1-8 同盟

 振り返ったアルベルトからは、丘の方から緑のトラックが走ってくるのが見えた。間違いない。ジャンの運転するトラックだ。

 トラックは地面に停止しているコンドルのすぐ隣に付けた。開いた窓からジャンが首を出して叫ぶ。

「少尉! レベジ将軍閣下から通信です」

「何!? 閣下からだと?」

 横から挟まれる雑音は無視し、アルベルトはトラックに歩み寄りマイクを受け取った。


「こちら、バース少尉です」

「生きていたか、少尉。よくやってくれた」

「はっ。お褒めに預かり光栄です」

 相手に見えていないにもかかわらず、アルベルトは直立の姿勢を取る。


「それでだ。プーマとの停戦協議がまとまってな。連中、誠意を示すと言ってフィレシェットを貸すと申し出たのだ。

 君の指揮下に組み込み、第三騎兵連隊司令部のあるジャボル村へ連れて行ってくれ。着き次第、別途グレイゴースト少佐から指令があるだろう」

「了解しました!」

 わざと大きく返答する。無線の音量をジャンが大きく設定していたため、ゴヌール中佐にも聞こえているはずだ。

 ゴヌール自身はキリに引きずられ、アルベルトの横……と言うか、足元にいる。


「じゃあこの人、解放してもいい?」

 無線に応えながら、アルベルトがうなずいて見せる。

 キリはゴヌールを離し、すぐさま飛び退いた。ゴヌールはキリを一瞬睨みつけるが、挑むような無謀な真似はしない。


「貸せ!」

 ゴヌールはアルベルトからマイクを奪い取った。


「閣下。キシル=ゴヌール中佐であります」

「中佐? 私はバース少尉と話しているのだが」

「失礼を承知で申し上げます。

 フィレシェットを指揮下に組み込むとは納得できません。あれは我が軍に対する脅威ではありませんか!」


「プーマとの同盟を結ぶ際、出された条件だ。監視としてバース少尉をつける。軍は懸賞金を外し、フィレシェットを追わん。

 いいかね。これは決定事項だ。早く少尉に代わりたまえ」

「了解、いたしました」

 奥歯をかみ締める音がした後、アルベルトにマイクを預ける。憤怒のあまりか、真っ青だった顔面は今や紅潮しきっていた。


「フィレシェットはプーマとの同盟の象徴でもある。大事に扱ってくれたまえ」

「了解しました!」

「では、バジルスタンの勝利のために!」

 無線はそこで切られた。


「将軍の頭が柔らかくて助かったな」

「ええ。珍しい人ね。こっちにも、『軍は絶対に敵だー』って人が多いから、なんて難しいって思ってたけど。

 軍隊って大変でしょ? 固っ苦しいトコロで」

「まったくです」

 と、調子良くジャンが口を挟む。

 あからさまな当て付けに、聞かれてはしないかとアルベルトはゴヌールの後ろ姿へと目をやった。


 すでに彼は、元いた基地へと戻りつつある。倒れた兵士の内の一人は自分の足で歩いているが、もう一人はゴヌールに肩を借りている。

 ゴヌールは、自分が部下だったなら良い指揮官なんだろうと思う。


「それで、あたしは何をすればいいの?」

 肘を曲げ、右腕を回しながら、キリ。軽くやっていたようにも見えたが、大男を拘束し続けていたのだ。随分と負担のかかることだっただろう。

「とりあえず、前線で部隊と合流しろってことだな」

「あなたたちと一緒に?」

 口調はあくまでも疑問系。

 試されている。そう感じたアルベルトは先を続ける。


「もうバジルスタン軍はフィレシェットを拘束したりしない。さっき聞いた通り、協力するよう命令が下されたんだ。

 俺についてきてくれ」

「分かった。ついていくわ」

 キリは険しい表情を解いた。


「ところで。さっきあなたはあたしのこと、キリって呼んでくれたわよね?」

「まあ、呼んだな」

 とっさのことだったとはいえ、事実だ。否定するほどのことでもない。

 アルベルトは頬をかこうとし、気付いて上げかけた手を止める。


「じゃあ、あたしはあなたのことをなんて呼ぼうかしら?」

「階級で呼んでくれたらいいだろう?」

「嫌。さっき言ったでしょう? 固っ苦しいって」

 ちょうどヘルメットの縁にあたる額に指を置き、呼び方とやらを考えているようだ。


「えっと、そうね。アルベルトだから……アル。これがいいわ」

「勝手に決めるな! 第一、アルって何だ? 子どもじゃあるまいし」

「ダメ。命の恩人が言うことには従いなさい、アル」

「少尉って、尻に敷かれるタイプだったんですね」

「ジャン!」

 にらみつけると、怖い怖いと言いながら首を車内に引っ込めた。


「アル。これからよろしく」

 と、キリはグローブを取って右手を差し出した。


 指揮下に組み込めとは、将軍直々の命令だ。変にこじれても困るだろうと自分を納得させながら、アルベルトもグローブを外して握手を交わす。その手にキリの左手が重ねられた。


 少しひんやりした右手と、ゴワゴワしたグローブの皮の感覚に挟まれながら、中隊の面子の前でニックネームを連呼されたらどうなるだろうと、そんなことに頭を悩ませるアルベルトだった。

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