第二章

2-1 御前会議

 そこは、一面に赤いじゅうたんの敷かれた部屋だった。革靴で歩いても音がしないような深い毛のものである。

 バジルスタン王国の中でも、選ばれた者しか入室は許されていない。

 白い壁に、鉄格子のはまった窓が左右に一つずつ。テロを防ぐために防弾となっているが、日の光は差しており室内は明るい。


 そこには背もたれのある六つのイスが並び向かい合わせになっており、青い制服の軍人たちがにこやかとは言えない顔つきで座っている。間に机はない。

 部屋の奥は一段高くなっており、とある人物がイスに座る。

 目立つような調度品といえば、その人物の後ろにかかった大きな肖像画のみ。


 少し古い型の青い軍服を着、鞘に収めた剣をこの部屋のじゅうたんにつき、小太りだが胸を張って立っている人物。このバジルスタン王国初代国王、シュタール一世のものだ。

 目は高みを見ているようではあるが、この部屋の中で描かれたはずなので遠くが見えるはずもない。

 椅子に座るは、絵の人物の子孫であり現国王のロンドメット二世である。絵の人物よりも一回り小柄だが、顔には面影がある。御年、四十五。


「レベジ将軍の方策は甘い! なぜにプーマと同盟を結ばれた!?」

 叫んだのは五十代の老将軍、マシューである。王から見て右側の一番近い席で、矛先は目の前にいるレベジ将軍に向けられていた。


「プーマと同盟を結ぶことは、前回この会議で決定したはずです。少なくとも私はそう記憶しております」

 淡々と、レベジは答える。短く刈り上げられた髪に、鋭い半眼の男である。


「確かに承認はした。しかし、フィレシェットを同行させることまでは承認しておらん」

「それがプーマ側から提示された条件です。こちらに協力するという条件を飲んでもらった以上、ある程度の妥協は致し方ないでしょう。得はあれど損はない条件です」

「それが疑問だ。あれはわが軍を散々に苦しめた幻影戦車ファントム・パンツァーだ! それを同行させよという要求は、我らの寝首を掻くつもりかもしれん。危険きわまりないではないか」


 マシューは身を乗り出さんばかりに腰を浮かせ、口角泡を飛ばす。一方、レベジは膝に手を乗せたままの姿勢を保っている。

 場にいるだけの他の四人の将軍は、最初に状況説明だけを行っただけで発言を全くしていない。マシューとレベジ、どちらに付くべきかまだ見極めかねているのだ。


「逆に、我らに手札を預けたとも考えられます。今は、いつでもフィレシェットを捕らえられる状況にある。それこそプーマが恭順した証でしょう」

「なぜレベジ将軍はそこまでプーマを信用するのだ? あれは我らの敵なのだぞ!」

「マシュー閣下はプーマの危険性をことさら強調なされる。だが、プーマと敵対するよりもプーマを使ってバジルスタン革命軍を押さえさせる方が、有益なのは明らかです」


「話を逸らすな! 革命軍はやっかいだが、プーマが信用に足る相手かどうかの証明にはならん」

「過去、幾度か軍とプーマは共同戦線を張ったことがある。軍の方から協定を無視したことはあっても、プーマ側から破ったことはない。これはマシュー閣下もよくご存じのはず」

「それはプーマが信用ならんからだ!」

 血管を浮かべ、マシューが怒鳴ったときだった。

「静まりたまえ、将軍」


 ついに来た。

 低い、国民全てが知る人物の声がこの会議で初めて発せられたのだ。

 皆は背もたれに背を預け、頭を垂れる。決して尊顔を直視してはいけない。

 これから発せられる言葉が、会議の結論となる。


「この件に関しては、レベジ将軍に一任する」

 レベジは、一層深々と頭を下げた。この決定には誰も逆らうことはできない。


「全てはバジルスタンの勝利のために!」

「全てはバジルスタンの勝利のために!」

 王の声に全員が起立し、拳を作り右腕を胸の前で水平にして唱和する。これで軍の方向は決まった。

 マシューだけが血走った目で、レベジを睨んでいた。

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