1-5 襲撃
そういうわけで
プーマ兵は周囲に人を寄せ付けないように、刃のような目つきを左右に配っている。基地の兵士たちも、心なしか遠巻きに警備任務についている。
プーマ側の幹部が来ている以上、この基地を攻撃する意志はないはずだ。そうすると、わざわざ特別警護にまわされたアルベルトの出番はないということになる。
それだけ平和であるということなので、悪いことではない。
会議は長丁場になり、昼を過ぎても中から人が出てくる気配がない。歩兵中隊の面々は、班ごとに昼食を取り始めている。
アルベルトは、この歩兵中隊の指揮系統に組み込まれているわけではない。任務に変更があるなら、トラックの無線から指令を受けることになる。そのため、かなり自由裁量がきく。
プーマ兵のことを気にしながらも、今から腹ごしらえをしておくことにする。小銃を肩に担ぎなおしトラックに向かった。
ありがたいことに、この基地の食堂を使っていいことになっている。
戦場に出てしまっていたら、口にできるのは
運転席に居る、運転手兼通信手のジャンに断りを入れてから、食堂に向かう。大して大きくないカマボコ型の建屋が食堂だった。
肉入りのビーフシチューとパン。それが銀色のトレーに配膳された。知り合いがいないので、特に話すこともなく手早く食べる。
味は妙に甘すぎる気はしたが、温かい食事は良いものだった。
ジャンのところに戻ると、彼は
食べた直後ということもあり、その光景には脱力してしまう。
この国のレーションは、ビニールの袋に入った塩辛い黄色のゲル状のものだ。デザートとして、申し訳程度に一切れのチョコレートがついている。
塩辛いのは、行軍中に汗をかくため塩分を補給するためというのが表向きの理由。だが、甘くないチョコも合わせて考えると、食料をむやみに食べさせないようにわざとまずく作ったとしか思えないものなのだ。
「お前、飯はまだだったか?」
「いいえ。こいつはデザートです」
「………そうか」
この太った大食漢にとっては、塩辛さなど問題にならないようだ。
そこでアルベルトはプーマ兵に目をやった。最初に位置についてから、あのプーマ兵はまるで動きをみせない。
「なあ、あいつは何か食ってたか?」
「いいえ。ずっと立ったままですね。
それが何か?」
チャンスかもしれない。
「ジャン、まだレーションはあるな?」
「ええ。少尉もお代わりされるんで?」
「腹も減ってないのに二袋も食うか」
お前じゃあるまいし、という言葉はさすがに控えておく。
「食べないんならどうするんです?」
「いいからよこせ」
乱暴に奪い取ると、プーマ兵へと近づいた。とたん、鋭い眼光が向けられる。目が異常に白く見えるのは、頬に黒い顔料を塗っているからだと今さらながら気付いた。
しかし、ここで圧力に負けるわけにはいかない。別にかみつかれるわけではないのだ。
そうして、プーマ兵の前に出る。
「なあ、お前昼飯食ってないだろう?」
プーマ兵は小銃に手をかけたまま、うなずく。
その目の前にレーションを出してみる。
「どうだ? まずいが、毒は入ってない」
プーマ兵はアルベルトを上から下まで眺める。しばし躊躇した後、
「ありがとう」
高い声だった。やはり女で間違いない。
少女は銃を背に担ぐとレーションを受け取った。右手のグローブを外し、開けようとする。しかし、どうにも破りにくそうだ。
「左手も外せばいいだろう?」
「ダメ。これは外せない」
唇の左端を上げて笑んだ形を作ると、ナイフを取り出し、口でさやを噛んでナイフを抜くとパッケージを切り裂いた。
ナイフをしまい、ビニールを口に持っていき、まるでジュースであるかのように黄色の流動物を口に流し込む。
が、最後の一口を飲み終えたとたん、少女は咳き込み出す。
ほら、と水筒を渡すと、ためらうことなく口を付け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。そして、一息つく。
「助かった」
と、水筒をアルベルトの方へ付きだした。受け取ると、中身がほとんどなくなっている。
なかなか剛胆な娘だと思いつつ、
「俺はアルベルト=バース。少尉だ。ところで、聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
口を袖でぬぐいながら、少女。
「その前に名前を教えてくれないか?」
「どうして?」
「まあ……軍人なら、名前は知らなくても階級で呼び合える。でも、お前には階級が見あたらない。いざというとき、どう呼べばいいのか分からないのでは困るだろう?」
「そういうことなら」
と、少女はうなずいてから、
「キリ。それがあたしの名前」
警戒がゆるんだのか、あっさり名乗った。
「覚えておく。それで本題なんだが」
と、アルベルトは咳払いをしてから、
「プーマが使っているシャーマン戦車について、何か知ってることがあったら教えて欲しい」
「それって、あたしを買収したってこと?」
キリはカラになったビニール袋をヒラヒラさせて見せた。思いもよらない言い様に、アルベルトは内心慌てて首を振る。
「違う。そのレーションは食糧援助だ。答えるかどうかとは分けて考えて欲しい」
「食糧援助とは大げさね」
少女の表情が緩んだような気がした。でもそれは唇が微かに動かしただけで、アルベルトの勘違いなのかもしれない。
「まあいいわ。教えてあげる、ロボットの少尉さん」
「なんだと?」
アルベルトは低い声を出す。アルベルトの身分は、この基地では司令官と会談に臨んでいる将軍と、ジャン以外は知らないはずだ。AWVを隠してあるトラックも普通のホロ付きのもので、特別製ではない。バレる要素はないはずだ。
「どうして俺のことを知っている?」
「ダメよ。ここで発砲なんてしたら、会談が台無しになる。それに、あなたの腕では私に勝てない」
アルベルトは腰の拳銃に伸ばしかけた手を止めた。向けられた青い目に刺されるかのような錯覚に襲われ、思わず背筋を震わせる。
だが、ここで冷静にならなければいけないと自分を抑え、隠すことはやめて認めることにする。
「そうだ。俺はAWVのパイロットだ」
「やっぱり。声に聞き覚えがあると思ってたわ」
声というと、シャーマン戦車に向かって言ったあの警告をキリが聞いていたということになる。あの場に居合わせたとすると、ある程度事情に詳しいのかもしれない。
「なら、フィレシェットのことも知っているな?」
「もちろん」
「フィレシェットと
自分を平静に保つため、アルベルトは低い声で問い直す。
「フィレシェットのことなら全部分かる。だって、あたしがフィレシェットなんだから」
腰に手を当てるキリの声は、自信満々といったような感じだった。
「お前が?」
「何よ、その信じてないって顔! 命の恩人に向かって失礼ね。せっかくさっきのお昼ご飯でチャラにしてあげようと思ったのに」
キリは肩をすくめてから、顔を上げる。ヘルメットの陰に隠れていた顔が、通った鼻筋までも露わになる。
キリの表情は真剣そのもの。まんざら冗談というわけでもないようだ。とは言え、無批判に受け入れられるものでもない。
「言葉だけでは厳しいな。お前がフィレシェットだっていう証拠があれば信じるが」
「改めて証拠って言われると、困るわね。なら、こういうのはどう?」
と、キリは背負った銃を正面に持ってきた。思わずアルベルトは腰に手をやるが、キリの銃口は下を向いている。指も引き金にかかっておらず、棒でも握るように両手で銃を保持している。
キリはくるりと銃を横に向け、銃口と銃尻を両手のひらで押さえ空中で支える。
「スリー、ツー、ワン!」
キリは手を合わせた。手の間にあった銃は、何の抵抗もなくつぶされてしまった。
いや。手のひらを前に出して見せたところ、ボルト一本すらも残ってない。まさしく宙に消えてしまったようだ。
まるであの時のシャーマン戦車のように。
「逆に出すこともできるわ。この応用で、あの戦車も出したり消したりできるの」
「まさか。そんな手品で」
「そう見える?」
即座に返され、アルベルトは沈黙した。
鼻で笑ってしまったが、今のは本当にそうなのだろうか。
どんな手品にもタネはある。本当に手品であったのなら。
だが、ついさっき目の前で行われた銃の消滅はどうだったか。戦場で戦車の消える様を見たときは? そして、今キリが握った手の中に、鉄の色を濃くしながら現れ始めている小銃の存在をどう説明すればいいというのだろう。
「あたしはキリ=フィレシェット。ここで戦車は出せないけど、証拠なら今ので十分でしょう?」
キリは、えくぼの見える不敵な笑みを浮かべてから、銃を持ち直した。もしかすると、固定概念を捨ててかからなければいけないのかもしれない。そう、眉を寄せて考える。
「少尉! バース少尉っ!」
だみ声が聞こえてきたのは、次にキリにかけるべき言葉を探しているときだった。
「どうした?」
「司令部からです!」
アルベルトは頬を引き締める。どうやら状況に変化が出たようだ。
「すまない。続きは後で」
一方的にキリとの会話と打ち切ると、アルベルトはトラックへと駆け寄った。
ジャンが窓の外へ出しているマイクを受け取る。
「こちらアルベルト。何かありましたか?」
「何かなんてもんじゃないよ。こっちは大変だ」
と、まるで大変そうに感じられないオズマの声が聞こえてくる。一呼吸ほど間を置いたあと、
「モブロフが侵攻してきたんだよ」
脳天気な声が告げる深刻な事態というアンバランスさに、一瞬、脳が混乱する。
「先日、AWVとやりあっただろう? あの付近に大規模な軍が侵攻してきたんだ。それで、僕たち中隊にも出動命令が下りたんだ」
「なら、俺も」
「その必要はない。君には別の任務が与えられた」
「別の?」
アルベルトは意味を捉えかね顔をしかめる。
「そこから国境の方に十キロほどのところにある基地が、ヘリから降下してきたAWVに攻撃を受けているらしくてね。対空部隊と歩兵部隊しかいないから、壊滅は時間の問題。もしこのまま基地が無力化されたら、君のいる基地まで障害物がなくなる。意味は分かるね?」
「つまり、モブロフは会談の出席者を暗殺しようとしているわけですね?」
「さすが頭の回転が速いね。少なくとも上はそう分析してるみたいだ。僕だったらAWVなんて使わないで、空爆で片付けるけどね」
もっともな話だ。AWVを進めるよりも、空爆の方が遥かに手っ取り早い。AWVを使ってまで確実にやりたいとでもいうことだろうか。
「モブロフ軍は止められますか?」
「どっちかと言うと君のほうが問題だね。敵の部隊があちこちに降下していて、将軍たちを避難させる手段がない。残念ながら援軍も送れないんだ。その基地を戦場にすることがないよう、前進して残存する歩兵部隊と合流。敵AWVを一掃して欲しい。これが任務だ」
「敵は何機ですか?」
「五機、と報告を受けてる」
「五機も!」
アルベルトは絶句した。オズマがあえて明るく連絡を入れてきた理由がやっとわかった。
「会場護衛のため、歩兵中隊は動かせない。エースになるチャンスじゃないか。健闘を期待してるよ」
そこで無線は切れてしまった。
「クソっ!」
悪態をつくと、ジャンめがけ乱暴にマイクを放り投げる。歩兵部隊がどれだけ善戦してくれているか不明だが、AWVは無傷と考えた方がいいだろう。五対一。シミュレーションでは、相手が新兵レベルなら勝てない数ではない。だが、今回はそうはいくまい。捨て石だ。時間稼ぎのおとりなのだ。
アルベルトはトラックのドアを殴りつけた。拳に鈍痛が走る。その痛みが頭を冷静にしてくれた。
任務は下された。軍人である以上、遂行しなければならない。例え命を落とすようなことになったとしても、両親には幾ばくかの恩給が支払われる。
白髪の交じり始めた父と母の顔が浮かんできたが、これでは任務に支障をきたすと、頭を振ってイメージを打ち消す。
死ぬことを前提に戦えば戦う前から負けだ。考え方を切り替える。これはエースになるための大きなチャンスだと。
「話は聞いていただろう。出してくれ」
アルベルトは右に周り助手席に乗り込んだ。
「本当にいいんですか? いくら少尉でも相手が多すぎますよ」
「いいから出せ!」
アルベルトが怒鳴ると、ジャンはキーを回してエンジンを動かす。車体を震わせトラックはバックし、方向を変えてから基地のゲートを通過した。
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