1-2 幻影
事の発端は、数時間前にさかのぼる。
東の隣国モブロフのAWV四機が、バジルスタンとモブロフの間にある非武装地域を突破。戦車部隊と交戦した後、どうやら退却を始めたらしい。
今度の任務は、そのAWVを待ち伏せて非武装地域に出る前に撃破すること。
飛行機を五機以上撃墜したパイロットは、トランプの切り札という意味でエースと呼ばれる。
陸軍でもこれにならい、戦車を五両撃破することでエースになることが出来る。もちろん、AWVを五機撃破することでも可能だ。
今のところ、出来たばかりといえるAWVはそれほど戦場には投入されていない。撃破数を稼ごうにも、機会が全く無いのだ。
世界初のAWVエースになること。これこそアルベルトの夢なのだ。
共同撃破でもいい。一機でも多く撃破できれば。
アルベルトの耳には自分の脈拍がうなりのように響いてくる。気を落ち着かせるため、兵装の状態を示すサブモニタに視線をやり、メインモニタに戻す。
そのとき、遠くの方――モニタの右端で、ほぼ点にしか見えないぐらい小さなオレンジを察知した。ちょうどビアンコの方向だ。
確信はなかった。だが、訓練で見た映像が今の光と重なった。
「敵襲! 三時の方向」
アルベルトは叫んでいた。
ミサイル本体はおろか噴射炎も見えていない。砲の届かない距離からの攻撃だろう。まだミサイル到達までには時間はあるはずだ。
「どこだ? 何も見えねぇぞ」
「シェルロ准尉、早くスモークを!」
アルベルトはビアンコにそう指示する。煙幕に隠れてしまえば目で追えなくなり、敵はミサイルの誘導ができなくなるからだ。ビアンコの位置から煙幕を張れば、味方全員をカバーできる。
しかし、もしアルベルトの誤認であれば、煙で敵に位置を把握されてしまうおそれがあった。部隊の目的が待ち伏せにありオズマの命令がない以上、アルベルトの指示を聞く義務はビアンコにはない。
そういう微妙な力関係が交差する間にも、ミサイルは刻一刻と近づきつつあった。
噴射炎が見えたときは、もう手遅れだった。
二発のミサイルがビアンコ機に直撃し、脚部と胴体で爆発がある。衝撃をこらえきれず、機体は横転した。
「散開!」
号令が下され、三機は立ち上がるなり散った。
「アルベルト、敵影は?」
「見えませんでした」
そう答えるしかなかった。
待ち伏せをしていて逆に奇襲を食らうとは。敵側はこちらよりも優秀な照準装置を持っているというのだろうか。
三機とも左右にランダムに動く回避運動を続ける。
「シェルロ准尉!」
アルベルトはビアンコに呼びかけるが、返答はない。無線が故障しているだけか、それとも。
そこに、再び発射炎が確認できる。
「見えた」「確認した!」
アルベルトとブレストが唱和するように叫ぶ。
見えたポイントは二カ所。その付近をズームしていくと、敵の輪郭が浮かび上がった。機体が三機見える。あともう一機は確認できない。二機だけがミサイルを撃ってきたということは、交戦で消耗してしまったからなのだろうか。
「アルベルト、前に出て先にミサイルを発射しろ。当たる直前にスモークを張って回避だ」
「了解!」
反射的に応えながら、なるほどとアルベルトは与えられた使命を理解する。要は、おとりをやれということだ。
迷っている暇はない。すぐさまミサイルを撃つ。
ミサイル誘導中の機体を破壊すれば、誘導されているミサイルはあさってのほうへ飛んで行く。ミサイルは撃った後でも目標は変えられるので、敵はアルベルト機へと攻撃を集中するだろう。そして、敵ミサイル到達直前に煙幕を張ることで、敵の誘導を妨害する。
これで被害を最小限に食い止められる。だが、アルベルトもミサイルの誘導を最後まで行うことができない。
アルベルトは悔しくてたまらなかった。
機体の横をオズマとブレストのミサイルが通過する。敵のミサイルは刻一刻と迫っているはずだ。アルベルトは横に移動しながらスモークの発射ボタンを押した。
このままでは、ミサイルは確実に命中する。
「少佐。俺の両親によろしく言っておいてください」
「おい? アルベルト!?」
ここで出来ることと言えば、機体をかがませ投影面積を小さくすることだけだ。しかし、二発のミサイルは容赦なく自機を破壊するだろう。先ほどのビアンコ機のように。
エースになるつもりが、逆に手札の一枚になるとは。
自嘲気味に笑い、衝撃に耐えようと操縦桿を強く握ったそのときだった。カメラの視界を遮るように、黒く大きな何かが現れたのは。
直後、炎が吹き上がる。敵のミサイルは命中した。
敵とアルベルトの間に立ちふさがった何かに。
アルベルトは、ようやくそれが緑に塗装された、キャタピラの付いた車両の側面であることが分かった。
「命中! 隊長のもだ!」
戦果を喜ぶブレストの声。
「アルベルト、大丈夫か?」
自分の名を呼ばれ、我に返る。機体の状態を示すコックピット正面のランプは全て緑。戦闘に支障はない。
「アルベルト、いけます」
言いながら、機体を立ち上がらせる。完全に足を伸ばしきったとき、目の前に立ちふさがるものが何であるのかはっきり分かった。
それは戦車だった。しかし新しいタイプのものではない。
M4シャーマン。第二次世界大戦時のアメリカ軍主力戦車だ。朝鮮戦争や中東戦争でも活躍したが、二十一世紀に入った今や、アフリカの貧国を探しても見つかるかどうか怪しい。戦争博物館に陳列される骨董品。それがこの戦車の価値だ。
そのシャーマン戦車がこの戦場で、それも湿地帯という戦車にとって最悪な地形に現れるとは。
しかし、幻でも幽霊でもない。こいつはわずか五メートルほどのところに存在している。
もっとも、この戦車の装甲では内部はミサイルのメタルジェットで焼き尽くされていることだろう。
命の恩人の顔を見たかったものだと思いながら、アルベルトは戦車の横に出た。
カメラは遠方に炎上する影を捕らえる。付近を拡大すると、先ほどよりも近くにAWVを二機確認できる。ミサイルを使い尽くしたため、砲戦に持ち込むつもりだろう。
危うく死にかけたことに対する恐怖と、攻撃を仕掛けてきた敵に対する怒りが混じり合いながら一気に吹き出した。
アルベルトは近くの方の敵を照準し、ミサイル発射のトリガーを引いた。ミサイルが炎を引きながら発射される。一方、敵の砲の有効射程は短い。今度は回避の必要もないだろう。
オズマとブレストも二射目を放つ。三本のミサイルが敵目指して飛んでゆく。
そのときだった。アルベルトの横にいた戦車の主砲が火を噴いたのは。
「まさか……」
アルベルトは絶句した。ミサイルを二発食らっても平然としていることなどありえないことだ。しかも、装甲の薄い側面で耐えることなど。
砲弾はミサイルを軽く追い抜き、アルベルトの狙っていたAWVに命中してしまう。
脚部に被弾した敵AWVは、脚を引きちぎられて前に転倒する。
アルベルトはやむを得ず目標を左のものへと変更する。そのため、アルベルトのものを含む三本のミサイルが一機のAWVに向かうことになる。
敵はたまらずスモークを発射する。白煙が立ち上り、敵機体を覆い尽くす。
そこにシャーマン戦車は二度目の砲撃を行った。煙幕に砲弾とミサイルが飛び込んだ。
白煙を炎が内側からオレンジに染め上げ、煙に黒煙が混じり出す。撃破した証だ。
「他に敵はいる?」
「確認できません」
「あ、同じく確認できません」
ブレストに少し遅れアルベルトも返答する。
「警戒を怠るな!」
オズマに言われるまでもなく、機体上部のカメラを左右に振り、モニタを注視する。ビアンコの二の舞はごめんだというのが皆の共通する思いであろう。
同時に、アルベルトはシャーマン戦車に対して右手の主砲を向けていた。戦場では、味方でないものは全て敵として判断しなければならない。少なくとも、バジルスタン陸軍にシャーマン戦車などない。
「ここは任せていただけますか?」
「少尉の手におえればね」
緊張の感じられる声だが、お手並み拝見とでも言いたげな含みを感じられた。
しかし、この状況下で戦車が逃げられるはずはない。
もっとも、初の戦闘となるとさすがに疲れるものだ。
いつの間にやら肩のあたりが凝り固まったようになっている。こめかみの脈が早く打ち、ヘルメットに締め付けられて息苦しくなる。アルベルトは深呼吸し息を整えてからスピーカーのスイッチを入れた。
「戦車の乗員に告ぐ。助けてもらった事には感謝する。だが、まだ味方と判断したわけではない。外に出て顔を見せてくれないか? 悪いようにはしない」
しばらく待つが、反応はない。再度警告をしようとしたそのとき。
戦車の輪郭がぼやけたような気がした。輪郭だけではない。戦車の色そのものが薄まっていき、向こうの風景が透けて見え始めてきた。
何が起きているのかわからず、呆然と消えゆく戦車を眺めることしかできなかった。
「やっぱりね」
オズマの声には落胆の色はなく、まるでこうなることを予想していたかのようだった。
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