悪役と脇役達のサイドストーリー
悪役と脇役の舞踏会 前編
瞳と髪の色に合わせた赤銅色を基調としたドレスを纏い、少女は玉座に座る王の前に跪く。
その小さな身体に見合わない地位と栄誉と責務を手にする為に、たった一人、冷たい大理石の床へと。
「ルージルが当主。オリガ・エメルダ・ルージルにございます。代替わりの儀が滞りなく成された事をご報告に参りました」
流れるように紡がれる言葉は子供特有の高い色の声音であったが、そこに子供らしい感情は全く感じられず。
昏い赤銅色の瞳は、自らが忠誠を誓う王を前にしても揺れる事はなく。
良く出来た人形のような少女は、ただ静かにそこに在った。
「稀代の才とは常々聞いていたが、これ程早くに当主として顔を見せに来ることになるとはな。あれを降嫁させた甲斐があったというものだ」
「その節につきましては、前当主に代わりまして御礼を述べさせて頂きます。ただひたすらに、陛下と国へ貢献したい一心で精進して参りました」
品定めのように少女を眺める王の瞳には、親愛の情は欠片も存在しない。
対して王への敬愛を語る少女の言葉もまた、中身はまるで感じられないものであった。
「ならばその生を国に捧げ、他国の謀略を焼き払う事に精進するが良い」
「仰せのままに」
両者の視線は只の一度も感情を交える事なく、儀礼的な言葉のみを交わし続ける。
そこに、血縁の情など一欠片も感じさせることはなく。
国を総べる者と、国を護る者は互いの立場を明確に言葉にしていくのみ。
「期待しているぞ。火の娘よ」
錫杖が床を叩く音が甲高く響き、面会の終わりを告げた。
*
「いやはや、これで我が国も安泰というもの」
「このようなお可愛らしい姿でありますのに、何と才気に溢れた方なのでしょう」
「流石は王に連なる血筋。やはり優秀でいらっしゃるのね」
はてさて。本日、この一連の台詞を一体何度耳にしたことだろうか。
今日の一番のお仕事であるとはいえ、作り笑顔も一日中浮かべていれば疲れもする。
流石に顔が筋肉痛になりそうだし、子供の身長だから大人にずらっと囲まれれば威圧感で泣きたくなるし。
朝は国王陛下に謁見を申込み、昼からはひたすらに城での挨拶周り、そしてこれから日が暮れたら舞踏会!
何年も屋敷の中に引き籠っていた人間が突然陰謀蠢く社交界デビュー、とか、もう本当限界だ。
所詮は悪役だから、いつかはギスギスした社交関係にしてしまうのだろけれど、何事も初めが肝心。
そう思ってどうにか好印象を植えつける為にも、なけなしの愛想を振りまいているのだけれど……。
たった一言でも失言が許されないとあれば、毎日の鍛練より余程精神的に辛い。
「皆様。若輩者であります故、どうぞご指導の方宜しくお願い致します」
いい加減挨拶は終わりにして!、と引きつる頬を無理やり動かして微笑めば。
タイミングを見計らったように人の間を縫って男装の少女―――ケイカが私の元へ来てくれた。
あ、彼女には本日のエスコート役をお願いしている為このような恰好になっているのであって、本人の趣味ではないと断言しておこう。
本来公式の場に淑女が出るならば、異性の家族か親しい関係の男性によるエスコートが必要なのだけれど、現在お父様は本家には居ない。
勿論代役として一族の男性を連れてくれば良いだけの話ではあるのだけれど、そうした存在は私の婚約者である、と見なされてしまう。
今はまだそういった面倒事は考えたくなくて、せめて今日だけは、とケイカに頼み込んで少年としての正装をお願いした、というのが経緯である。
この国では女性も戦場に立つ為もあってか、男装は禁忌ではない事は私にとって大変有難い事だった。
「ご歓談中失礼致します。オリガ様、そろそろ舞踏会のご準備へ」
ケイカの目礼に労りが混じっているのは気のせいではなく―――休憩を提案してくれてるのだろう。
ここまでの段階でこれといった失言は何もやらかしてないし、社交界デビューとしては上々の出来ではないだろうか。
これで挙げ足を取って批判されたり、無駄な怨みを買う事もないだろう。暫くは。
思わず内心でガッツポーズをしながらも、被った猫は外さず、にこやかに場の締めに掛かり。
「ありがとう。皆様、夕刻になって参りましたので、私は一度支度に戻ろうと思います」
エスコート役が女性である事に奥様方は少し驚いたようだけれど、生暖かい目でこちらを眺めるばかりで何も言いはしないでくれて。
むしろ好色な目で上から下まで男装の少女を眺める自らの夫を、咳払いで窘めてさえくれた。
……何だろう。
なんだかもっと重箱の隅を突くように嫌味を言われたり蔑まれたりするとか、社交界とはそういった殺伐としたものだと思ってた。
だって、事情が事情とは言え、型破りな事をしている自覚はある。
案外、小説にあった陰謀以外ならそんなに身構えてなくても良い、のかな。
「おお、もうそんな時間か。お引止めしてしまって申し訳ない。オリガ様、後でお祝いの品を彼女に届けさせて頂いても宜しいだろうか?ええと、君は、」
「申し遅れました。オリガ様の側使いをしております、ケイカと申します」
ケイカが優秀だったのは幸いだった。
お兄様の事を早急に解決したくはあったけれど、婚約問題とかもあってまだまだ異性の腹心を選ぶ余裕はない、といった状況で慌てて選んだのが彼女だ。
だから、正直あまり能力的には期待はしていなかったのだけれども。
お父様の元から引っこ抜いた時は博打だったけど、彼女は|お兄様が絡まない(・・・・・・・)限りは優秀な私の手足となった。
魔術師として実力派だし、気配りが出来るし、見目も良いし、事務仕事もそつなくこなすし、何より成人しているので社交関係については基本はばっちり仕込まれている。
長年の引き籠り鍛練生活の弊害により私が培う事の出来なかった社交力やら年齢やらは、彼女にフォローしてもらう事にした。
「君がルージルの新しい窓口、と。随分と若い方のようだが、宜しく頼むよ」
「……ケイカ。こちらはスージャの地を治められていらっしゃる伯爵様です」
「お初にお目にかかります。伯爵閣下。スージャと言えば、先日新しく商会を設立されたとのお噂をお聞きしております」
棘を混ぜた言葉だ、と思えども、ケイカは慣れているのかさらりと流し。
けれども、そのままにこやかに会話を続けようとするケイカの言葉を捉えると、中年の伯爵はどことなくいやらしい笑みを浮かべ。
「おや。その件については先日、先代殿からも問い合わせがあったので返答を既に送らせて頂いたのだがが……私は先代殿の側近の方とは懇意にさせて頂いていたのだが、君は聞いていないのかね?」
――――おおっと、ついに出た。
お父様との繋がりを強調し、新たなパイプを作ろうとする貴族。
これぞ陰謀蠢く社交界、だろう。
やっぱり常に気を張っている必要はあったみたい。
普通、こうした場に最初から強力な繋がりがある事は、新しい当主の為にもなると言える。
けれども、|これからの事(・・・・・・)を考えると利権はゼロの状態に持っていきたいから、出来るだけ穏便に解消しておきたい関係性だ。
今後改めて築き上げる気はあっても、私が進む道の障害にしかならないお父様の代の関係性をそのまま継承する訳にもいかないから。
それにしてもあの気分屋なお父様から問い合わせ、か。
あの妙に鼻の良い【元当主】が気にかけていたのであるならば、ただの商会ではないのだろうけれど。
でも確か、引き継いだ書斎にはそういった旨の報告書は無かったような気がした。
少し引っかかるところではあるが、取りあえずは。
――――ちら、と目線でケイカに指示を出すと、心得たと言わんばかりに悲しげな声で謝罪の言葉を紡ぎ出した。
「大変申し訳ありません。彼は現在、先代奥方様の療養に随行しておりまして、まだ確認が取れる状態ではありません。後日、事実を確認次第お詫びに窺わせて頂ければと思います」
現在、お母様は体調を崩された為、お父様を付き添いとして療養に行って頂いている。
涼しいところで養生して頂こう、というのが表向きの名目だけれど、前当主の側近達の先行きについて外部が何も手出し出来ないようにした、というのが実情だ。
王族の姫を娶った為に生き残る事を許されたお父様には、ある種の権力があると見なされている。
それ故に未だにお父様と関係を望む人間が後を絶たない。
でも、今後私が一門を率いて行き易くする為には、外部の干渉は極力抑える必要がある。
それこそ、国を総べる存在たる国王陛下の干渉さえも。
今となっては私の手足となって働きたいと言う人は掃いて捨てるほど居るが、ケイカのような誰の手垢も付いていない人材を早い段階で発掘出来たのは幸いだった。
こういう事態でも、何のしがらみもない真っさらな新人だからこそ対処出来るというものだし。
それにしても、事前に十分打ち合わせておいたこの対応なら完璧だろう。
ルージルは【無能だった先代を打倒した、優秀な者】が当主となる。
故に、伝達ミスについては先代当主とその側近が無能だったからだと罪を着せとけば良いのだし、後々でも私はこの伯爵との関係性にはノータッチだと主張も出来る。
そもそも本当に懇意な仲だったのか、調べる必要もあるのだし。
これからこの方と良好な関係を築いていくかは、また改めてゆっくりと検討していけば良い。
こちらが繋がりを断ち切りに来てる事に気づいたのか、苦々しい表情になった伯爵の顔を見て。
内心でやっぱりケイカを選んだのは正解だったなあ、とか考えたりして。
――――そんな風に気が抜けたのがいけなかったのだろうか。
「まあ、そうでしたの。後でそちらにもお見舞いの品をお贈りしなくてはなりませんね」
「側近となれる程優秀とは言え、やはり君のような若輩者(・・・)では満足に職務をこなせないのかね……おっと、失礼」
場を和ませるような明るい奥様の声の陰で、小さく呟かれた二重の皮肉交じりの言葉に、一気にじりっとした熱気にその場が包まれた。
慌てて止めに入ろうとするも、ケイカは私の前へと一歩踏み出してしまい。
間髪入れずに、すう、と大きく息を吸ったのを見て、顔が青ざめていく感覚を思う存分味わった。
彼女の優秀さは折り紙つきだ。
才能という猫を被って優秀ぶっているだけの人としては、正直憧れるものがある。
だけど。
「私の不手際でご心配をおかけしてしまい大変申し訳ありません。若輩者故の過ち、正にその通りでございます。ですが、我が主は愚かな私とは違い、幼くも大変優秀な魔術師であります。故に然程のご心配をされる必要はございません。主が伯爵様のお手を煩わせる事はないでしょう。勿論、スージャ地方は伯爵様が優れた采配を行っていらっしゃるのでしょうから、今代の炎を必要とされる機会はないとは思いますが」
「なっ……」
ああああああああやっちゃった……。
護国の魔術師が、あんま舐めてると火の魔術師はお前んとこの領地守らねえからな?とかメンチ切っちゃたよこの人。
「これからの戦況においては、我が主は各地にて活躍をなさるでしょう。主の手を借りる事無く領地の平和を守り、我が主の負担を減らされようとされる伯爵閣下のご高配には大変感謝致します。私達は有事の際には閣下のその高き誇りを受け継ぎ、この国を守らさて頂くつもりであります」
有事の際にも火の当主はお前んとこの領地を守りに行かねえからな?とか本当、あの、やめて……。
ケイカは優秀な女性だけど……何しろ妙に私に傾倒し過ぎて、ちょっと残念な人でもある。
一族の人は大体が実力者に憧れを抱きがちだけど、彼女のこれはちょっと、うん。
ちょっとした嫌味から喧嘩を買うのではなく、命を脅しにかかるとか残念度合が酷過ぎる。
慇懃にまくしたてられ、話を切り上げられた男性は鼻白んだように黙り込みんだ。
先程まで和やかな視線を送って下さっていた奥様方も、微笑みは絶やさずとも視線は硬くなっていて。
部下の発言は、上司の責任。
そんな言葉が頭に浮かび、思わず空を仰ぐも、豪奢な天井に遮られて現実逃避もままならず。
失言どころじゃなく、デビュー初日から敵まで作り出してしまう事になるなんて。
気に食わない事があれば切り捨てる、なんて主張、悪役そのものじゃないか。
社交界デビューでそれを切り出すとか、どれだけ自信過剰な人間なんだろうか。何様なんだろうか。
……ラスボス様だった。
いやでも、悪役人生は覚悟してたけどこんな初っ端からやらかしちゃうとか、ちょっと予想外だったかなー。
オリガ、胃がきりきりしちゃうかなー。
「ケイカ」
「はい。それではこれにて失礼致します」
これ以上の失言はもう結構!
伯爵たちへの挨拶もおざなりに、急いでケイカをこの場から引き離しにかかる。
鼻を鳴らし、男装の少女が誇らしげにエスコートする立ち姿は恨めしい程に凛としている。
隣を歩く主が頭を抱えそうになっているのにも気づく様子は全くない。
いや、気づいてそんな誇らしげな表情しているんだったら、今すぐお説教に入るしかないのだけれど。
今の発言が主から放たれたものなのか、腹心から放たれたものなのか、そんな事は誰の気に留められないだろう。
ルージルの当主は、こう言った、とすぐさま噂は駆け巡り。
今夜の舞踏会が始まる頃には、高飛車で生意気な火の当主、なんてイメージが根付いているに違いない。
そんなの、小説そのままの【炎獄公女オリガ】じゃないか。
和やかに、穏やかに、ちょっとずつ陰謀の糸とか張り巡らして行きたかったのに、これはもう修復不可能……じゃない……?
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