2-2 撤収

「これまた、ひどくやられましたね」

 中佐が去った後、ジャンがのんびりとした風にそんな感想を漏らす。

 それに関してはアルベルトも同感だった。戦闘は終わったものの、被害は甚大。

 被弾箇所は右腕主砲の砲身で、根本から内側に向かって曲がっている。命中箇所は黒く焼けこげ、大きく穴が空いているのが見て取れる。これではとても発砲などできない。


 幸い、爆発によるメタルジェットは、胴体部分の装甲までは突き破れていなかった。もしそうなっていれば、アルベルトは負傷していただろうし、砲弾が誘爆していた恐れもある。改めて生と死とは紙一重の差だと、ヘルメットの位置を直しながら思う。

 ただし、自機はこの程度で済んだとはいえ……。


「ぼんやりしてていいの?」

 手を頭の後ろに組んだキリに言われ、アルベルトは我に返ってようやく動き出す。

 コンドルに駆け寄りながら左側に回ると、開放したままだったハッチからコックピットに潜り込む。

 コンドルは少々耳障りなくらい大きなモーター音を響かせながら立ち上がる。そしてトラックの後ろに回り込み、荷台に足をかけた。重心が後ろに寄り、トラックは揺らぐも転倒するような心配はない。コンドルはそのまま前に進み、足をそろえてからゆっくり腰を下ろす。開いたままのハッチから、アルベルトを吐き出した。

 荷台の上から見る風景は、未だ混乱が収まっていないことを物語る。ゴヌール中佐指揮の下、生き残った者が再編され、消火やがれきの撤去作業が始められていた。


 コンクリートで頑丈に作られていた施設は、黒い煙を吐きながら燃え続けているだけだ。しかし、バラックは全壊している。

 中には死体を集め始める者もいる。焼け焦げた、生命のかけらすらも残っていない体が、緑のビニール袋に入れられ、チャックを閉められ収納される。戦場の常とはいえ、ほぼ新兵のアルベルトは実際に目にするのは初めてだった。


 戦いに勝とうが負けようが、被害というのは出るものだ。その痛みに耐え最後まで立っていた方の勝ち。その点だけならレスリングやボクシングとなんら変わるところはないが、ルールがないということが他とは大きく異なる点だ。

 皮肉家だった戦史科教官のそんな言葉を思い出しながら、アルベルトはコンドルの四角い足近くでしゃがむ。


 コンドルの足は、きっちりと固定装置の枠内に収まっている。二つに分かれた金属の枠のようなもので、今はきっちりと締まっている。


 これはコンドルのコックピットからの操作で開閉可能になっている。

 この装置のおかげで、多少乱暴にトラックを転がしたところでコンドルが放り出されることはない。


 あとはミサイルを全弾使ってしまったため、再装填も必要になる。

 ジャンと二人がかりでミサイルを持ち上げ、ランチャーの後ろから押し込む。これを四回行い、ミサイルは使えるようになる。


 再武装の後は、深緑の布を広げて荷台にかぶせながら降り、左右の端にあるフックをトラックの側面に引っかける。

 雨が降れば布に水がたまってしまうという欠点があるが、バジルスタンにはほとんど雨は降らないので問題はない。後ろは垂らして車体後部に引っかける。これで外からコンドルが見えることはない。

 これだけの作業をやって、ようやく通常の出発準備が完了となる。


 腕時計を見たところ、針は十五時を指している。準備の時間を引いて計算すると、戦闘時間は十分ほどだったということになる。苦戦すると思いきや、かなりあっさり終わったものだとアルベルトは感心する。もっとも、その勝因がいまや問題になりつつある。それは。


「アル、もう行けるの?」

 と、いつの間にやら小銃もヘルメットも消し去り、肩まである金の髪を揺らして今にも荷台に足をかけ、乗り込みそうな勢いのキリ。

 当然ながら、このトラックは運転席と助手席の二人乗りだ。三人以上の人間が乗るとなると、荷台に回ってもらうことになっている。


 だが、それは正規の部隊員である場合だ。キリは部隊員ではないため、一人で荷台に載せるわけにはいかない。

 なにせ軍事機密の塊であるコンドルと弾薬、水、食糧、自衛用の小銃等、部外者には触って欲しくないものが無造作に置いてあるのだ。


 アルベルトはジャンを呼びとめ、自らも荷台に乗ることを告げた。

 キリは荷台に乗ると、すぐ右にある空になったミサイルの箱に背を預ける。アルベルトも荷台に上がり、幕を下ろす。コンドルが見えるとまずいからだ。


 それからキリと向かい合いになるよう、反対側の柵の前に座りヘルメットを脇に置いた。ちょうどコンドルに視界をふさがれない位置だ。

 戦闘は終わったが、座っているだけのコンドルも武人だ。この三人目が居るために荷台は狭いが、戦友なのだ。彼が広いスペースを取るのは当然の権利だ。


 キリは腕を組み、じっとアルベルトを見つめている。やはりまだ信用が置けないのだろう。

 尻の下が揺れた。エンジンがかかり、走り出したのだ。


 そんなとき、キリの迷彩服の右わき腹に裂け目を見つけた。暗くて見えにくいにも関わらず、アルベルトの目には白い肌があでやかに映った。ついつい吸いつけられるように見てしまう。


「なあ、そこ」

 どうキリに接していいかわからず、とりあえず指で服の傷を指してみる。

 キリは視線を落とし、ああ、とうなずいた。恥ずかしがるそぶりは全くなく、アルベルトの気恥ずかしさは増してしまう。


「気づかなかったわ。ありがと、アル」

 言うと。瞬く間に服の傷が小さくなっていく。もうアルベルトは驚くことはやめていた。戦車を出したり消したりできるぐらいだ。服ぐらい朝飯前なのだろう。


「便利なものだな」

「能力だけ考えればね。でも、これのせいであたしは狙われてる。モブロフにも、バジルスタンにも」

 と、キリは苦笑する。

 やっぱり信用できないかと思いながら、アルベルトは自分の髪に指を突っ込んだ。


「アルは、あたしを守ってくれるんでしょう?」

 そんな意外な声が聞こえ、つい目を丸くする。つい先程、あれだけの強さを見せたというのに、アルベルトに頼ると言うのか。


「あたしの能力って、いきなり戦車を出して周りの人を殺せる。だから怖がられることが多い。でもアル、今それを便だって言ってくれたわよね?

 それに、このロボット。これを使えるアルは、あたしを守れるだけの力がある。

 強くてあたしを怖がらない人、今までいなかった。

 ……ねえ、アル。そばに行っていい?」

「え?」


「傍は傍。いい?」

「まあ、な」

 両の青い瞳をきらめかせて顔を近づけるキリの勢いに押され、アルベルトはつい首を縦に振ってしまった。


「ありがとう」

 キリは立ち上がると、アルベルトの左横に座った。肘がくっつくような位置だ。女だが、硬い感触だった。それでも、急なことで心臓が跳ね上がる。


「ちょっと近すぎないか?」

「いいじゃない。信頼関係は大事なんだから」

「それにしてもだな」

 さらなる小言を言おうとしたとき。肩に軽い重みがかかる。キリの頭だ。同時に、柔らかい髪がほおをくすぐり、規則的な吐息の音が耳に届く。


「おい? 何、寝てるんだ?」

 揺すって起こそうとしたがやめておいた。無邪気な寝顔を見ていると、起こすのが可哀想になったから。


「……全く」

 アルベルトは小さく首を振ると、片ひざを立てた。


 アルベルトが言ったのは、能力を肯定した一言。

 「便利なもの」。それだけだ。


 これまでキリは、プーマの中でも孤立していたのだろうか。

 バジルスタン、モブロフという国家に狙われ、周りからも畏怖される対象として見られていたのだとしたら。プーマというところも、キリにとってはあまり居心地は良くなかったのかもしれない。

 もちろん、これは単なる推測に過ぎない。おそらく、キリに聞けば分かることだろうが。


 話し相手もいなくなった荷台の幕内は、退屈な環境だ。単調に揺れながら明暗の変化でしか外の様子がわからないのだから。

 やがて緊張から開放された安堵感から、アルベルトはいつの間にかまどろみ始めていた。

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