第17話
「貫けぇ!」
ぽやんとした感じの声とは裏腹に、勢いよく飛んでくるエルナの矢。文字通りの開戦の嚆矢は、真っ直ぐ顔面を貫くコースへ。
確かに正確だが、それゆえ読みやすい。予想通りのコースを危なげなく回避する。
(まだまだだな)
心の中でそう評価しつつ、重心を前へ
。一気に距離を詰めようとする。
「まだまだですよぉ」
が、彼女はサーシャの腹心。その程度で終わるわけがない。驚くべき事に彼女は既に二の矢をつがえ終えていた。
早い!?
ちっ、と舌打ちを一つしつつ、射線から逃れるように思いっきり右へとローリング。直後、エルナの一撃は頬を掠めて明後日の方向へ。
けど忘れちゃいけない。射撃武器ならばー
「こっちにもあるんだよ!」
左の銃を構え、エルナの足元へ三点バースト。生憎と俺は精密射撃は苦手なんだ。
が、この距離ならばそれだけでも牽制には十分。三の矢をつがえていたエルナの動きが止まる。
「近接は苦手か?」
「っ!」
強引に俺の距離へと持ち込む。振るった剣は、しかしエルナの弓で止められた。剣にも耐えられる鋼鉄製……なるほど、近接も考えられているようだ。
「悪いが、ここで俺とワルツを踊ってもらおうか!」
「冗談を!」
「冗談じゃないさ。君を優しくリードしてやる……よ!」
そう言いつつ彼女の弓を跳ね上げる。これで徒手空拳となったエルナ。ここで意識を刈り取る!
「はあっ!」
割と力を込めたはずの彼女の腹部への一撃。しかしそれは、なんとエルナの腕で防がれてしまう。
「……暗器か!」
「その通りですぅ」
一瞬の驚愕の隙を付き、痺れに顔を顰めつつも、勢いよく後ろへ下がり距離をとるエルナ。
しかし暗器とは。魔術が得意なエルフが使うことによって恐ろしいほどの効果を発揮するだろう武器。中々厄介だが……。
「考えても仕方ねぇ。とにかく攻めりゃ勝てるんだからな!」
攻めて攻めて攻めて勝つ。防御など二の次、もしくは仲間に任せておけばいい。それが俺の戦い方。だからこそ一刀一銃というピーキーなスタイルでやっているのだ。
なるべく胴体へと照準を合わせ、乱射。距離があるためろくに当たりはしないが、距離を詰めるにはこれでいい。
「自分の引き出し全て使え! じゃないと俺には勝てないぞ!」
そう言いつつ袈裟斬りに振るった剣。エルナはそれを左腕で受け止める。
「出し惜しみなんて……最初から出来てませんよぉ!」
そういって右の拳を構えるエルナ。ほぼ同時に俺も残った左の銃を腰だめに構え……
「!?」
銃身から刃が生える。予想外の出来事に思考は止まるが、既に指令を下された己の指先は止まらない。そのまま引き金を引いてしまいー
「伏せろ!」
「え……」
咄嗟に銃を後ろへ放り投げる。そのままエルナを庇うように抱きしめ……
瞬間、爆発音が俺の鼓膜を揺らした。
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「ぐへぇ!」
どさりと倒れ込んでしまう俺の体。自分では多少は鍛えられてると思っていた体も、どうやらこの世界基準では大したことは無いようだ。
「おいおい、期待の勇者様がそんなんで大丈夫なのか?」
「あ、あはは……一年くらい鍛えればなんとか……」
呆れたような声で俺に話しかけるのは、マギルス皇国騎士団長、マイルス=アヴェエロス。通称エロス。はい。嘘です。
まあ俺が何をされているのかは……なんとなく把握出来ると思うけど彼との訓練だ。これでも魔王を倒すための勇者、戦えないと格好がつかない。というかヤバイ。そのため来賓ながらもこうして訓練しているという訳だ。
「ま、戦えるってのは認めるけどさ。あそこまで俺と打ち合えるのは中々いないさ。初なんだろ? 剣握るの」
「ええ、そのはずですが」
俺のスキル……なんてったっけ、ビギナー? のお陰で俺は剣術はなぜか出来るようになっていた。但し体力はお察し。この間まで帰宅部だったやつが体力あるはず無いだろ!
「ま、初日はこんなもんだろ。やり過ぎたら俺があの嬢ちゃん達に怒られちまう」
「えっ、むしろ嬉々として観戦してると思いますけどねぇ」
いいぞもっとやれみたいな感じで。
「そいつは中々バイオレンスな嬢ちゃんだな……ま、訓練が終わりなのも事実だ。ほら、部屋に帰った帰った!」
そういって俺を訓練場から追い出しにかかる団長。
「ちょ、ちょっと待って下さいって……ちょ、ケツ触んないで下さい!」
「いいじゃねぇか減るもんじゃなし」
俺は俊足で部屋に戻った。
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部屋に着くと、ちょうど雅達が戻ってきた所と出くわす。
「お、雅に優芽。帰ったところか?」
「ええ。貴方は……どうしてそんな汗だくなのよ」
「ちょっと脅威から逃げてただけさ」
「?」
ホモという脅威からな。
「そういえばパルメニアは? 見当たらないみたいだけど」
「……そんなに気になるの?」
「え? まあ、そりゃな」
雅の問いに首を傾げる。時々よくわからない質問をされるんだよなぁ……仲間だから当たり前なのに。
「ふんっ」
あーあ、やっぱりへそを曲げたか……理由が全然わかんないからどうしようもないんだよなぁ……。
救いを求めるように優芽をちらりと見る。
「……はぁ」
ため息をついた優芽は小さい口を開いた。
「雅、耳貸して」
「何よ?」
そうしてしばらくゴニョゴニョと話す二人。目の前で内緒話をされるとなんだか微妙な気分になるが、優芽にも考えがあるのだろう。この状況をなんとか打開できるのだろうと期待して待つ。
「……わかったわよ」
雅が最終的に折れたみたいだ。長い茶色の髪をくるくると弄びながら話を続ける。
「彼女なら王様とお話に行ったわよ。王族って大変よね」
「そっか……教えてくれてありがとな雅」
「べ、別にそんな……」
顔を赤らめてそっぽを向く雅。こういう可愛いところもあるんだからずっとそのままでいればいいのに……。
「!? か、可愛いって……」
「あ、口に出てたか?」
いよいよ顔をトマトのようにする雅。そのままダッシュで部屋に入ってしまった。
「うーん、なんか機嫌悪くさせちゃったみたいだ。明日謝ろう」
「……鈍感」
やれやれと肩を竦める優芽。なんでや俺敏感やろ。
まあそんな俺の内心が伝わるわけはない。そのまま優芽は雅と同じドアへ向かう。が、その途中で思い出したかのように振り返る。
「貸し、これで二十個目ね」
……。
そのままパタンとしまったドアを見届け、その場で瞑目する。
この代償は、意外と高くつくかもしれない。
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