第2話
旅というのは実に楽しいものである。現代社会の拘束からいっとき逃れ、真の自由を謳歌する……。少なくとも俺にとって旅というのはそういう認識だ。
が、旅には得てして危険というものが付き物であり、それはこの異世界であっても変わりない。むしろ魔獣という脅威がいる分、増えたといっても過言ではないだろう。だからこそ、この世界においては「旅」の需要は減り、「移動」の必要性が高まってくるのだが、その話題は一旦置いておく。
要するに何を言いたいのかと言えば、この世界では旅をするのも一苦労ということだ。
例えば……よくあるテンプレ「高級そうな馬車が盗賊に襲われている」ってのが起こっても何の不思議でもない訳である。
そう、例えそれが目の前で起きていたとして何も可笑しくない訳で。
さらに言ってしまえばその盗賊がボコボコにされている事も日常茶飯事である。
……お約束位守れよ!!
◆◇◆
まあそもそもなぜ上記のような状況に至ったのかだが何のことはない、ただ旅路の途中で出会っただけである。俺が馬車の護衛に着いた訳でもなければ、盗賊に加担していた訳でもない。本当に単純に、鼻唄を歌いながら歩いてたら遭遇しただけだ。
なに街道の真ん中でおっぱじめてんだよとか面倒せぇとかそんなことを思いながら迂回しようとも考えていたが、このまま見過ごして死なれるのも寝覚めが悪い。そう考えて加勢しようと思ったのだが、よくよく見ると別に馬車の側は苦境でもなければ劣勢でもない。
まあ良く考えてみれば当然のことだ。豪奢な見た目からして馬車は貴族の物だと思われるが、それならば護衛の練度が低いわけもない。おまけに武器や装備の質も段違いだ。いくら人数の差があるとはいえ、それだけで押し通せる筈もない。
と、そんな膠着状態に痺れを切らしたのか、馬車のドアがパタリと開き、中から流れるような金髪をツインテールに結わえた女性が出てくる。
(まあ見た目からして……女性というよりか女の子か? )
かわいいと言うよりかは綺麗系であり、勝ち気な瞳が印象的だ。是非ともお近づきになりたいが、あれに罵倒されるのもまた一興だろう。
おっと、俺の変態思考は置いておこう。今はあのツインテールの動向を観察しなければ。
わざわざ敵の目の前に出てきたからには、なにか策があるのだろう。その証拠と言うべきか、彼女の右手には杖が握られている。
ちょっとここで杖の解説をしておこう。端的に行ってしまえば、魔法を使うための補助器具のようなものだ。それだけ聞くと魔法が使えない人専用に思えるかも知れないが、魔力を増幅させる作用もあるため、一流の魔術師が使うことも多々あるのだ。恐らく今回は後者だろう。
少女が杖を天空に向けて構えると、魔方陣が空中に浮かび上がる。盗賊達はそれに気づいて焦り始めるが、護衛達に邪魔され……ん? なんか護衛もびびってないか?
「炎の精霊よ! 万物一切を灰塵と化せ! 《ブロード・デル・エル・ファイア》!!」
魔方陣が一気に広がったかと思うと、その中心から巨大な炎が膨れ上がり……
瞬間、激しい轟音が鳴り響く。
「ぐっ、うるせっ!!」
耳を塞ぎながら爆発の衝撃に耐える。あの年齢でこの威力って、才能の塊じゃねぇか!!
やがて爆風も止み、辺りの舞い上がった砂埃が晴れると、爆心地の様子が露になった。
死屍累々といった様子で盗賊達が転がる中、傷ひとつない馬車と少女が勝者のようにデデンと立ちはだかっている。いや、実際勝者なのだが。
てか良く見たら護衛も何人か倒れてるやん。倒れてないやつも結構フラフラだ。なんとも人使いの荒いお嬢様のようだ。
「こいつはまた……派手にやったなぁ」
焼け焦げた地面に、煙を上げる草木。恐らく炎系統の魔法でも使ったのだろうか。これは後始末も面倒そうだと心の中で呟く。別に自分が後始末をやるわけではないが、それを慮る位はいいだろう。
まあ変に関わり合いになって貴族にいちゃもんつけられるのも面倒だ。さっさとこの場を立ち去って―!?
背後から感じた殺気。反射に身を任せ咄嗟に腰の剣を振り抜く。
「……甘い」
振り抜いた剣は空を切る。バカな、確かに殺気は感じた筈……!?
その時、キラリと光るものが視界の端に写り込む。その光は線となり、剣へと繋がっていて……
まさか、こいつは鋼糸か!?
鋼糸とはその名の通り、鋼で出来た極細の糸である。柔軟性もあり、固さも充分。隠密性も高いと優秀な武器なのだが、いかんせん製作費用が高く、求められる技量も高い為、使える人間も限られるクセの強い武器だ。それをここまで使いこなせるとは……俺が不意を取られたのも頷ける話だ。
グイと剣ごと鋼糸らしきものが引っ張られる。このまま力比べをしても勝ち目はないし、隙が出来てしまう。大人しく剣を手放すと、俺の剣が宙を舞う。ああ、サーシャの餞別の品が……。
鋼糸の戻っていく先を目線で辿ると、一人のメイド服を着た美しい女性が立っていた。
深い藍色のロングヘアーに、切れ長の瞳。まさにメイド長といった彼女の手には、俺の剣が握られていた。
……うん? 俺の剣を握る?
そう、そのまま飲み込んで僕のエクスカリ(
「……あーっ、と。それ、返してくんない?」
「ならばご同行を願いましょうか容疑者さん?」
……なにやらあらぬ疑いを掛けられているみたいだ。ここはしっかりと話し合いで片付ける他あるまい。一歩踏み出しつつメイドに話しかける。
「まあ落ち着いてくれよ、美しいお嬢さん? 俺は別に怪しい者じゃ―」
次の瞬間、俺の視界は逆さまになっていた。足に何か引っ掛かった感触……まさかワイヤートラップか? この短時間で仕掛けられるとは、やはり只者ではない。
「……頭は冷えましたか?」
「むしろ血が上ってるんですが……」
あ、でも拘束された状態を冷たい目で見られるのってちょっとゾクゾクするわ。
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