1-4 見舞い

「少尉!?」

 アルベルトを見かけたビアンコは、ベッドの上で上半身を上げて敬礼した。

「いい、そのままで」

 腕を吊って固定しているため、無理に動かさせるのは良くない。

 ここは、ビアンコの病室。一応はパイロットであり、個室が与えられているのだ。

 彼は戦車での戦闘経験も豊富であり、バジルスタン国家英雄の勲章も受けている。その程度の扱いは当然だろう。


「すまない。勝手に来たが、邪魔だったか?」

「邪魔なんてことは、ねぇけど」

「これ、見舞いだ」

「……どうも」


 小ぶりだが、ブドウの入ったカゴを枕元の棚に置く。アルベルトにしては、ちょっと奮発したものだ。他に客は居なかったのか、見舞い品は見当たらなかった。

 そうしている間も、ビアンコは膝に置いたスマートフォンをひっくり返し、画面を見せないようにしている。


 それはビアンコ自慢の代物だ。それをこのバジルスタンで手に入れることは容易ではない。値段以前に、物が出回っていないのだ。

 彼はそれをウォークマン代わりに使っている。


 だが、それはネット接続はできていないはずだ。

 この国ではインターネットどころか、携帯電話での通話も満足に出来ない。マルスといった大都市ならともかく、この病院のある田舎では無理というもの。

 アルベルトも中古のノートパソコンを持っているが、ネットは無理だ。

 インターネットを使いたい場合、基地にある共用のパソコンを使う必要がある。


「命に別状なくて良かったな」

 そう声をかけながら、ベッド脇にあるイスに腰掛けた。

「ええ。ですが、数週間はかかるらしいんで」

「そうか。お前ほどのパイロットはいない。早く戻って欲しいものだ」

「ええ。そうなりゃいいですが……」

 アルベルトの言葉は本心からのものだが、ビアンコはそう受け取ったかどうか。


「で、どういう事で? 俺に見舞いなんて」

 その問いが、困惑気味だったのも無理はない。

 任務以外では、アルベルトはあまり人とは話さない。親しいといえるのは、運転手のジャンという太った男ぐらいだろうか。

 互いによく分からない関係では、普通は見舞いなんてしないだろう。

 しかし、来た理由はある。


「聞きたいことがあってな。

 ビアンコ准尉。シャーマン戦車について、なにか知ってるか?」

「え。ああ、アレのことか。急に出てきて消えるとか」

「そうだ。

 隊長に聞いても教えてくれなくてな」

「なるほど。そういうことでしたか。

 少尉殿でも知らない事があるんだな」

 ビアンコはニマリと笑った。


「あいつは、プーマの守り神だな。

 戦車も、飛行機も持ってないプーマが、俺たちと互角にやれた理由。それが、あの戦車ってわけで」

「あれはシャーマン戦車だが? そんなもので……」

「いえ。急に出てきたり、消えたりってのが大事ですぜ。

 例えば少尉殿。今、この病院の廊下に戦車が出てきたら。あんた、どうする?」

「病院の中に?

 まあ、逃げるかな?」

 

「あいつは基地の中に出て、随分と派手にやらかしたこともあるらしいですぜ。

 で、幻影戦車ファントム・パンツァーと呼ばれてると」

「急に出てくるからか幻影か。

 で……正体は?」

「そんなの、俺が知るわけねぇってもんで。

 アレには賞金も掛かってるんですぜ?

 フィレシェットって名前のスナイパーと一緒に行動してるとか。そう言うのも書いてたはずですが」


「賞金首。……そうか。

 俺はあんまり興味なくてな」

「正直だな、あんた」

 ビアンコと一緒にアルベルトも苦笑する。

 賞金とは、普通は敵対組織の幹部達に掛けられるものだ。そんな連中が前線まで出てくるはずはなく、アルベルトには関係ないと思っていたので見ていなかったのだ。


「用はそれだけですか?」

「ん。まあな。

 ……もし良かったら、だが。メール。代わりに出そうか?」

「ホントですか?」

 身を乗りだそうとして、痛みに顔をしかめた。

「ああ。もしすぐ書けるんだったら。

 確か、外国に居るんだったな?」

 以前……誰かかから、そう聞いていた。ビアンコの彼女のことだ。


「ええ。

 あ、俺が怪我して、しばらくはメールも出来ないって事を伝えてもらえたら」

 ビアンコは、アルベルトの渡した手帳にメールアドレスだけ書いて寄越した。


「感謝します。

 変なことは書かねぇで下さいよ? あと、アドレスもすぐ捨ててください」

「そこはちゃんとやる。心配するな」

 そうやって、立ち上がったアルベルトを、ビアンコは手招いた。


「何だ?」

「ちょっと、噂レベルなんですが」

 と前置きし、ビアンコは耳打ちしてくれた。隣国モブロフの情報部もフィレシェットを狙っているらしいと。

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