一日ぶり……いや、四百年ぶりの彼女の手作り料理を味わうのが先決だ。
思い出話は、それからでも遅くはない。
「……そうね!」
満開の笑顔で応えるサーシャ。
魔王との戦い。お互いが疲弊するだけの戦争だったが、これだけでも戦った価値はあったのだろう。
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食事を終え、俺はこれまでの経緯をサーシャと共にソファーで寛ぎながら話す。
「そっか……またアキラが勇者になるなんてね……」
「勇者はもう隠居したつもりだったんだけどな。ま、若人達の手助け位はしてやるつもりさ。見たところ、俺より才能はありそうだったし」
いやほんと。スキル名に英雄ってついてる時点でもう将来を約束されたようなものじゃん。
「そんなこと言っちゃって……貴方も十分強いじゃない」
「下準備あってこその物さ。それに、初めの頃は散々だったしな」
あれやこれやと思い出話に花が咲く。やがて話が途切れると、サーシャが俯いてしまう。
「ど、どうした?」
「……」
ガバッ、と唐突に抱きついてくるサーシャ。
「うおっ!? どうした急に!?」
「……ずっと心配だった」
その言葉にズキンと胸が痛む。本意では無かったにせよ、四百年の長い月日を待たせてしまったのは事実だ。
「……悪かったな」
頭を撫でながら、さらりとした美しい金髪を鋤く。微かに震えるサーシャ。
「……なんだ、泣いてるのか?」
「うっ、泣いてなんか、ないんっ、だからっ、ひぐっ」
嘘つけ。言葉と震えでバレバレだ。
「ああ、そうだな。泣いてない。サーシャは強いからな」
「そう、よ、泣いてなんか……うぐっ」
震えを止めるように、サーシャの肩をぐっと抱き締める。
「貴方がいなくなって……仲間も死んじゃって……私が、うっ、一人になっちゃって……」
「大丈夫。もう、いなくなったりしないから」
心音を聞かせるように頭を胸板に押し付ける。トクン、トクンとこの世に存在を刻み付ける音がサーシャに響く。
「ーだから、大丈夫」
「っ、うん、ひっぐ……」
彼女をより一層強く抱き締める。漏れ出る嗚咽も徐々に和らいでいき、やがて彼女の柔らかい寝息にとって変わって行く。
そんな彼らを、月明かりが優しく照らしていた。
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「……みっともないところ見せたわね」
「気にすんなよ。女の涙を拭うのは男の特権、ってね?」
「その似非フェミニストも変わってないわね」
「え、似非ちゃうわ!」
短い眠りから醒め、赤く腫らした目を拭いながら笑うサーシャ。
「よし! 湿っぽいのはこれで終わり。明日からまた何時もの調子に戻るわよ」
「泣き止ませ補整的な感じで惚れてくれてませんかね?」
「はいはい。さっさと寝なさいよー」
……ダメでした。これがお話の主人公とかならもう十回は惚れられてるだろうに……。俺は溜め息を付きながら自らに割り振られた部屋へと戻っていく。はあ、モテたい。
「……四百年前から惚れてるっつーの。バーカ」
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