第32話
平穏だった平原に、激しい轟音が響き渡る。青かった空は黄金に染まり、のどかだった風景は一瞬にして更地と化した。これらすべてが優也一人の、勇者としての力で生み出されたというのだから驚きだ。
だが、これは逆に魔王がそれほどの力をもってしなければ倒せないということの証明にもつながる。そのような強大な存在がいる中で、人間はよく生き残っていると言っていいだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をつく優也。スキルによる鎧は既に解除され、手に持った大剣も輝きは失われている。端から光の粒子となって徐々に消えていることから、剣が消えるのも時間の問題だろう。が、その様子を見ることなく、優也は深い安堵の息をついた。
「やった……俺たち、倒せたんだな。あいつを」
「ええ!! やりましたねユウヤさん!!」
「全く、ちょっとだけ手こずる相手だったわね」
「……ちょっと……?」
三者三様に反応するものの、喜んでいるのは皆同じようだ。その様子を見て優也は微笑むが、次の瞬間顔を真っ青にさせる。
「あら、どうしたのよ優也。顔青いわよ?」
気づいた雅が指摘する。ほかの二人も気づいたようで、優也の元へ近づいた。
「どしたの? 強大な力を振るった代償的な?」
「まさか、どこかお怪我でも?」
「いや、違うんだ三人とも……」
震える声で言葉を紡ぐ。
「あの一撃でアイツ、死んでないよな……?」
『あっ』
優也の言葉に一瞬にして静まり返る一同。
さらに青くなった顔を見て、彼女たちは慌ててフォローを入れる。
「だ、大丈夫よあのしぶとい奴なら!! きっと生きてるって!!」
「そうですよ!! 魔力の質も高かったですし、あの戦闘力なら……」
「イベントなら、ぼろぼろになるだけだから……」
フォローになってるのかなってないのかよくわからない。優也はちらりと黒フードがいたところを見ると、か細い声でつぶやいた。
「……あの惨状で?」
『……』
優也が剣を振り下ろした軌跡は地面にくっきり残されている。一直線に伸びた、地面の抉り取られた跡。その先に見える山は山肌が削られた跡も見えており、ちょっとした環境破壊が起きていた。
そして男のいた地点。そこを中心にクレーターが出来ており、威力の激しさを如実に表している。これで生きていたらもはや奇跡と言えるだろう。
「……やっちまったよ俺。前科一犯だよ。少年院行きだよ……」
「ゆ、優也……でも死体は無いんだから!! ほら!!」
「木端微塵……」
「こらっ!! 優芽は何もしゃべらないの!!」
傍から見れば完全に犯罪者の会話だ。正直まずいのではないだろうか。
すると、パルメニアが優也に近づき、その手をそっと握る。思わず顔を上げた優也に、彼女は慈愛の笑みでもって答えた。
「ユウヤ様。確かに殺してしまった事は変えようのない事実です」
「ちょ、ちょっとパルメニア……」
「しかし、ユウヤ様はこれを乗り越えなければなりません」
雅の制止も聞かず、話を続ける。優也はそれを黙って聞いていた。
「魔族というのは人間とは違います。違いますが、人によく似た姿を持っているのです。遅かれ早かれ、ユウヤ様は旅の途中でこの問題に直面していたでしょう。勇者として生きていく決意をしたのなら、なおさら。四百年前の勇者様も、悩みに悩んだ問題だったと聞いております」
「これが正義などとは申しません。慣れろとも、受け入れろとも申しません。ただ、この事実を噛みしめて生きる。それが唯一私たちにできることだと思います」
パルメニアの言葉を聞き、瞑目する優也。やがて歯を食いしばったかと思うと、自らの頬にこぶしを食らわせた。
「ちょっと、優也!?」
「―ありがとう。おかげで踏ん切りがついたよ」
「少しでもお役に立てたのなら」
そういって笑いあう二人。雅と優芽は完全に蚊帳の外だった。
(……ヒロイン枠、とられてるよ?)
(私の声はアイツらには届かないのよ……)
悲しげな会話が裏で行われていた。
『――やれやれ、勝手に殺してもらっては困るな』
唐突に響いた言葉に、全員が身構える。クレーターの中央にはいつ現れたのか、黒フードの男が立っている。鎧こそないが、その体には傷一つ付いていない。マントについた土を軽く払うと、そのままクレーターから歩み出てくる。一切不調が見られないその様子に、優也たちは驚愕する。
「……まさか無傷とはね……!!」
『言っただろう? 私を倒すには程遠いと』
くっくっくと不気味に嗤う黒フード。
どうすればいい。優也の思考には負けるビジョンしか映らなくなっていた。
◆◇◆
いや、マジで死ぬかと思った。
《強欲》で咄嗟に地面を喰らい、地下深くへと逃げられたから良いものの、直撃喰らってたら洒落にならなかった。俺は魔力のキャパが少ないから、大火力は受け流すか逃げるかしなきゃ割と死ぬんだよ。ていうか死んでた。危なかった。左腕巻き込まれてたもん。もう復活したけど。
《強欲》で攻撃を喰らおうとも考えたんだが、魔力量が多すぎたなあれは。下手すると喰らい尽くせないばかりか俺の限界まで超えそうで……。
とにかく、向こうとしては俺が生き残っていた事が驚きのようで、クレーターから出てきた俺に驚愕の視線を向けている。まあそりゃ死んだと思ってたやつが生きてたら驚くけど、死んだと思われてたのは心外だわ。仮にも元勇者だっつーの。
身構える一同。この疲弊した状態で相手は無傷という状況に警戒しているようだ。
『……まあいい。貴様らの実力は見せてもらった。そのレベルなら当分は問題ないだろう』
「……へ?」
ま、こっちとしてはもう戦う理由は無いんだけどね。
『いつかまた合間見えることもあろう。その時にも勇者に相応しいか試させて貰うからな。覚えておくといい』
そう言って後ろを向く。もう語ることはないからな。あー、早く帰ってサーシャに膝枕でもしてもらうか。あ、あとパンツも貰ってねぇな。ちゃんと請求しとこ。
「おい、ちょっと待てよ!」
勇者の言葉に少し止まり、顔だけ振り向く。なんだよ、手早く済ませろよ。
「今の言葉って……今は認めたってことでいいんだよな?」
……フッ。
『アリーデヴェルチ!(さよならだ)』
「ちょ、おい!!」
最後に褒美として特大ヒントを投下していく。このネタがわかるあいつなら俺の正体にも薄々気付くだろう。
今度こそ制止の声に答えることなく、俺はエルフの里へと高速で駆けていった。
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