1-7 殴打
「助けに来たわ」
無線から声が聞こえてくる。キリだ。たった一人でジャンをやり過ごし、戦車を伴い現れた。となると。
「本当にフィレシェットだったのか」
呟いたとたん。ミサイルと砲弾がシャーマン戦車につるべ撃ちに叩きこまれる。だが。
「大丈夫、これぐらい!」
健在を示す明るい声。纏う爆炎を切り裂き、シャーマン戦車は砲撃する。
見事直撃弾を与え、AWVは機体をくの字に折り曲げるようになりながら、しりもちをつくように後ろに倒れこんだ。
こちらも負けてはいられない。煙幕の向こうに見え始めた、ぼんやりとしたAWVの影めがけミサイルを放った。
完全にシャーマンの方へ注意を向けていたAWVは、スモークを発射することなく側面に直撃を受ける。ミサイルの爆発の後、前向きに倒れた。
これで全部のはずだ。
アルベルトは確認の意味で地面に横たわる敵AWVを一機ずつ拡大して見た。
力尽きた緑の巨人は、どれも動き出す気配はない。ケガで出られないというものもあるだろう。だが、炎上している機体の場合は生存は絶望的だ。
一機だけハッチが開き、乗員がはい出していたものがあった。乗員は両手を上げ、投降の意志を示している。生き残りの歩兵部隊が遮蔽物から飛び出してきて、その乗員を拘束した。これで脅威はなくなった。
「どう? 信じる気になった?」
「こうなったら認めるしかなさそうだ。だとすると、モブロフがお前を狙って来たというのも本当なのか?」
ビアンコもそんなことを言っていたなと、思い出しながら聞いてみる。
「そ。あたし、モブロフ軍に入隊しようとしたんだけど、そのときに能力を見せちゃって。軍人になれずに研究所送り。逃げ出したんだけど、モブロフにいられなくなったの。それからはプーマに匿ってもらって、今に至るというわけ」
さらっと履歴を披露する。
「なら、さっきのAWVの目的は、
アルベルトはうなる。
フィレシェットの確保が目的で、要人暗殺を考えていなかったとしたら。空爆という手段を用いず、AWVを投入した理由も説明は付く。
正しいかどうかは現時点では不明だが。
「ま、これでひとまず安心できるわ。これだけの犠牲を出したんだもの。しばらくはあたしを捕まえようだなんて考えなくなるでしょうから」
「ところでお前、今どこにいる? ここからは見えないが、あの戦車の中か?」
「いいえ。あなたの足下よ」
「何!?」
言われてカメラを下に向けたが、見えない。近すぎて死角に入っているようだ。
「動かないで。踏まれたらシャレにならないから」
やがて、前方の視界の下部に緑のヘルメットが見えた。顔から順にだんだんと後ろ向きに歩くキリの全身が見えてくる。どうやら、小型の無線機をヘルメットに装着しているようだ。
手に持っている銃も、自動小銃から狙撃銃へと変わっている。銃身部分が木に覆われているそれは、ドラグノフ狙撃銃だろう。
「見えた。しかし、どうやって潜り込んだんだ? あの弾幕の中で」
「シャーマン戦車と一緒で、あたしもどこにでも現れるの」
「本当か?」
「もちろん冗談よ」
キリにあっさり流される。真面目に聞き返してしまった自分に
「あたしは
目で見て、ということは誰も乗せてないということになる。つまり。
「無人の
そう口にしたものの、ピンと来ない。とは言え、存在自体が非常識なのだから、有人かどうかはもはや関係ないのかもしれないが。
「あの中は空っぽよ。どうやって動いているかはあたしも知らないわ。出したり消したりっていうのも、精神エネルギーで具現化とか研究所で聞かされた覚えがあるだけで。左手の甲に力の源があるっていう話だったけど」
キリは言うが、左手はグローブに隠されて甲など見えなかった。
真偽のほどは分からないが、キリはこれ以上のことは話さないだろう。
そんな中、シャーマン戦車はこの前のようにゆっくりと色を薄くしながら消えていく。
アルベルトはコンドルを屈ませた。臀部を地面に付け、ハッチを開けて外に出た。こんなに近くにいるのに、無線越しでは味気ないと思ったからだ。
ところが、いざ降り立ってキリのすました顔と対面すると、何を話せばいいのやら分からない。
まだ、感謝の言葉を言っていないことに気付いた。
「とりあえずその、援護には……」
「救援感謝する!」
アルベルトの言葉をかき消すように、後ろから声が飛んできた。アルベルトはそちらへ目をやる。
背の低い、口周りにひげを生やした迷彩服の男だ。二名の部下らしき者たちを引き連れ、こっちに近づいてくる。年の頃は三十後半ぐらいだろうか。
「アルベルト=バース少尉です」
肩の階級章の星と線の数を見て、アルベルトは直立で右手を額に当て、敬礼する。
「そうか! 私は、ここの歩兵大隊を預かっているキシル=ゴヌール中佐だ。
ところでそこの兵士は? プーマの者のように見えるが?」
「それは、機密事項です!」
とっさにそう返す。プーマとは今、会談中なのだ。まだ正体を知らせるわけにはいかないだろう。
「私には先ほどの戦車が
なぜ、それがこちらに協力する?」
「それは……」
「答えんかっ!」
一喝されるが、アルベルトは無言を貫く。いくら階級が上とはいえ、直接の上官ではないのだ。無理強いは出来ないはずだ。
ふむ、とうなずいてからゴヌールは右の指を打ち鳴らす。
途端、ゴヌールの左右から進み出た兵士達が、次々にライフルをキリへと向けた。
「何をされるんですか? 彼女は我々を援護してくれたんですよ?」
アルベルトは兵士たちの正面に立ち、右手でキリを庇う。
「プーマは我らの敵だ。何の問題がある?」
「しかし、このキリは……」
「私の行動に不満でも?」
鋭い眼光でにらみつけられ、アルベルトは沈黙した。
自分への命令ならともかく、プーマの兵士への行動をアルベルトに止めることはできない。
「大丈夫。余計な手出しはしなくていいから」
「お前、捕まって……無事に済むと思ってるのか?」
やや口ごもり、アルベルトは言う。
キリは女だ。彼らに捕まった際の拷問というのが、どんなものかは想像がつく。
「あたしは強いのよ? 黙って見てなさい」
静かだが、低く力強い声。
キリは、アルベルトの右手に手をかけた。アルベルトは、なされるままに手を下ろす。
アルベルトの前に出たキリは、狙撃銃の銃口を体の横に向けていた。
そして、地面と水平になるように持ち上げ……
放り投げた。
皆の視線がそれに集まった瞬間、キリは右に踏み込んだ。
右の兵士の銃口が向くより早く、キリの拳がその腹にめり込む。
左の兵士は、銃で狙撃銃を叩き落として構え直す。だが、仲間が射線に入ったことで生まれた迷いが、引き金を引く時間を遅らせる。
その
斜めに撃ち上げられた弾丸は、キリにかすりもしない。
そして右手の一撃が脇腹を襲う。兵士はその場に膝をつくが、その首筋にキリのブーツのカカトが叩き込まれる。
「き、貴様!」
数秒前まで圧倒的優勢だったはずの男の顔は、今や色を失っていた。
腰に下げたホルスターの拳銃に手を伸ばしているが、焦りからか引き抜けない。
倒れゆく兵士には目もくれず、キリは地を蹴った。ゴヌールは、とっさに腕を交差し、顔面をかばう。
だがそれは、自分の腕でキリを隠してしまう事になる。結果、ガラ空きになったボディに、膝を叩き込まれる。
呻き、くの字に体を折り曲げたその後ろにキリは回り込む。
脇の下から強引に手を入れ、引き起こしながらの羽交い締めだ。
手をゴヌールの首の後ろで組み、ロックをかける。お陰で、身体を捻ろうが腕を振ろうが、キリの腕から逃れられない。
こうして指揮官に密着していれば、他の兵士から撃たれることもない。
「無茶苦茶だな」
アルベルトは着弾孔から顔を出し、あきれたように呟いた。
破れかぶれでキリが暴れると分かった時点で、アルベルトは穴に飛び込む準備をしていたのだ。
いくらマッチョでも、筋肉で弾は防げない。頭に当たれば死ぬ。弾が飛んでくるところでは物陰に隠れ、身を低くするのが鉄則だ。
今のでキリの強さは分かる。
すぐ逃げたとは言え、一人目の兵士に何を使ったのかは見えていた。
キリは銃を使っていた。ただし発砲はせず、握って殴りつけたのだ。
おかげで死人が出なくて済んだ。
「貴様! バース少尉とか言ったな?
早くコイツを止めろ!」
キリの横にまで歩いて来たアルベルトに、ゴヌールの絞り出すような声が届いた。
完全に制圧下に置かれても
アルベルトは、キリにもゴヌールにも加担したくはなかった。
「ねえ。そっちの基地まで行ければ、あたしは安全かなって思うんだけど」
「このまま行く気か?」
アルベルトがため息混じりに言う。ゴヌールを人質にすれば、ここを抜けるのは容易だろう。だが、後から報復人事が行われる可能性が高い。
下手すれば軍法会議だ。もう遅いかもしれないが。
「じゃあ基地の人に連絡してくれない? ハズル師に繋がったら、何とかなるはずよ」
「そんなこと、出来るはずがないだろう。
まず、プーマの人間に取り次いでもらえるとは思えない。
次に、ここには無線機がない」
「無線機? それなら、今そこまで来てる」
キリは、アゴでアルベルトの後ろの方を指し示した。
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