世界を変える者
王を降す。正しい道を歩む。
その言葉が意味するのは。
「革命」
ぽつりと落とした言葉に、お兄様は頷いて肯定した。
絶対王政の国だ。
王は独裁者だ。
それに反発する者は表立っては居なくとも、それなりには居る。
それでも。
「そんなの……無理、です。反魔術の人間は多くいます。数で勝てるはずもないのに」
使いものにならなくなった魔術師に対する感情は酷いはずだ。
ある種の特権階級ですらあった存在に対して抱いた差別意識は、積み重ねられた年月の分だけ反動がある。
革命、だなんて魔術師という圧倒的少数派が行ったところで、成功するはずがない。
ましてやそれを行おうとするのがほんの一握りの魔術師達だけだなんて。
「炎獄公女を怖れる者は沢山居たんだよ。君は王に連なる血筋だから、王を死守するんじゃないかと怯えて日和見を決め込む奴等がいた」
「日和見……?」
その言葉に困惑して眉を寄せると、アトラスが低い声でお兄様の言葉を補足するように言葉を紡いだ。
「国を憂いているのは魔術師だけじゃないって事だ。貴族連中はまだ二分されてるが、国民の大半はこの国が置かれている状況を知って、魔術師との共存の道を選び始めてる。それに、代替わりした【ルージル】も今回のクーデターには賛同してくれている」
お父様が、クーデターに賛同している。
魔術師一門の一つが反逆に加担するとなれば、主人公達だけの夢物語ではなくなる。
それでも希望的観測が強過ぎる。
そんなに簡単な話じゃない。
共存の道を選ぶと言ってもそれが国民の総意のはずもない。
「遅かれ早かれ、このままではこの王国は滅びる。冬が終わる前に……他国に攻めいれられる前に俺達で王を廃し、防備を固める」
「っ、」
「国を総べる存在を置く事は否定しない。だが、民を見殺し、徒に苦しめるような王は要らない」
雪が解ければ敵国に国境を越えられてしまうかもしれない。
でも、それまでに王を廃し、国の運営を滞りなく行えるようになるかは不確定だ。
王には子が未だに居ない。
傍系から養子を取るか取らないかの議論は常にされていたけれど、私の知る限りそれはまだ決着が着いていなかったはず。
そうであるなら、王を廃する事は代替わりを意味するのではなく――この国は新しく生まれ変わる。
「ギルを基盤とする結界を…治癒術を応用した人の悪意を見抜く結界を張って、国を建て直す。魔術陣に加える条件設定はまだ考える必要があるが、魔術師に害意を抱く者を弾く結界になる」
水の魔術師は、同時に治癒術の使い手でもある。
人間の心拍数、血圧、筋肉の動き、呼吸、上げれば切りがない程の身体の反応を総合的に判断し、その相手が抱いている感情を推測することは――不可能じゃない。
魔術に触れた相手を瞬時に判断し、害意があると見なせば結界から先に通さなければ良いだけ。
確かに、凄く繊細で行使するにも大変な集中力が必要な魔術だけど、【ギルフォード】なら不可能という事はないだろう。
でも。
「国一つ覆う結界だなんて……魔力が持つはずがありません。死んで、しまう」
一日程度なら張る事も出来るかもしれない。
けれど、そんな大規模な結界を張り続けるにはどれだけ魔力があっても一人きりじゃ無理だ。
結局のところ運用していくのはギルフォードただ一人なのだから、どんなに優れた魔術陣を書こうとも、補助は補助でしかない。
底なしの魔力量を誇るこの人だって、きっと日を重ねる事に消耗していく。
その疑問は尤もだ、とアトラスは頷いて。
「ああ。ギルは魔術構成の柱ではあるが、基本的には皆で魔力を供給し、結界を維持する事になる。だから、結界はその中にどれだけの魔術師が存在するかでその大きさを変える事になる」
彼は、アトラスの言葉に口を引いて一言も発さずに肯定も否定もしない。
「……それでも、魔術師の数が足りません」
「近隣国でも魔術師は迫害され始めているから、春になれば各国の魔術師達もこの国に避難してくるだろう。俺達はそれを受け入れるつもりだ」
そうすればよりギルの負担は減るだろう、とアトラスは頭を掻いた。
すとん、と心にその言葉が落ちていく。
国内の魔術師達から魔力を提供してもらって、更には避難してきた他国の魔術師からも魔力を徴収する事で結界を保つ。
それは、魔術師が居れば居る程強大になっていく水の結界―――これこそが、【ギルフォード】の救国の手段。
なんて馬鹿馬鹿しい程に平和で、誰も傷付けない、夢見がちな手段なんだろうか。
これが、【私】が見届ける事の出来なかった主人公の功績なんだ。
けれど。
「最終的に、ギルには半永久的に結界を張れるような魔術陣を敷いてもらう」
「それで、魔術師を狙う勢力を迎え撃つ?」
「―――いや、勝てないよ」
顔を伏せて自嘲気味に笑うお兄様の言葉を、アトラスも否定しなかった。
掠れたような声音が、絶望的な状況を私の頭に再認識させる。
そうだ。
魔術師は、必ず滅びる【設定】なんだ。
たとえどれだけ完璧な結界を張ったところで、必ず魔術師は滅ぶんだ。
「分かってるだろ?既に拘束陣は流出してる。魔封石だけで終わる訳はない。これから先の未来に魔術を封じる技術が生まれないとは限らないんだ」
この国は小さい。
魔術に優れた人材を多く輩出しているから成り立っているのであって、人も少なく本来は土地も貧しい。
長年の間魔術という力の上で胡坐をかいていた為に、他国に対抗手段が渡ってしまえばこんなにも脆くなってしまう。
もしも魔封石以上の技術が生まれてしまえば、間違いなく全滅するだろう。
だから、と彼が口を開く。
「俺にできる事は、世界が変わるまで時間を稼ぐ事だけだ」
「世界が、変わる?」
【ギルフォード】が魔術師を救う為に張る結界を唯の時間稼ぎにしかならないと評して、お兄様は私を見据えた。
審判を待つように、これが正解であると信じるように、緊張したように硬い眼差しで。
「この数年で世界はこんなにも変わった。俺は、最低でも百年は耐えられる結界を作り上げてみせる。それだけ時間があれば……」
いや、と首を振って苦笑を浮かべて、これは唯の賭けなんだと言った。
「この国が世界の悪意から隔離されている間に、魔術が必要とされない世界になるかもしれないし、魔術がもっと誰にでも使える世界になるかもしれない。もしかしたら魔術師の血は薄まって、誰も魔術を使えない世界が来るかもしれない」
『魔術師は必ず滅びる』
その運命を、結末を迎える過程は私には分からない。
物語はそこまで語らずに終わってしまった。
なら、魔術師の滅びは悲劇的な終わりを意味していない――?
甘過ぎる展望だ。何の保証も無い未来だ。
「そんなの、誰にも分かりません」
「そう。出来る限りの事はするけれど、先に待つ未来がどんなものかは分からない」
だから、と声を震わせる顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
「賭けるしかないんだ。持てる全てを賭けて、犠牲を払って、誰も泣かない未来を夢見る為に」
喘ぐように息を吸うと、肺に籠った恐怖が小さな声と共に口から零れ出る。
先に待つ未来が分からない。
この人が賭けた先に何が待っているのか、私には分からない。
誰も泣かない未来が来る日も、誰もが嘆いて苦しんで死ぬ未来が来る日も、分からない。
そんな何も見えない状況がこんなにも恐ろしいものだなんて。
「俺はこれから……結界を張る為に、王を玉座から引きずり降ろし、人を殺すんだ。そうやって、不確定な未来に道を繋げてく」
革命。
王に忠誠を誓う者はまだ多くいるはずだ。
国の未来よりも魔術師への怨恨を優先する者もいるはずだ。
彼等に対してただ話し合いだけで解決出来るはずがない。
未来を得る為に、血が、流れる。
お兄様の少しだけ高い声音がゆっくりと冷えていく。
「多くを殺した君を軽蔑してる。俺にこんな道を強いた君を憎んでる。――でも俺は生きている限り、誰かを救おうとし続ける限り、君と同じ事を繰り返して行くんだ」
誰かが愛する者を殺し、誰かの未来を断つ。
より多くを救う為に誰かに道を強制する。
望む未来の為に、今を生きる人間を犠牲にする。
「例え俺がやらなくたって、誰かが俺の為に人を殺す。俺が背負うべき罪を肩代わりして……そうして俺の役目を全うしろと、魔術師を救えと言って、死んで行く」
誰も殺したくなんてなかったのに、それが正しい事だと頭は理解しているんだと言って、綺麗な新緑の瞳からぽたりと涙が零れた。
私が知らない数年の間に、一体何があったんだろう。
私が歪めてしまった数年の間に、一体どうしてしまったんだろう。
どれだけの期待と、不安と、未来を抱え込んでしまったんだろう。
ぼんやりと見上げた姿は、どこか頼りなさげに揺れていた。
「綺麗事じゃ何も救えない。だから俺は変わらないといけない。誰かを助けるために、誰かを切り捨てられるようにならないといけない。誰かが築き上げてきた犠牲を無駄にしないよう、全部背負って、許して行けるぐらいに強くならないといけない。それは、俺にしか出来ない事なんだ」
濡れた瞳が私を捉える。
【主人公】であった自分の生き様を全て否定する言葉に、傷つきながら、それでも私から目を逸らさない。
これが私の犯した過ちの結果なのだと突き付けているようにすら思えて、目を塞ぎたくなる。
それでも、目を逸らせない。
そんな私を只管に真っ直ぐ見詰めたまま、力なく語りかける言葉は、どうしようもなく恐ろしい物ばかりだ。
「本当は、怖いんだ」
君が喜んで人を殺していた訳じゃないのを知っている、とお兄様は言った。
それが必要な事だったのも、避けられない事だったのも、誰かを救う結果に繋がったのも知っている、と。
「俺と違って君は幼い頃からルージルという重圧を背負って生きてた。たった一人でそれを背負わせた事に、俺はずっと罪悪感を抱いてた」
私が望んで演じた役割に対して、この人が罪悪感を覚える必要なんてない。
全部、全部、私の自業自得。
小さく首を振って否定しようとするけれど、それに対して何の反応も示されない。
「でも、俺は卑怯だから、資格が無いとか魔術師じゃないからと理由を付けて何一つ責任を背負う気なんてなかったんだ。だから……こんな風に人の命を背負う事の怖さを知らなかった」
背負って、選んで、進んで、導く。
一門の者達の未来を背負う責任がある。
それが誰かを救い、誰かを見捨てる事になる。
これからこの人が背負って行く事になるそれと比べたら、私の背負っていたものはまだ軽いだろう。
革命をおこし、王を殺した後、国民や魔術師の未来は全て、この人達の背にのしかかる。
過ちを認める事を許されず、ただひたすらに未来の為に今を消費し続ける。
「俺には君のように誰かを導いていく事なんて出来ない。君のように誰かに恨まれてでも迷わずに貫ける信念なんて持ってない。誰を犠牲にするかを選んで正気で居られる自信なんて無い。誰かが犠牲になる未来を選びたくなんてない。正義が何処にあるかなんて、考えたくも無い」
けれど、国を、魔術師を救うという決断はそれ自体が既に誰かを切り捨てるという決断だ。
誰をも救える訳じゃない。
誰をも幸せに出来る訳じゃない。
英雄は誰かの犠牲の上に成り立っている。
「本当は変わりたくなんて、ない」
こんな未来を願った訳じゃないのに、と掠れた声が嗚咽を帯びる。
そっか。
この人が願った未来は、物語の通りの未来じゃない。
私が捻じ曲げてしまった物語も、願った未来ではない。
きっと、伸ばした手が届く未来だったんだ。
何も言えずに呆然としている私に、震える唇が言葉を紡ぐ。
重圧に耐えきれないと震える身体で、縋るような瞳で、私に向き合って。
「今の俺なら君の器を治せる。でも、それをしたら君を救う以上に人が死ぬ事がわかるんだ。だから君の器には手を加えたくない。だけど、君は何があっても生かしたい」
魔術も持たず、短い生を抱いて生きて欲しいのだと。
嗚咽混じりに私を死なせないと言い続ける。
器に手を加えないのは分かるけれど、それでも生かしたいと告げる気持ちだけは理解できない。
「賭けに勝つためにも、今すぐ君に殺される訳にはいかない。結界が安定するまでは、君を国外に逃す」
「帰って、来ないとは考えないのですか。そもそも、一体何のために私を……生かすのですか」
そう呟くと、お兄様は泣き笑いのような崩れた笑みを浮かべて、首を振った。
「中途半端に君を生かす俺を恨んでくれ。憎んで――そして、いつか俺の元へ。君を切り捨てて英雄面をしてこの国を護る俺を殺しに来てくれ。人を沢山殺した癖に笑って生きる俺を、君の手で」
吸った息が上手く吐き出せない。
結界を維持する為の魔術陣さえ完成すれば、この人は死んでしまっても結界の運営にそこまでの大きな問題はない。
だから、私を生かしているんだ。
きっとこの人は人間を殺すだろうけれど、でもそれは最小限の犠牲で多くの人を救う行いだ。
きっと国を救うこの人を責めたてる人は誰もいない。
きっと誰も英雄を殺そうとはしない。
それを知っているからこそわざと偽悪的な言葉を用いて、この人は一番最初に見捨てた私に対して罰を求める。
この人は、私がどれだけ憎んでいるかを知っているから、きっと殺しに来ると確信しているんだ。
ふらり、と力の入らない身体でどうにか立ち上がると、目線にそれ程の差が無くなる。
一歩、一歩、と足を踏み出すと、間近に何度も何度も夢に見た理想の人が其処に居る。
何て言ったら良いのか分からない。
それでも、どうしても聞きたくなった。
「変わるのが、辛いのですか」
「うん」
「生きるのが、怖いのですね」
「うん」
「罰されたいんですね」
「……そうだよ」
自然と伸びた手が、冷たく白い頬に触れる。
抵抗することなくぼんやりと罪悪感に塗れた瞳が私の顔を写し取る。
まるで鏡を見ているようだった。
この人は私がした事と変わらない事をやり始めている。
欲しかった未来を手に入れられないと知って、それでも誰かを踏み躙りながら新しい未来を求めて。
それが最善だと信じ、目を閉じて、他の道を切り捨てて。
「貴方の生を願ってあの魔術陣を刻んだのだと知りながら―――貴方を殺させる為に、私を生かすのですね」
殺されたいと、罪を押し付けたいと願って、人を生かすんだ。
それは、何て酷い事なんだろう。
私のしてきた事は、何て愚かな事なんだろう。
「……変わらないものが欲しいんだ。だから、君だけは変わらずに、ずっとずっと俺の事を憎んでくれ」
私が見て見ぬふりをしてきただけで、彼等は皆、身体を持ってた。感情を持ってた。希望を持ってた。未来を夢見てた。
それを私の為だけにその命を使わせて、私の罪悪感を消す為だけにこの人を利用しようとしたんだ。
私は、私の為だけに、この人の生を願っていたんだ。
「俺が前に進む為に、君を利用する」
新緑の瞳からぽろり、と零れ落ちた涙が頬を伝って落ちる。
俯きながら嗚咽を堪えて震える人の体温は少しだけ高くて、それがとても悲しい。
――この人は生きている。
――この人にはこんなにも感情がある。
綺麗なだけのキャラクターじゃない。正義感だけのキャラクターじゃない。
誰も殺さない皆のヒーローじゃない。誰にも倒されない無敵の主人公じゃない。
私が憧れて憎んで妬んで焦がれて蔑んだ、あの完璧なキャラクターじゃない。
ようやく認識出来たこの人は―――前に進みたくて、だけど進めない、変化を恐れる臆病なたった一人の私の【兄】だった。
目蓋が熱を帯び、生温い涙がぼろぼろと零れ落ちて行く。
目の前に居る人の姿が上手く捉えられない。
頬が濡れていく感触が、これがどうしようもない現実なのだと訴えてくる。
「貴方なんて、大嫌いです」
嫌いだ。
こんな人は大嫌い。
私が【ギルフォード】の為にしてしまった事の全てを償えと強いてくる人なんて。
私が用意した幸せな結末を蹴ってまで、断罪される事を望む人なんて。
私の思い通りにならなくて、私の知らない未来を歩んで行く人なんて。
私の生を願って、自分の事を嫌ってくれと懇願する人なんて。
こんなにも私に似てしまった、自分勝手な人なんて。
私から全部奪っておきながら、私の願いを叶える気も救いを与える気も無い癖に、新たな罪だけを押し付けようとする貴方なんて―――私にそっくりな貴方なんて、大嫌いだ。
私のせいでこんな風に苦しんでいる姿なんて見たくなかった。
嘆き悲しんでる姿なんて見たくなかった。
決して許されたい訳じゃないけれど、謝っても、謝っても、償えない程の苦しみを押し付けたい訳じゃなかったのに。
ただ、私の死を乗り越えて、私の死を最大限に使って、幸せになって欲しかっただけなのに。
……私の願った結末は訪れない。
だったら。
私に出来るのはもうこれしかない。
私に出来る償いは、これしか。
ぐい、と襟を乱暴に掴んで引き寄せると、背後でアトラスが慌てたような気配を感じた。
それでも振り返る事はせずに、しゃくりあげそうになる声を抑えながらどうにか言葉を口にする。
「誰も殺したくない?荷が重い?―――弱音を吐くな、この偽善者」
間近に寄せた新緑の瞳は、茫洋として芯がない。
こんなにも弱い人間では生きていけない。
王殺しの責を負って、英雄として人を導いていく事なんて出来やしない。
支えが内に無いのだと嘆くのなら、一人で立っていられないと嘆くのなら。
だったら、私がその支えになってやる。
「お兄様は、きっとこれからも変わり続けます」
それは、きっと私にも予測の付かない可変の未来だ。
罪を重ね、涙を流し、苦しみに喘ぎ、地を這うような未来だ。
【ギルフォード】のように綺麗事を重ねていれば拓けてくる未来なんかじゃない。
指針も無く、信念も無く、縋れるものが死しか無いこの優しい人が、その恐ろしさから私に罪を強いてしまう程に辛い事ばかり転がっている未来だ。
多くの人が救われるだろう、多くの人が嘆くだろう。
多くの人が願うだろう、多くの人が詰るだろう。
けれど、お兄様は自らの在り方を変えてでも、たった一人で彼等を守っていかなければならない。
「私の知っている【貴方】ではなくなります。でも、貴方がどれだけ道を踏み外そうとも、どれだけ人を殺そうとも、私だけは絶対に貴方を許さない」
どんなに変わったっていい。
どんな結末になったっていい。
私は、変わっていく貴方を変わらずに憎み続ける。
「私から全てを奪っておきながら下を向くなんて絶対に許さない」
貴方は唯のキャラクターなんかじゃなくて、人間だ。
私の憧れた完全無欠の主人公なんかじゃない、醜くて愚かで臆病なだけの兄だ。
だからこそ、私は。
「私が作り上げた道を、犠牲を、全て自らの功績にして誰かを救う貴方を許さない」
救いを求めて嘆く孤高の人を。
最愛のキャラクターではない、この【人】を。
私の生に縋る事でしか生きていられない、こんなにも弱い人間の支えてみせる。
「どれだけの人に慕われようと、どれだけの人に救いを求められていようと、私だけは絶対に許さない」
光の当たる道を歩むべき人が、道を踏み外す。
私が夢見ていたのはこんな物語じゃなかった。
それでも私の生がこの人の救いになると言うのなら、幾らでも言葉にしよう。
私の生の価値は死に際にあるんじゃない。
ケイカが望んだように生きている事そのものに、そして、この人の生きる希望にこそあるんだ。
「貴方が創り上げる平和なんて只の夢物語の幻想です。そんな物、私が完全に壊してやる。絶対に否定してやる」
死なせやしない。
心を折れさせたりしない。
絶対に、何があっても。
生きる為に脅威が必要だと言うのなら、私が壁になる。
「何年かかろうとも、何代重ねようとも、必ず貴方の前に私が立ちはだかる」
私の身体の限界――十年なんて期限じゃ足りない。
もっと、もっともっと時間が欲しい。
私の生で支えられる全部が、これ以上嘆かずに前を向いて生きてくれるだけの時間が欲しい。
「私は生きて、生きて、絶対に貴方を殺しに行く。貴方の創り上げる物を壊してやる。だから、」
断罪を望む主人公の救いは、死にしかない。
でもどうか、変わることを嘆かないで欲しい。
どうか、生きる事を嘆かないで欲しい。
貴方の生を無責任に願うこの思いを、どうか受け入れて。
「その日まで」
生きて。
弱弱しく背に腕が回されて、肩に少しだけ重い頭が預けられる。
苦しい程に抱きしめてくる身体は、音もなく震え続けていた。
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