第4話

フラグというものは誠に厄介な物で、例えば「ここは俺に任せて先に行け!」と言われればそいつは死ぬし、「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」なんて言ってしまえばそいつはやっぱり死ぬ。フラグとはお約束であると同時に、人間への強制力でもあるのだと思うのだ。


とはいえ、小説の中の出来事など作家の胸先三寸で決まることであり、そのような決まり事をひっくり返すことだって簡単な筈である。つまり小説の中でのフラグなどフラグとは言えない、と考えることも出来る。


だからあれだよね? 俺がゴルドの子孫に会いたいって言った翌日に会ってしまった事は別にフラグのせいじゃ無いよね? そうだと言ってよバー〇ィ。




◆◇◆




ガラガラと馬車に揺られながら、ヴァンフォーレ公国への旅路を進む。現在俺は、アリサやスーパーメイドと同じ馬車に乗りながら、外の風景を見つめていた。何? 何時ものようにセクハラはしないのかって? バカお前、メイドがいる間にそんなこと一言でも言ってみろ。次の瞬間には細切れミンチの出来上がりだ。


さて、取り敢えず疑いは晴れたが、目的の人物と会ってしまった事で俺が学院に行く意味も無くなってしまった。さて、これからどうしたものか。



「あら、どうなされました? そんな固くならず、もっと寛いでくれていいのですわよ?」


「と、言われてもねぇ……」



馬車の内部にあしらわれていた装飾が俺の視界を激しく刺激している。右を見ても金、左を見ても金。金、金、金……どこぞの魔王継承者かというレベルで金色があしらわれている。成金趣味にしてもこれは酷すぎませんかねぇ?


俺のジトッとした視線に気付いたのか、慌てて取り繕うアリサ。



「ち、違いますわよこれは! 決して私の趣味ではなく、あくまで魔力伝導を上げる為の触媒でして……」


「え、つまり馬車から固定砲台するってこと?」



なるほど、これは確かにゴルドの子孫のようだ。この「とりあえずパワー上げとけ」の精神は紛うことなき彼の物。あの魔術の威力も納得だ。遥か彼方の子孫にも自らの遺伝子を残すとは、流石ゴルドと言ったところか。さすゴル。



「……なんだかとても失礼なことを考えられている気がしますわ」



おっと、お嬢様からご褒美のジト目がプレゼントされた。心なしかメイドからの視線も鋭くなった気がする。まっことこの世界は俺に優しくない。自由に考える権利すら与えられないとは。


……つまり俺には基本的人権すらない、人間ですらないと? 変態に人権は無い、そういうことなんですねわかりたくありません。なんで変態ばっかり迫害されるんだ。偶々マイノリティーだっただけで、変態自身はまともなんだぞ。多分。きっと。メイビー。



「そういえばあなた、クラスはどちらになりますの?」


「え、くらす? なにそれ?」



いや、話の流れ的に学院でのクラスのことを言っていると思うんだが、下調べも碌にしていない俺の知識では答えることは不可能だ。誤魔化すルートはすぐバレるので却下。


アリサは疲れたような溜息をつくと、頭が痛いとばかりにこめかみを指で押さえる。メイドは表情に変化なしだが、心なしかあきれたような雰囲気を漂わせている。



「……あなた、本当にやる気がありますの? 歴史ある伝統の魔術学院に入ろうと言うのに、その態度はなっておりませんわね」


「何を仰るうさぎさん。俺はやる気だけはあると自負してるんだぜ?」



但し勉強するとは言ってないけど。



「仕方ありませんわね。ヴァンフォーレ公国に着くまであと少し。せっかくですから、無知なるあなたの為、学院についての講義をこのエリスが開いて差し上げようではありませんか!」



芝居がかった仕草で立ち上がるアリサ。とりあえずリアクションしておくべきかと思い、やる気のない拍手を送っておく。メイドさんは何もしない。何かしてあげようよ主人なんだからさ。



「……コ、コホン。まず学院の所在するヴァンフォーレ公国について。かの国は比較的新しい国でして、建国されたのは三十年ほど前。マギルス皇国から分離する形で、当時の大貴族ヴァンフォーレ公が興したのです」



恥ずかしかったのか顔を赤らめながら、そのまま座る態勢に戻るアリサ。とりあえず微笑ましく見つめておく。同時にメイドから軽い殺気が俺に飛んできているのは何とかしてほしい所だ。ご主人ー、そちらのメイドが罪を犯そうとしてますよー。


ていうかここでもマギルス出てくんのかよ。もう先の件でお腹一杯だよいい加減にしろ! このままだと何か起こる度に「全部マギルスって奴の仕業なんだ」「なんだって!? それは本当かい?」のやり取りが始まっちゃうぞ。



「へえ……でも魔術学院は古い歴史があるって言ってたよな? かみ合わなくないか?」


「ええ、そこから魔術学院の話に繋がるのですよ」



教えることが楽しいのか、自慢げな顔をしながらフフンと笑うアリサ。なんだこいつ。



「魔術学院は、三百年前からこの地に学び舎を構えてきました。今もそれは変わることなく、続いておりますわ。ですが、周りの変遷までは如何ともしがたく、マギルス皇国からの分離の時、その地が巻き込まれてしまったという訳なのです」



ふーん、そんなら多少なりとも抵抗がありそうなもんだけどねぇ。特になんもしてないエルフの里すら襲った奴らの事だ。何もアクションを起こさないのは逆に不自然な気もするな。



「ってことは、元はマギルスが所有してたってことか?」


「ええ、便宜上は。ただ魔術学院自体あまり周りの動向に気を払いませんので、どこの国に協力すると言った事はやっておりませんわね」



ふーむ、だから放置したってところか? 考え辛いけどなぁ。



「そんじゃ、さっき言ってたクラスについて教えてくれよ。やっぱ実力順で分けられるのか?」


「その通りですわ。クラスは上からA,B,C,D,Eの五組に分かれておりまして、試験においての成績順に並んでおりますわね」



ほうほう、よくある感じのやつね。クラスでの格差までがテンプレかな。そんでE組に「試験での成績は悪いけど実戦は最強系男子」が入って、A組の成績トップ美少女を倒して惚れられるまでがデフォ。はっきり分かんだね。



「そんで、アリサさんのクラスは?」


「フフン、よくぞ聞いてくれました!!」



再び勢いよく立ち上がる彼女。今度は激しい身振り手振りもセットだ。



「私は試験で五百点満点中四百九十点をとり学年主席に! もちろん私のクラスは……」



十分に溜め込んだ後、バッとその両腕を振るう。



「A!! ですわぁーーー!!!」



ですわぁーー……


ですわぁー……


ゎぁー……




エコーがあたり一面に響き渡る。腕を振りぬいた状態で固まった彼女だが、俺はそんな彼女に語る言葉を持たないでいた。



(……ど、どうしようこの空気)



メイドさんにアイコンタクトを送り、この状況をなんとかするように伝えてみる。


なぜか蔑んだ目線を送られたのち、鋼糸で縛られた。



(違う!! 違うんだって!! ヘルプ、ヘルプミー!!)



俺が縛られた後にも必死にアイコンタクトを送ったことが功を奏したのか、メイドはやっと動き出し、アリサに何かを伝えた。



「お嬢様。どうやらこの変態はお嬢様のお召し物を覗いておられるご様子」



額に青筋を浮かべるアリサ。



「え!? 何伝えてんのメイドさん!! いやアリサさんそれ嘘だから、違、待っ」



そして俺は星になった。


唯一わかったのは、彼女は確実にゴルドの子孫だということである。


あ、でもパンツは黒だったよ。

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