5-3 ブリーフィング

 翌日。アルベルトたちが中隊司令部に呼ばれたのは、朝食後すぐのことだった。

 部屋にはオズマの他に通信担当者がいたが、彼は話には加わらないようだ。

 オズマの座る、広げた地図の置かれてある机の前に、アルベルトを真ん中にして左にキリ、右にブレストが立つ。ただし、三人の位置からは地図の文字は読めない。


 アルベルトとブレストは手を後ろに組んで足を少し横に開いた体勢だが、キリは右足に重心を置くようにして体を斜めに傾け、手は前で組んでいる。

 姿勢に関して、特にオズマは文句は言わない。


「もう少しだけ待ってくれるかな?」

 腕時計を確認してオズマは言う。これで二度目だ。もっとも、アルベルトには何を待っているのか問いただすことは出来なかった。だが。


「一体、何のつもり? そんなに時間を気にするなら、時間がきてから呼べば良かったんじゃないの?」

 ここに物怖じしない人物が一人いたと思い至る。


「ごめんね。もう基地には着いてるんだけど……」

 そのとき、後ろでノブが回され、ちょうつがいのきしむ音がする。

 キリだけが振り返る。


「ビアンコ=シェルロ准尉、ただいま到着いたしました。これが復帰の命令書です」

 野太い声がそう宣言したかと思うと、ブレストの脇から前に移動し、オズマに書類を提出する。多少は細くなったようにも見えるが、筋肉質の体は健在だ。リハビリは順調だったようである。


「確認した。君の中隊への復帰を認める。ご苦労だったね、ビアンコ」

 ビアンコは敬礼すると、一歩下がって三人の列に加わる。


「これでグレイゴースト中隊、戦闘員が全員そろったね」

 と、オズマは全員の顔を見渡してから、


「じゃあ、これからブリーフィングを行う。

 これは本日午後、北部戦線全域で行われる大がかりなものの一環になる」

「本日ですか?」

 アルベルトの上げた甲高い疑問の声に、オズマはうなずく。


「実際、攻撃する準備はずっと前から整っていた。でも、上の腰がずいぶんと重くてね。昨夜ここから十キロ北にある基地が、ゲリラたちに攻撃されたんだ。

 その捕虜が、モブロフ軍と共同攻撃になるはずだったのに裏切られたってしゃべってね。敵がやる気なら、ということで一気に攻撃論に傾いたわけだ。作戦名は、炎の牙フレイム・ファング


「尻を叩かれなければ動かないなんて。駄馬そのものね」

「決着をつけなきゃいけないことは分かっているのに、どちらも先に銃を抜きたがらない。

 そういう意味では、政治家よりも軍人の方が戦いには慎重なんだ。死ぬのは自分たちだからね。まあ、プーマは生き残るための戦いしかしていないから、分かりにくいのも無理はないか」

 オズマは苦笑する。しかしこの話題を長引かせるつもりはないらしく、


「今、僕たちがいるのはここだ」

 と、オズマは地図上のカシフ村を指さした。この基地である。

 机から離れた場所に立っていた四人は、机を囲むように寄り集まった。


「ここから東に三キロのところに、味方の歩兵部隊と戦車部隊が張り付いている。

 そこからさらに五キロ離れて敵の前線が構築されている。この五キロ間は障害物がほとんどない。だからどちらも出にくいわけだ。そして、事前の偵察により敵の司令部はこの山にあると判明している」

 さらに二キロほど東の山をオズマは丸く囲む。


「で、全体としてはまず北側に火力を集中する手はずになっている。正面から見ると左側だね。敵の左側が戦力を移動し始めた頃合いを見計らって、僕たち第三騎兵連隊が中央に投入される。移動中の部隊を攻撃して、敵を左右に分断すんだ」

 東の山と前線をつなぐ線を指で示す。


「できれば敵の司令部と砲兵陣地を叩く。

 ……これは大佐が直々に言い出したらしくてね。一番おいしいところを持って行こうっていうつもりだよ」


「さすが大佐。まだメダルが欲しいってわけだ」

 ビアンコが病み上がりらしからぬ皮肉を発し、精神面でも問題なさそうだと内心、胸をなで下ろす。

 もっともビアンコがこのことを知ったとしたら、お前に心配される筋合いはないと頭の一つもはたかれるところだろう。


「でも、先鋒はグラント少佐の中隊に任されることになった。僕たちの任務は、開けた穴を大きくするために歩兵と戦車部隊の先導をすること」


「掃除か」

 あからさまに不満の色を見せながらブレストはつぶやく。最初に突っ込むよりはマシなものの、分断されまいとする敵の抵抗は大きいことが予想される。

 とは言え、敵陣内で機動力を生かしながら火力で蹂躙するにはAWVが適任と言える。戦車の支援砲撃が得られるのなら、なおさら有利だ。


「ずいぶんと危険なことをするのね」

 オズマの指の動きを追いかけ、キリがそう漏らす。


 もし敵を分断できなければ、突出したこの第三騎兵連隊が挟まれて大損害を受ける。

 その後の戦闘は正面からの兵力のすりつぶし合いとなり、中央の薄くなったバジルスタン側が数でも質でも不利になるだろう。アルベルトたちに課せられた責任は重い。


 しかし、とアルベルトはキリに気取られぬよう横目で見る。こちらにはキリと幻影戦車ファントム・パンツァーがいる。ただのAWV中隊ではない。


「バジルスタンとしては、この北部で以前から主張してきた国境線まで軍隊を進めただけに過ぎない。でも、モブロフにとってみれば自分たちの領土が侵されたことになる。

 これを解決するには、どっちかが軍を引く必要があるけど、どっちも引く気はない。なら、勝負をつけるしかないだろう。それも、出来るだけ明快な形で。

 多分、今の駐留経費も馬鹿にならないんじゃないかな?」


 これこそ、さっきオズマの言っていた『決着』ということだろう。分かりやすいが、兵士には酷な仕事だ。


「攻撃開始時刻は決められているが、投入されるタイミングはシュトレーゼン大佐に一任されている。後続には、機械化大隊が一個つくことになる。

 まず砲兵部隊による敵右翼への制圧砲撃が行われ、航空支援は空軍からMiG-27が……」

 オズマは、作戦の大まかな流れと参加部隊を含めた細かい説明をしていった。

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