第23話
「……いた! 見つけたぞサーシャ!」
数えて二十三枚目の魔方陣を起動させると、浮かんできた景色は薄暗い部屋、そしてそこに横たわる一人の少女だった。
「本当!? わかった、今魔力反応を探知するわ!」
言うが早いか両手に魔方陣を起動させ、高速で指を動かし詠唱をするサーシャ。幻想的だがどこか近未来的なその姿は、俺の視線を釘付けにするには十分だった。
「……出た! 場所は皇国の南東方向、この森の近くよ!」
サーシャの言葉にハッと意識を戻す。いかんいかん、見とれてる場合じゃ無かった。
「わかった。案内頼めるか?」
「勿論! 私に任せなさい!」
ドンと胸を叩くサーシャ。揺れる胸は……無いな。
「エルナは帰れるかしら? 一応回復魔法は掛けておいたけど」
「問題無いですよぉ。それよりエーロちゃんを助けに行ってくださぁい」
「……悪いわね」
天秤に掛けるものではないが、どちらを優先すべきかと言われれば危険度の高いエーロを優先せざるを得ない。それでも仲間を置いていくのは気が進まないのだろう、サーシャは眉をひそめた。
一方、エルナの方は俺を手招きする。なんだなんだと近付くと、彼女は俺に耳打ちし始めた。
「サーシャ様の事、しっかりと守りなさい。仮にも相手は私を倒した。万が一にもあり得ないと思うけど、サーシャ様が怪我をしたら承知しませんからね」
「は、はい……」
激励かと思ったら脅迫でした。相変わらず表裏が激しい奴だ。サーシャに向ける態度と百八十度違いやがる。
でも吐息が耳に掛かって心地いいので許す。このくすぐったさがなんとも……あふん。
するとエルナはそれに気付いたのか、ニヤリと笑うと俺の耳に強く行息を吹き掛けた。
「ぴぃ!?」
「ふふ、可愛い声で鳴くんですねぇ。いくら私より強くても、これでは形無しですぅ」
「ちょ、ちょっとエルナ!? 何してるのよ!」
慌ててエルナを引き剥がしに掛かるサーシャ。それでもエルナは笑いの表情を崩さない。
「うふふ、大丈夫ですよぉサーシャ様ぁ。ちょっと息を吹き掛けただけですって」
「それが駄目なんじゃない!」
「……うかうかしてたら盗られちゃいますよぉ?(ボソッ)」
「!?!?!?」
エルナの耳元の一言に目を白黒させるサーシャ。なんだろう。俺と同じく息掛けられたのかな。
「それでは行ってらっしゃいませぇ。エルナ様、タカナシさん」
「え、ええ……行ってくるわ……」
「おう、気を付けて戻れよー」
なんだかサーシャが落ち込んでいるがどうしたのだろうか? そう考えていると、再びエルナが耳元で喋り出す。
「……続きがしたいならちゃんとお仕事してくださいね?」
「!?!?!?」
つ、続きだと!? 耳元で息を吹き掛けられた続きだなんて……
夢が膨らむじゃないか!?
「よしサーシャ! 道案内宜しく頼むぞ!」
「ちょ、道案内置いて行かないでよ!」
待ってろよエーロ、すぐ助けに行くからな! 今すぐ! NOW!
◆◇◆
「クククッ……下準備は完了した。後は厄介なエルフの対応と行きますか……」
廃村のあちこちに物理的なトラップを仕掛けていく男。エルフなら魔力感知に頼るだろうと見越しての対策だ。
ワイヤートラップに火薬式の地雷。他にも即死級のトラップを次々と仕掛けていく。
「いかに強力な元勇者パーティーといえど、不意を打たれればひとたまりもないだろう。魔王様の贄には丁度いい……」
邪悪な笑みをフードの下で浮かべつつ、魔王復活のその時を夢想する。魔王に自分が傅き、人類を滅ぼしていくその姿。ああ、なんと甘美なのだろうか。
「今しばらくお待ちを。必ず私めがあなた様を……」
◆◇◆
暗い闇の中、エーロは意識をゆっくりと覚醒させる。
「ん……」
見覚えのない場所に戸惑いつつも、あたりを見渡す。ここはどこなのだろうか? ボロボロに朽ちた廃屋に、床に描かれた魔法陣。そして……
「ヒッ!?」
血もないのに落ちている片手。あまりの衝撃に眠気も覚め、座ったまま後ずさり壁に背中をぶつける。
なぜこんなスプラッタな物が落ちているのか。なぜ血が見当たらないのか。そんな本来なら出てくる疑問も、恐怖の前では掻き消える。見知らぬ土地で一人、ホラー体験をしているようなものだ。仕方のない事だろう。
とにかく外に出ないと。隙間から漏れ入る月明かりを頼りに出口を探す。すると、向かい側にドアノブがかすかに見えた。
が、向こう側に行くためにはこの不気味な魔法陣と片手を越えていく必要がある。とてもじゃないがエーロには難しい話だった。
「うう……」
それでもやらなければ家に戻れない。勇気を出して一歩ずつ歩みを進めていく。
ゆっくり、ゆっくり。なるべく距離をとって、しかし片手からは目を離さないように。
が、その時バサバサ! とカラスが飛んでいく羽音があたりに響いた。
「キャア!!」
思わずしゃがみこむエーロ。が、何が起こることもなく、時だけが過ぎていく。
少し息を付いたエーロは、一気に出口までの距離を詰める。こんなところ、いつまでもいられない。
そしてドアを開け、一息―
「やあエーロ君。誰が家から出ていいと言った?」
―付くことはかなわなかった。目の前には見知らぬ黒フードの男が立ちはだかり、自らの進路を妨害している。
エーロは言葉を発することも出来ず、その場に固まる。幼きエーロでも、少なくとも彼が友好的な存在ではない事に気が付いた。
「まったく、大事な素体なんだ。あまり傷つけさせないでくれよ……」
「わ、私を元の場所に返して、なの」
「元の場所に? なんだ、そんな心配をしていたのか」
カラカラと男は不気味に笑う。
「安心しなさい。この世界はもうすぐ終わるんです。帰る場所の心配なんていりませんよ」
「え……」
男のいうことが理解できず固まる。世界が、終わる? そんなバカなこと、魔王でもいなければ……。
「まあ、お前に伝える必要はないな。さあ、おとなしく眠っていなさい」
そういって振り上げられる右手。エーロは死を覚悟し、思いっきり目を瞑る。
が、その魔の手がエーロに振り下ろされる事はなかった。
「でやー!! ライダーキーック!!」
「ぬおぉぉぉ!?」
目の前の男を何者かが吹き飛ばしたからだ。
その吹き飛ばした男―小鳥遊彰はエーロに向かって微笑む。
「よう。昨日ぶりだな」
「あ……」
その微笑みが、なんだかエーロにはかっこよく見えた。
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