ファントム・パンツァー

ボストンP

第一章

1-1 待ち伏せ

 アルベルトは狭く暗いコックピットの中にいた。シートに背を預け、黒いヘルメットを着けている。

 ヘルメットの下から覗く大きな黒い目を細め、薄く光るモニタを凝視している。モニタには、とある湿地帯が映し出されていた。


 人の背ほどある草が茂り、葉の垂れ下がり曲がりくねった不気味な木がちらほらと生えている。見通しはよく、ミサイル戦はやり易そうな地形だ。

 アルベルトの握る操縦桿からは、グローブ越しに冷たく固い感触が伝わってくる。

 大丈夫、やれると強く願いながら左手を添える。ゆっくり深呼吸すると、右手の握力が緩まった。


 アルベルト機を含む四機のAWV『コンドル』は、角張った二本の脚をかがめ身を低くして草むらに潜んでいた。胴体が三分の一ほど草の上に出るという間抜けな格好だが、立ち上がっているよりはずいぶんとマシだ。


 AWV。Armoured Walking Vehicle。直訳すれば『装甲歩行車』となる。要するに戦闘ロボットのことだ。

 人間のように手足は付いているが、形は似ても似つかない。脚部は太く角張っており、胴は人が乗り込むために丸く前に飛び出している。乗員は一人だ。


 腕は片方しかなく、存在する右腕も肘部分から先は手ではなく銃器になっている。また、主武器として両肩の横側にミサイルランチャーを装備している。顔に相当する部分はなく、三百六十度回転するドーム状の出っ張りにカメラがついているだけだ。完全に立ち上がったその最大到達高度は、四メートルにも達する。

 

 近くで初めて見上げたときは、異形の巨人のようだった。そうアルベルトは回想する。

 これから自分が乗るものだからという贔屓目ひいきめだったのかもしれないが、左右非対称のフォルム全体から発せられる力強さには圧倒された。



「ホントに来るのか、隊長さん?」

 あくび混じりなブレストの声が無線から聞こえる。軍人としては少し小柄の男だが、格闘術にかけてはバジルスタン陸軍内では一、二を争う腕前らしい。

「ブリーフィングでも説明したけど、ここ以外に考えられないだろう? もしここを外れるとすれば、プーマの根拠地のど真ん中を通ることになるからね」


 中隊長であるオズマ=グレイゴースト少佐が論理的に説く。この付近には反政府勢力・プーマが陣取っている。政府側の国境は国境警備隊が固めており、敵の脱出路はプーマの勢力圏との狭間以外にはないだろう。

 この位置なら、敵が予想通りの進路を取れば側面を抑えられるようになっている。


「そうは言ってもな。こうなんにもなけりゃ、敵より先に退屈に殺されちまうぜ」

 ブレストの皮肉に、オズマのものとおぼしき舌打ちの音が重なり、アルベルトは苦笑する。あの温厚そうなオズマですら、苛立つことがあるのだなと。

 確かに退屈する光景ではある。花も付けない草と木しかない景色というものは。しかも、それがまるで変化しないときたら。それでもアルベルトは口を挟まずにはいられなかった。


「軍人なら黙って命令を実行する。違いますか?」

「うるせぇ。優等生ぶりやがって。これだから士官学校出の少尉ってのは」

 直接の悪態が耳を打ち、アルベルトは形の良い眉をしかめる。

 戦車兵からの転向組であるブレストは、士官学校を出たばかりのアルベルトを快く思っていない節がある。口には出さないが、もう一人の隊員ビアンコも同じ思いだろう。


「お前はエースになりたいんだったな? まあがんばれや」

 エースになるとは、最初の自己紹介で言ったアルベルトの目標だ。

 それを揶揄やゆされ、腹に据えかねるものがあったが、こらえた。

 ここでもめても仕方がない。アルベルトにとって、とてつもなく大きなチャンスが訪れたのだから。

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