第二章 学校? 俺は単位を落としたトラウマしかないな

第1話

ヴァンフォーレ公国、首都オーフェリア。


魔術学院もあるこの街は、とりわけ防衛力が高いことで有名だ。魔術学院で得た成果を防壁などに転用し、常に最新の技術で防衛線を張っているからである。


だからだろうか、街が襲われて被害が出るなど住民たちは愚か国の兵士たちすら夢にも思わなかったのだ。



「おい!! 早く準備を整えろ!! このままじゃ殺されるぞ!!」


「わかってる!! くそ、敵はどうやってこの障壁を……」


「考えてる暇はねぇぞ!!」



兵士の詰所はいまやパニック状態だった。何者かの襲撃により役所などの公共の施設が次々と炎上し、いくつかの詰所は襲撃され壊滅するという被害に。兵士全員に非常事態が伝令され、平和ボケしていた兵士達はこうして慌てているという訳だ。



「総員、武器は持ったか!? 只今より街に侵入した賊の撃退、および討伐に向かう!! 敵は手練れだ。気を抜く――」



隊長の激励の言葉は、しかし兵士たちに全て伝わることは叶わなかった。


なぜなら、その胸からは一本の剣が飛び出ていたからだ。



「グッ、ガッ……」


「おいおい、気を抜くなって。隊長がそんなんじゃ下の者に示しがつかねぇぞ?」



呆然とする兵士たちの眼前で、剣がずるりと音を立てて引き抜かれる。隊長の体が倒れこみ、下手人の姿が兵士たちに晒されることとなる。



「ここも歯ごたえなかったなぁ。やっぱ障壁だけに頼ってるようじゃ錬度は低いか」



燃えるような紅の髪に、輝く翡翠の瞳。さらに端正な顔立ちとこれだけ見ればどこかの貴族のようだが、その恰好が異様だった。


鉄が編みこまれた赤色のフルメタルジャケットに、身の丈ほどはある、しかし極細のややそりが入った剣。そしてブーツにあしらわれた意匠(エンブレム)。目ざとい兵士がそれを見て、怯えたような声を出す。



「そ、そのエンブレム……まさか……」


「ん? ああこれか? よく気付いたなお前。目がいいなぁ」



あっけらかんと、軽い調子で返事をする男。とても戦場にいるとは思えない軽さだったが、その立ち居振る舞いには隙がない。兵士たちは戦闘経験は少ないものの、それを如実に感じ取っていた。



「お前……《炎の嵐》か!!」



一人の兵士の言葉に、周りの兵士は驚愕する。


猟兵団、《炎の嵐》。世界でも有数の規模と実力を誇り、数々の依頼をこなしてきた傭兵の集まりである。その戦力を結集すれば、小国程度なら正面から戦えるほどあると言われている。まさに傭兵の頂点に位置する奴らなのだ。



「いやー、まさかバレちゃうなんてねぇ……親父に怒られちまうかな?」



ばつが悪そうな顔をして頭をかく男。様子はなんとも気の抜けるものだが、次のセリフで空気は一変する。



「――まいっか。全員殺せば何の問題もないよね」



ゾクリ、と。


その言葉だけで兵士たちの背筋には冷たいものが走った。



「《炎の嵐》三番隊隊長、セリュー=ローランド。押して参る、ってね?」



次の瞬間、詰所には嵐が吹き荒れた。




◆◇◆




「おーおー、今日も荒れてるねぇお兄は」



遠くで起こった爆発音を聞きながら、一人の少女が感嘆を漏らす。この惨状の中、怯えることなく平然としている時点で只者ではないが、その姿は詰所を襲った男と同様に異様だった。


燃え盛る炎のような赤髪に、対照的な碧の瞳。爛々と悦びに満ちた目の光、さらにちらりと口の端から見える八重歯も合わさって、まるで猫科の猛獣のような印象を見るものに与える。


服装はスポーツブラにショートパンツのようなものと、非常に露出が高い。小柄な背丈に犯罪的な格好をしているため、一度街に出れば衆目を集めること間違いなしだが、そんな印象など一発で吹き飛ばす程の物がその手に握られていた。



「うーん……私も暴れたいけど、担当の区域は全部潰しちゃったからなぁ。他の担当に手を出しちゃうと、パパに怒られちゃうし」



ぼやきながら自らの得物をコツンと叩く。


長大な鉄の筒が幾重にも丸く並んだ、個人で扱うには余りにも負担の高い兵器。人を殺戮するためだけに作られた、まさに殺人兵器。


地球では、それをガトリングと呼んだ。



「はぁ、暇だなぁ……」



自らの髪色と同じく真っ赤にペイントされたガトリングをぶら下げながら、しかし至って平然とした様子で溜め息をつく。


もっとも、彼女の周囲は瓦礫と死体の山で溢れかえっているのだが。



「ぐ、くそ……化け物、が……」



微かに聞こえた声。まだ生き残りがいたのかと狂喜に顔を歪ませくるりと振り向いた彼女は、しかし瞬時に興味なさ気な表情へと変わる。



「……あー、なんだ運良く生き残っただけか。喜んで損した」



声を上げた男は既に満身創痍であり、とても戦える状態にない。それでも兵士としてのプライドはあるのか、体に走る痛みに呻き声を上げつつも、ゆっくりと立ち上がる。


もっとも、この場においてそのプライドが役に立つかは怪しい所であるが。



「貴様ら、《炎の嵐》だな……誰だ、誰に依頼された!! なぜこんなことをする!!」



体への負担も無視して怒鳴り声をあげる兵士。しかし少女は動じた様子もなく、むしろその端正な顔を五月蝿そうに歪める。



「もう、五月蠅いなぁ……依頼主(クライアント)の情報を易々と話すわけ無いじゃん。後は、襲う理由だっけ? 頼まれたから。以上」



余りにもあっさりとした返答にあんぐりと口を開ける。



「そ、そんな……そんな理由で俺達の街は……」


「あーもう目障りだなぁ。雑魚はさっさとイっちゃってよ」



少女がガトリングの砲口を兵士へと向ける。兵士は自らの剣を盾にするように構えるも、それは抵抗にすらならない。


ガトリング特有の機械音が鳴り響き、ゆっくりと鉄の筒が駆動。激しく火薬の炸裂する轟音と共に、兵士の体が銃弾に踊る。


轟音が止むと、人間だった肉の塊がドサリと音を立てて地面に落ちる。それを少女は感慨もない目で見ていた。



「はぁ、暇で暇で仕方がないよ~……一般人へ積極的に手を出すような事はするなって言われてるけど、ちょっとくらいならいいかな?」



遂に思考が恐ろしい所まで達した時、彼女の耳に幾つもの足音が聞こえてくる。


足音の重厚感からして鎧を来ていることは間違いない。それに足音が数えきれない位。



「ーーあはっ♪」



どうやら、少しは楽しめそうだ。少女の顔が、無邪気な喜びの顔に変わる。



「あっちから来たなら、別に手を出してないよね?」



ガトリングを改めて構え直し、兵士達を待ち受ける。ザリッと地面を踏みしめ、ここにいるぞという意味を込めて少女は高らかに名乗りを上げた。



「私は《炎の嵐》二番隊隊長、アジール=ローランド!! さぁ、もっと戦おうよ!!」



少女は嗤う。この一夜限りの宴に。

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