閑話 【私】
オリガ・エメルダ・ルージル。
優秀な火の才を持つ父と、王家の血を持つ母との間に生まれた、伝説の始祖の再来とすら謳われる炎の公女。
旧来の慣例通り、護国の要として力を貪欲に求め、戦場を駆け抜けた少女。
斜陽の一族の最後の誉れ。
物語の行く末は知っている。
けれど、私が彼女について知っている事なんてこれだけしかない。
思想の違い故に、兄である主人公と正面からぶつかり、散って行った悪役。
本編で彼女が語られるのは、主人公が幼い頃に厳しく接された記憶の中と、ルージルが力に狂い暴走して行く過程の中でのみだ。
彼女は何処までも傲慢で、プライドが高く、義務に雁字搦めになりながらも――最期まで強かった。
結局、彼女が何を思い何を目指して主人公の前に立ちはだかったのかは、はっきりと明記はされていない。
読者だった【私】は、物語で彼女が主人公の前に立ちふさがる度に、彼女の頑なさとその苛烈さに歯噛みし、憎んだ。
――けれど、彼女の人生を追体験する形となった今生なら、彼女がそうであった理由を想像出来る。
彼女は衰退の一途を辿りながらも力を重んじる魔術一門の奇跡の存在だった。
復興の証として掲げられたのだ。
力に重きを置いた旧時代の考えを彼女一人が変える事は、きっと出来なかった。
一門の人間が歩んできた人生を否定する強さは、きっと無かった。
だって、力を持つ彼女がそれを否定すれば誰もが指針を喪う。
魔術という歴史の頂点に立つ彼女にしか、彼等を護れない。
彼女は世界で一番の炎の魔術師ではあったけれど、世界を変える力は持たないただの魔術師だった。
――だからこそ、彼女は先に破滅があると知っても舞台の中心で悪役として踊り続けるしかなかったのだろう。
全てを持ち合わせている悪役ではなく、何も持たない主人公にこそ、名実共に世界を改革する強さが宿るのだ。
故に、幕引きは彼女の役目ではない。
彼女には古い時代に生きる一門を見捨てる事は、出来なかった。
力に生き、力に死ぬ事を命より誇る者達だ。
例え才能は衰えていても、戦場で散る事を良しとする彼等の為に彼女は一門を率いて戦場に立った。
誰よりも気高く強い火の使い手。
故に、一人また一人と喪われて行く同胞の屍を乗り越え、たった一人で最期の戦場に立った。
護るべき民に弓を引かれようとも、背を預けた仲間に追われようと、忠誠を捧げた主に裏切られようとも。
そして、最期は全てを喪い―――何も持たなかった兄に殺される。
ここで、小説の続きは途絶えた。
護国の要を亡くした国は、残された一門の生き残りは、妹を殺した兄の心痛は。
それらは一切不明なのだ。
けれども恐らくは波乱に満ち、心優しい水の使い手が苦しみ涙する未来なのだろう。
本にはならずとも設定として断片的に公開された情報は、どこまでも破滅的な救国の道だった。
きっと多くが救われるハッピーエンドだ。
けれど、その足元には数多くの屍がある。
そんな最期を悲観してか、もしも幼い頃からオリガとギルフォードの仲が良ければ国が滅亡の危機に晒される事はなかったのか、という質問が作者に問いかけられた事があった。
未来の救国の魔術師と最強の炎の魔術師が手を取り合えば、きっと未来を変えられるんじゃないか。
もっと皆が幸せな未来に辿り着けるのではないか、と。
けれど、その問いに対する答えはそんな夢のような道を塞いだ。
例え戦わない路線に行ったとしても、彼女の強過ぎる血は必ず災厄を引き起こす。
癒す力を持たない、ただ苛烈に燃え盛る少女。
生まれる時代を間違えたのだ、だからこその炎獄公女なのだという作者の回答に、当時の【私】は満足気に笑った。
どれほど努力したところで生まれ持ったその才能は必ず災厄の中心にある運命、と創造主に決められたキャラクター。
時代の過渡期に産まれた、旧時代の象徴。
どんなに舵を切ろうとも、彼女の歩む先にある未来は決して明るくないのだ。
悪役にしかなれない彼女は、
主人公の座を脅かす事のない存在。
その存在意義は、たった一つしかありはしない。
だから、【私】は――……いや、【オリガ】は。
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