悪役と脇役の舞踏会 後編

夜会服へと着替え広場に戻りしばらくすると、ぽつりぽつりと挨拶に来る人も途切れがちになり、舞踏会が始まった。

定期的に開かれる舞踏会は、出会いと策謀の場でもある。

故に女性は皆華やかに自らを飾り立てて扇の隙間から品定め、男性は眼光鋭く口説きながら女性を品定め。


……そんなドロドロした実情はさておき、女の子なら誰もが一度は憧れる王城での舞踏会。

私、只今、一人で参加しています。

初めての舞踏会なのに。

寂しいってレベルじゃない。侘しい。


先程の方に会ったら一悶着起きてしまいそうだったので、ケイカは部屋に待機させてお一人様で舞踏会に参加する事にしたのだ。

エスコート役がメインの仕事だったと言うのに、本番前に脱落させなきゃだなんてちょっと笑えない。

そこら辺の理由で多分に感情的なお説教をしたけれど、私の誇りが、とかぶつぶつ言ってたから、絶対反省しても後悔はしていないんだろうな……。


「ご機嫌よう、ルージルの小さな当主殿(レディ)。如何かな、初めての舞踏会は」

「ご機嫌よう。楽しませて頂いておりますわ」


たまに挨拶とちょっとした雑談をしに来る方もいるけれど、目当ての女性を発見次第、そそくさと去って行ってしまう。

なので、私はひたすら果実水を片手に壁の花だ。


でもまあ。

舞踏会に参加、というのは元から名前だけの話だから言うほど期待してはいなかった。

貴族令嬢の社交界デビューは、通常十六歳程度から。

だから、私はダンスに誘われる事はまずない。

十歳の子供を真面目に口説く成人男性がいたら、流石にこの世界でも危ない人として認定される。


それに加えてもう一つ。

幸いな事に、護国の魔術師一門の当主として一応伯爵位に叙任されてはいるけれど、私には所謂【貴族】としての役割はあまり期待されていないというものがある。

血の繋がりによって、地盤を固めていくというアレをだ。

故に、私は出会いに関するガツガツした世界に足を踏み入れなくて済む。

流石に自由恋愛が許されている訳ではないけれど、煩わしい政略結婚とかは考えなくて良い、というのは大変助かる。

そもそも基本的に一族内で結婚を繰り返すから、外部からの政略結婚なんかは打診出来ないという状況にあるし―――お父様とお母様については別だけど。あれは特例。


……まあ、適齢期になったところでモテ期とか縁が無い人生けどね、【オリガ】は。

作者からネタにされてたし。

顔は良くても存在が強烈な悪役過ぎて、結婚のけの字も出ない箱入り娘、とか。


「…………」


一応、私と身長が釣り合いそうな少年達も何人かは会場にいる。

誰かが自分の息子を私のお相手として連れてきたのだろう。

しかし先程のやり取りが噂になったのか、全員物凄い距離を取って目を合わせないようにビクビクしていて。

正に触らぬ神に祟りなし状態。

下手に不興を買えばいざという時に領地を見捨てられるかもしれないなんて、少年達には責任重大だよね。


―――いや、いいんだ。恋愛なんて。

初めての舞踏会、とか幼馴染的な恋愛の始まりフラグじゃないかだなんて密かに期待したりなんてしてなかったから。

私は陰ながらお兄様が青春を送る様子を見れればそれで満足。

枯れた人生だなあ、とか、これだから悪役は、だなんて思ってない。


「はぁ………」

「おや、お疲れかね?オリガ嬢」


思わず目を瞑ってため息を吐いたら、頭上から低い声が聞こえた。

おっと。

この声は確か、と振り返ると、やたらと体格の良い熊のようなおじさまが一人。

人の好い笑みを浮かべ、私の散々に飾り付けられた頭をぽんぽんと軽く叩いていた。


「久しぶりだ。随分と大きくなられたようで、驚いたよ」


五大魔術一門の一つ、樹の魔術侯爵家ハーベスタのご当主様。

まだギル様が我が家に迎えられていない頃に、何度か屋敷の中でお会いした事があった。

その際には随分と可愛がっていただいた記憶がある。

ギル様が引き取られて以降、全くお会いする事も無くなってしまっていたが。

殺伐とした空気で一杯のルージルの屋敷で見るハーベスタ様に、これぞ理想のお父さんだ、と密かに憧れたものだ。

我が家の親子関係、ちょっとアレだから。尚更。


「お久しぶりでございます、ハーベスタ侯爵様。代替わりのご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」

「いやなに、気にしないでくれ。あー、君、オリガ嬢に甘い飲み物でも頼む」


侍従が一礼し、飲み物を取りに下がったのを横目で見送ると、ハーベスタ様がその巨体をずいっと屈ませて。

なんで人払いを始めたんだろう、と内心首を傾げていたら、その大きな手で口元を隠す素振りを見せ。

公の場でしなければならない秘密事ですか、と身構えたならば。


「今日一日で随分な噂が広まっていて驚いたよ。私の生真面目で可愛い姫君は、たった一年で様変わりしてしまったのかとね」


その様子だと杞憂だったようだが、と茶目っ気たっぷりに笑って見せる顔に苦笑いしか返せずなかった。

あー…やっぱり広まってるんだ、さっきのあれ。

侯爵様にまで伝わるとなると、最早公然の事実扱いだろう。

それはともかく、気を張りすぎている事をからかわないで欲しいです。

昔からの私を知っている以上、こうして社交界に出てきても背伸びしている事もお見通しなのだろうけれど。

ついついじと目で見てしまうと、大きく笑われてしまった。


「今日は君に紹介したいのがいてね。―――ほら、ご挨拶するんだ」


そう言ってくつくつと身体を揺らす巨漢の背後に、一人の少年が見えた。

私より少し年上―――ギル様と同い年ぐらいだろうか。

鋭い、と表現するにはまだまだ幼さの残る顔付きをした少年で。

大きな手に押されて私の目の前にずい、と押し出されて酷く嫌そうな顔をした。


……あれ?

この人、どこかで見たことあるような?


「初めまして。ルージルの当主、オリガ・エメルダ・ルージルと申します」


仕立ての良いものを着ているし、ハーベスタ様が公式の場に連れてきたのであれば恐らく彼も魔術師なのだろう。

ハーベスタ様に所縁のある人だろうかと目星をつけて挨拶するも、鼻を鳴らして目を逸らされる。

不機嫌さを隠しもしない態度にちょっと面食らったけれど、舞踏会で何かあったんだろう。

私が言うのもなんだけど、子供って気分屋なものだし。


「これ、アトラス。きちんと挨拶しなさい」


焦ったように声を低めたハーベスタ様の言葉に、ますますむくれる少年。

気にしてませんよー、とハーベスタ様ににっこり笑って見せるも、時間ばかりがじりじりと過ぎていく。

それにしても、灰色がかった黒髪に、茶色の瞳という組み合わせは然程珍しいものではないのだけれど……。

何処かで会ったことがある、はここ数年の引き籠り生活を考えるとまずありえない。

そんな風に考え込んでいると、ようやく少年が口を開いた。



「アトラス。……アトラス・ヴィル・ハーベスタ」



再度注意されて素っ気なく名前だけ告げると、むっすりとした顔で口を真一文字に引き結んだ。

その眼は隣に立つ侯爵様にどことなく似た茶色で、血の濃さを窺わせ。


樹の一門は血統主義で、第一子がハーベスタの名を継いで行く、から。

え、もしかして次期侯爵かこの子。

……アトラス?

って、『樹のアトラス』?

あああああああああああ思い出した!

彼は、お兄様の親友組の一人となる存在。

能力的に主人公組の中でも目立たなくて、最後の辺りではあんまりスポットライトが当たらなかった人だ。


「これは普段は男だらけの騎士養成所に放り込んでいてね。オリガ嬢のような可愛い子には接する事がなくて、すぐ照れてしまう。こんな奴で申し訳ないのだが―――オリガ嬢、倅と一曲踊っていただけないだろうか?」


にこにこと語りかけてくれるハーベスタ様の言葉から、この申込みが完全な善意によるものだと感じ取った。

次期ハーベスタ当主と、ルージルの現当主が舞踏会で共に踊る。

それだけで、樹の当主は歳若き火の当主である私の庇護をしているという、威嚇になるだろう。

私が一人で立ち回る負担を軽くしよう、フォローしよう、と考えてくれていたのだろうか。

その為だけに、わざわざあの山奥の養成所から息子さんを呼び戻したのだろうか。

何という優しさなのか……。


しかし。

さり気なく手を差し伸べてくださる優しさに感動するところではあるけれど、それ以上に心の中は大パニックで返事すら口から出てきてくれはしない。


うっかりしていた。そう、うっかりしていたのだ。

他の主要キャラ達の動きとかはそれとなく気を付けて行動していたが、この脇役さんの存在はすっかり忘れていたのだ。

だって派手な攻撃魔術とか使えない人だから、あんまり印象深い見せ場とか無かったし。

えーと、十六歳で代替わりした【オリガ】と、アトラスはこの時点では出会っていないはず。

物語通りならばこの人と私が出会うのは最後の最後、一度だけのはずだったのにこんなところで邂逅してしまった。

いけない、あまり本編に深入りしないようにしなければ。

だってこの少年はお兄様と出会い、友情を育み、実力を身に着け、敵を―――。


「オリガ嬢?どうかしたのかね」

「いえ」


ぐるぐると思考が空回る。

物語を優先させる為には、ここはそそくさと逃げ去るべきだ。

でもハーベスタ様の好意とか体面とかを尊重する為には、ここでの接点もやむなしで。

一曲程度ならなんとかなるだろうか、と今日一日で散々浮かべた微笑みを少年に向けると。

鋭さが宿る瞳が、胡散臭い者を見るように眇められ――――これは、敵意、だろうか。



「嫌です」



険しい表情でキッパリハッキリ言い切ると、少年はくるりと背を向けて中庭へと走り去っていった。


「………。」


いやその、出来るだけ本編に干渉したくないから、有難い限りなんだけど。

むしろほっとしたぐらいなんだけど。

なんでだけど、なんだこの敗北感。

というか、次期跡取りの立場なのに、公の場でその態度は宜しくないんじゃないだろうか。

名前だけとはいえ、仮にも私は女伯爵ですよ?伯爵令嬢じゃないんですよ?

呆けたようにハーベスタ様を見上げると、憤怒がハーベスタ様の貌を歪めていた。


「アトラァァス!」


反抗期なのか、単に私が嫌われているのか……ともかくあれを教育するのは苦労しそう。

貴族としての心構えよりも、騎士養成所のやんちゃな少年の気持ちの方が強そうだし。

そう言えば、小説でもあの優しいギル様と罵詈雑言の言い合いとかしてたもんなあ。

そういうイベントには事欠かないキャラクターだった気がする。


すまない、すまない、と頭を下げて息子を探しに走り出すハーベスタ様を見送ると、貴族の多くが興味深げにこちらを見ていた。

火の一門の主と、次代の樹の一門の主が、初対面で仲違い―――こんな話の種を逃す彼等ではない。

ましてや日が暮れる前の段階で既に、やらかした問題児、という噂があるのだから。

ここでフォローしておかねば、後々さらに困るのは私に違いない。

……年上貴族には喧嘩を売り、同年代とは馬が合わない、だなんて噂がたったら人間として残念じゃないか!

微笑ましい、と言わんばかりの作り笑顔を浮かべた貴族達に、事情をそれとなく伝える為に奔走し始めて。


あれ…?

なんでどんどん状況が悪くなっていってしまうの……?

私、身内のフォローで手一杯なのに。

絶対関わりたくないけど、次会ったら嫌味の一つや二つ言わないと割に合わない!










今日は本当に散々な一日だった。

この馬車に乗り込むまでの短い道で、一体何度溜息を吐いたか分からない。

さっきまで後悔の様子を片鱗すらみせなかったケイカさえ、こちらの様子をチラチラと伺って申し訳なさそうな顔をするくらいには溜息を吐いたのだろうけれど。

だけど、まあ。成果がなかったという程でもない。

和やかに穏やかに、という当初の目標は全く達成できなかったけど。


舞踏会の最中に起きたアクシデントにより、結果として多くの貴族から情報収集を行うことができた。

――――やはり、聞こえて来るのは西方の国境で小競り合いが激化していきている、という話ばかり。

いきなり切り札である私が前線に赴く事は無いだろうけれど、一門の者を何人か派遣する必要はある。

けれど、実力者を何人も出すとなると、今のルージルではそれだけで問題が発生してしまう。

それを望む者たちは幾らでも居るのだろうが。


「あまり動くと潰される、か」

「オリガ様?」


小説のオリガって本当に四面楚歌だったんだなあ、と溜息しか出ない。

小説では主人公サイドからしか物語は進んでいたので推測でしかないけれど、恐らく舞台はめまぐるしく変化していたのだろう。


「―――屋敷に戻ったら、幼年の者達を中心に指導します。予定を組んでください」


かしこまりました、と頭を下げるケイカは、眼に尊敬の色を滲ませていた。

ルージルでは力が全て。

年齢は関係が無い。

私が誰よりも強くあるだけで、その心の内はともかく誰もが従順でいるだろう。


でも、貴族社会はそうはいかない。

どんなに才能に溢れ、実力で当主の座をもぎ取ったとは言え、私は唯の子供に過ぎないのだ。

圧倒的な実力を見せつけたから、一年くらいは誰もが様子見を決め込むだろう。

けれど、上手く立ち回らなければお飾りの火の当主として、傀儡にされるだけ。

それは、本編で起きた大戦を引き起こすきっかけの一つ。

小説では【オリガ】が積極的に戦を煽っていたけれど、あれは一門の総意だったとも言えるし、貴族達によるルージル没落を企んだものでもあったと言える。


たとえ焚きつけられたとしても、勝てる戦なら何も言いわないけれど―――現状、隣国が開発を進めているであろう新しい兵器を相手に満足に戦えるのは私とお父様だけだ。


実力主義故に技の継承の仕方に難があり、あまりにも個人ごとに能力差がある。

一族の中では実力的に劣る者でも、外に出てしまえば一人前の魔術師としてみなされるだけの能力はあり。

それ故に【ルージル】という看板に、国中の誰もが絶対的な信頼を預けてしまっているのだ。

隣国の戦力では【ルージル】を弱らせる事は出来ても国境を突破される事はないのだと、愚かな一部の貴族達は信じているのだろう。

だから、隣国へと手を貸して戦場をかき乱させたがるのだろう。

常ならば、その通りだ。

けれど、彼等が隣国に手を貸す事で開発が成される兵器は――――。


……変えられない滅びの運命だとしても、せめて、主人公がより多くを救済出来るように動かなくてはならない。

それが、悪役(ラスボス)の役目、なのだと思う。

望もうと、望むまいと、私は悪役だ。

悪役に生まれたのだ。



ふと見上げた夜空は、雲に覆れて昏い様相を呈していた。

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