第五章

5-1 取り調べ

「座ってもらおうか」

 緑の制服を身につけ、バックルに★付きのベルトをつけている男は、感情のこもっていない声でそう言った。


 手を後ろに組んでおり、腕には赤くMPと書かれた腕章を巻いている。

 MPとは、憲兵のことである。


 ここは連隊司令部のある建物の一室。呼び出した相手は、来た憲兵から『マリウス=ジャリリ憲兵大尉』と聞かされている。

 アルベルトに声をかけた憲兵のすぐ横、少し古ぼけた木の机に肘をついて座っている男こそ、マリウスで間違いないだろう。


 アルベルトは、マリウスと対面となる位置に机を挟んで座る。マリウスは太い眉毛と大きな目で威圧的な雰囲気を醸し出している。

 部屋の端の机では、同じくMPの腕章をつけた兵士がノートを開けて筆記の準備をしていた。

 そして、アルベルトをここまでし、後ろで警戒する男。合計四人に取り囲まれている形だ。


「さて、今回は何の用件で呼ばれたか分かるかね?」

「いえ、分かりかねます」

 正面から目を見つめ、アルベルトはそう返答する。


「そうか。なら、いちいち説明する必要があるわけだな」

 と、マリウスは一枚の紙を取り出してアルベルトに渡す。それは、先日マルスへ出かけた際の外出許可証の写しだった。


「三日前、君はこれで基地を出た。外出時間は、おおよそ五時間。この事実に間違いはないな?」

「はい。間違いありません」

 こんなことはわざわざ確認するまでもないだろうとアルベルトは内心、舌打ちする。入出時間は記録されているのだ。立場的に、アルベルトに改ざんできるわけはない。


「で、同行者は誰だね?」

「キリ、フィレシェットです」

「そして、なぜかこの短期間でマルスへ行き、戻った。そうだな?」

「その通りです」


 ふむ、とマリウスは腕を組んだ。

 どうにもこの人物、分かりきっていることを確認しながら話を進めていくタイプの人間らしい。

 回りくどい、アルベルトが苦手とする人物だ。


「どうして君は、フィレシェットの外出を問題だと思わなかった?」

「質問の意味が分かりかねますが」

「フィレシェットに外出許可は下りなかったが、君の同行という条件で許可が出た。それを問題だと思わなかったのかということだ!」

 太い声で恫喝するかのように言うと、目を細くし、ねめつける。


「それは私ではなく、許可を出された連隊長か中隊長に言っていただけないでしょうか? 私の同行があれば、大丈夫だと判断された上でのことですし」

「しかし、少尉が一緒にいても問題を起こした。それはどう釈明する?」

「問題、とは?」

「マルスでの一件、タウンガードから情報は得ているのだ!」

 マリウスは机を叩いた。拍子に紙が浮き上がるが、アルベルトは眉一つ動かさなかった。

 書記も動じず、書き続けている。


「こちらが知らぬと思っているかもしれんが、とぼけていても通用せん。君の軍歴に傷がついてもいいのか?」

「何をおっしゃっているのか、私には分かりかねます」

 これは、キリと打ち合わせてあったことだった。


 マルスでの事件は、軍には秘密にする。でなければ、今後キリの動きに支障が出るかもしれない。

 それに、マルスで発砲事件を起こしたと知れれば即座に軍法会議が開かれるはずだ。逆説的に考えれば、こうして呼び出されただけということは、確たる証拠を得ていないということになる。なにせ、キリもアルベルトも現場に遺留品を一切、残していないのだから。


 キリの銃と弾丸、空薬莢は残っているだろうが、あれは時間が経てば消えるものだ。

 目撃証言にしてもフィリップたちが話すはずもなく、店主はガロン以外の正体を知っているはずがない。


 税収の元である商人は、タウンガードからはお目こぼしがあるのが常である。

 そして軍は、商人であるガロンやプーマのキリを逮捕できない。

 結局、ガロンさえ何も話さなければアルベルトは安心なわけである。


「スシバーの店主は、お前と小柄な人間を見たと言っている」

「スシバーとは何のことでしょうか?」

「貴様」


 あくまでも真相を話そうとしないアルベルトにマリウスは苛立ち、こつこつと机を指で叩き始める。

 おそらく、これで手詰まりだろう。あとはどれだけ拘束されるか。そう思っていたときだった。アルベルトの後ろのドアが開いたのは。


「失礼する、大尉」

「これは、グレイゴースト少佐!」

 オズマの来訪は予想外だったのだろう。マリウスは慌ててイスと机に挟まれて低い声を上げながらも、立ち上がり右手の先を伸ばし額に当てる。アルベルトも一応立ち上がり、形ばかりの敬礼をする。


「不出来な部下を引き取りに来た。身柄を僕に預けてくれるかな?」

「少佐殿。一応、査問中ですので。終わり次第、お返しいたします」

 座り直し、マリウスは引き下がらない構えを見せる。


「そうは言うけどね」

 大仰に息を吐き出しながら、オズマはアルベルトの横まで出てくると、机に左手を付き体重を預けるように前屈みになってマリウスと目線の高さを合わせる。


「これは軍の規律の問題であると同時に、プーマとの問題もはらんでいる。そのことを理解してくれないかな?」

「プーマとの、ですか?」

「そう。僕たちがこうやってモブロフと戦っていて余裕がないときに、プーマは力を貸してくれているんだ。国内でのゲリラ掃討とかの活躍、聞いてるよね? で、その一番の目玉がフィレシェットだ。これは分かるね?」


「しかし、プーマとの関係とこの問題とは切り離して考えるべきです」

「やっぱり分かってない!」

 オズマは右手も机に置き、強い口調で続ける。


「フィレシェットの行動に、僕たちは制限を設けていた。もちろん、それは必要なことだ。でも、全く外出する機会を与えないというのは問題じゃないのかな?」

「ですから、今はそのときの行動に関して査問を行っているわけで」

「プーマはそう取らないかもしれない。もし、この査問自体をフィレシェットの自由を奪うものだとプーマが判断し、協力しないと言い出したらどうなる?

 モブロフと戦う前に戦線は崩壊するよ?」


 オズマは、アルベルトからは唇で笑顔を形成しているようにしか見えない。だが、目だけは決して笑っていなかった。こういう人が一番怖い。

「せっかくがまとめてくれた同盟を、君がぶち壊したことになる。君の軍歴に傷が残ることになるよ」


 一瞬、マリウスは言葉に詰まった後、

「分かりました。引き上げてくださって結構です」

 うなるような声だった。これは絶対に腹の底では納得していないだろう。

 だが、お許しは出た。


「おじゃましたね、大尉。じゃあ行こうか」

 今度はいつも通り、笑顔の優男といった風のオズマに続きアルベルトは部屋を後にした。

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