1-6 任務開始

 道沿いに数キロ走った頃、爆発音と銃声が聞こえ始めてきた。まだ基地内で攻防戦が繰り広げられているようだ。

 基地を突破され、移動中に会敵するというのが最悪のシナリオだったのだがそれは避けられたらしい。意外と歩兵部隊が粘ってくれていたようだ。


 基地の手前にある丘の近くでトラックを止め、準備にかかる。

 二人がかりでホロを外す。そうすると、天井のない木の柵の中に三角座りをしている格好の巨人、コンドルが姿を現す。だが。

 アルベルトはそこに予想外の者を見つけてしまった。コンドルの前で、コンドルと同じようにひざを曲げて座っている、あの自称『フィレシェット』のキリだ。


「お前、なんでここにいる?」

「敵はどこにいるの?」

「質問に答えろ!」

 アルベルトは語気を荒げた。


「手助けしようと思って来たの」

 と、キリは頬を膨らませて小銃を上げて見せた。

「結構だ。まだプーマは敵とも味方とも決まってないからな」

「そんな形式にこだわってるの? あたしは協力するって言ってるのよ。味方は多いにこしたことはないはずだけど」


「俺はお前をフィレシェットだと認めたわけじゃない。歩兵をAWVの戦場に入れても死人が増えるだけだ。ジャン、こいつを見張ってろ。暴れたら発砲も許可する」

 言って、荷台によじ登る。


「ちょっと! なんてこと言うのよ! あたしはフィレシェットで、連中はあたしを狙ってきてるのよ?」

「寝言は寝て言え。ここは俺に任せて、車から降りて大人しくしてろ」

 にじり寄ってきたキリの眼前に抗議の意味で人差し指を突きつける。


 降りようとしないキリを相手にせず、アルベルトはコンドルの左脇腹にあるハッチから乗り込む。ハンドルをひねって閉じ、内側からロックをかける。真っ暗になるコックピット。アルベルトは慌てず電源レバーを上げる。

 薄く白いモニタの明かりがコックピット内を照らす。アルベルトは操縦桿を操作しコンドルを立ち上がらせる。慌てて飛んだキリを待ってから、後ろ向きにトラックを降りた。


 モニタで確認すると、うまい具合にジャンは銃をキリに突きつけているようだ。

 キリは腰に手を当ててジャンを睨みつけている。その様子は、アルベルトからは子どもにしか見えない。


「ちゃんと見張ってろよ」

 一言入れてから外部スピーカーを切り、丘めがけてコンドルを歩かせた。

 天候は晴れ。帯状の雲が薄くある程度。風は弱く、弾道はそれほど変化しないだろう。


 丘の上にカメラを上げると、東側からの基地の様子が一望できた。

 事前に地図すらもらえないという酷い作戦ではあるが、敵の位置は把握できる。距離にして五百メートル。AWVでは接近戦の範囲になる。

 基地は大きなコンクリート製の建物が三つと、バラックが六棟ほど並んだ構造になっていたようだ。

 コンクリートの外側はほぼ残っているが、内側から黒煙を噴き出し、無力化されているように見える。一方、バラックは全滅している。


 南側は駐車場として使われていたらしい広いスペースがあり、装甲車とトラックが何台かあったようだが全滅である。黒こげであったり炎上していたり横転していたりと、使い物にならない。おそらく、真っ先に無力化されたのだろう。

 もしかすると、敵には砲兵による支援があったのかもしれない。AWVの攻撃にしては大きすぎるすり鉢状の穴が十数個、アスファルトを砕いて地上に口を開けていた。


 散発的に味方の対戦車火器が発射されるが、そのたびに機関銃や砲撃でつぶされる。もはやAWVの独壇場だった。数えてみると、情報通り五機見える。視界の中にはそれ以上確認できないが、おそらくそれで全機だろう。まさか敵の領域内で出し惜しみもするまい。


 敵は抵抗の排除に気を取られてるようだ。

 丘越しに主砲とミサイルで南側駐車場にいる二機を狙う。同時着弾を狙うため、ミサイルを先に発射し、一呼吸遅らせ主砲の発射トリガーを引いた。


 軽い反動。一秒もたたないうちに、砲弾もミサイルもAWVに命中し、炎が吹き上がる。

 ミサイルを受けた機体は転倒し、もう一機は立ったままだが動く様子を見せない。

 コックピット内まで破壊音は届かなかった。パイロットの耳に聞こえるのは、関節部モーターの駆動音か、直接コンドルの装甲に何かが当たる音ぐらいのものだ。


 反撃を恐れ、アルベルトは操縦桿を引く。コンドルは後退した。揺れるコックピットの中、アルベルトの体は不可思議な高揚感に包まれていた。一度にAWVを二機も撃破できたことで、一気にエースに近づけたのだ。

 抑えようとしても体は勝手に震えてしまう。理性は吹き飛び、興奮が体を支配していた。


 コンドルを道路上に出した。脚部モーターがうなりを上げ、コンドルは走り出す。トップスピードで丘向こうへ飛び出した。道路は所々陥没している。内蔵されたコンピュータは足の接地圧を計測し、関節の連動制御はアルベルトの思う通りにコンドルを走らせる。


 たちまち機関銃と砲撃の手荒い洗礼を受ける。アルベルトも砲で応戦するが、敵はまだ三機。手数では圧倒的に劣っている。

 アルベルトがミサイルを発射すると同時に、コックピットを衝撃が襲った。砲弾が命中したのだ。左によろめくが、転倒だけは免れる。


 だが、砲の状態を示すランプが三個一気に赤へと変わる。砲弾が誘爆しなかったのは不幸中の幸いだが、もう右腕の砲は使えない。ミサイルも誘導できなかったため外してしまった。残弾は二。敵は三機。それでも必死にアルベルトはコンドルを操っていた。


 左と右の敵二機がミサイルを発射する。アルベルトがスモークを発射したそのときだった。一番左、西側のAWVが全身の関節部から炎を吹き上げ前のめりに倒れたのは。

 アルベルトが煙幕の後ろに退いた時、白煙の端にあのシルエットが見えた。

 間違いない。進入路とは逆側、西にあのシャーマン戦車がいたのだ。

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