5-6 ハンマーベア

「あたしは後から行くわ。あたしが正面から行っても意味がないもの」

「任せるよ」

 オズマは言うと、ビアンコ機と共に盛り土の左から飛び出した。アルベルトは右から、ブレスト機を連れての前進である。


 双方の榴弾砲による砲撃は一時期に比べると減っていた。前線の幅が縮まったため、味方を巻き込むことを恐れているのだろう。アルベルトが後ろを確認すると、十二両の戦車と遅れ気味に歩兵が前進を開始していた。


 彼らに与えられている任務は、中央分離を確立するために穴をこじ開けること。

 この調子だと、ハンマーベアが真価を発揮する前に戦闘が終了してしまうかもしれない。


 一発も発砲することなく敵陣近くに到達し、敵歩兵が攻撃できないでいるのを確認すると、そういう楽観論がアルベルトの頭をよぎる。そんなとき、


「まずい知らせが入ったよ」

 と、無線機からオズマの声が聞こえる。

「まずい? 一体なんです?」

「グラントの部隊が苦戦しているようだ。あ、今、全滅した」

「全滅だと!?」

 ビアンコの怒声が響く。


「待ち伏せですか?」

「いや、それだけじゃない。何か不思議なことを言っていたよ。砲弾が敵の手前で爆発したとかなんとか」


「そんな馬鹿な」

「幻覚でも見たんじゃないか?」

「そんなことはないです。あり得ます、少佐!」

 ブレストとビアンコの嘲笑を聞きながらも、アルベルトは叫ぶ。


「少尉、何か心当たりでもあるのか?」

「あたしとアルは見たことがあるわ。銃弾を目の前で止めた人間を。きっと彼の研究が使われたのよ」


「彼? ザハロフ博士か?」

「ご存知なんですか? あの博士のことを」

 陣地に突入しながらそう通信を送る。下には塹壕があるはずだが、歩幅の広いコンドルの機動には何ら問題はない。


「博士は有名だからね。アルベルトこそ見たことがありそうな口ぶりだけど?」

「はい。弾を静止させた現場に居あわせたことがあります」


「でも、その装置はAWVには搭載されていないはずよ」

「どうしてそれが分かる?」

 果敢に撃ってきた機関銃座に砲弾を叩きこんで沈黙させ、オズマは問う。


「障壁を使うには人間の精神エネルギーが必要よ。でも、パイロットのエネルギーはAWVを動かすのに使われている。でも、あれは一人乗り。

 なら、障壁装置の本体は別の場所にあると考えるのが妥当だわ」


「嬢ちゃん。その装置、離れた場所にあっても使えるっていう根拠はなんだ?」

 機関銃で掃射しながらブレストが割り込んでくる。


「あたしの幻影戦車ファントム・パンツァーも離れた場所で使えるからよ」

「なるほどね。それは理屈だ。

 でも、もしAWVに内蔵されていたらどうする?」

「その時はどのみち全滅です」

「おい、少尉殿……」

 ビアンコは苦笑しているようだ。


「十時の方向の敵戦車、射程にもうすぐ入るぞ」

 ブレストの警告で、皆の注意が一斉に左の敵戦車群へと向く。未だ十数量の戦車が現存し、砲戦を行っている。その側面に回り込めたようだ。前線を突破し、約一キロほど後ろに食い込めたことになる。


 数両の戦車がこちらへ砲を向け始めているが、砲の旋回はあきれるほど遅い。


「ミサイルを使う。先に僕とビアンコ、続けて二人。僕達が奥を、君たちは手前の目標を狙い、砲撃も行う」

「了解!」


 アルベルトが答えると同時に、左の二機から発射炎。ミサイルが戦車へ向かって伸びていく。

 それらが先頭付近の車両めがけて飛翔していることを確認し、照準を手前の戦車にずらしてから、アルベルトもミサイルを発射する。

 時間を計算し、砲の照準を別の戦車に合わせ主砲を発射する。


 ミサイルが戦車に命中したと同時に、別の戦車にも砲弾が命中し爆発する。だが、遅延して砲塔を吹き飛ばされたのは、ミサイルが命中した方の戦車だけである。


 中央カメラで確認すると、ハッチから炎が上がっているものも見られ、いくつかの車両が黒煙を吹き出し始め、砲撃が停止している。


 今ので合計して四両は確実に大破したようである。全弾命中のようだ。砲弾はさしたる戦果を上げていないが、さすがにミサイルによる長距離攻撃は戦車にとっては受難だろう。


 戦車側も反撃を試みてきたが、完全な遅れ弾となりコンドルの後方を通過した。

 これで左側にいるバジルスタンの戦車は、数で倍ほどのアドバンテージを得る。


「前にAWVが見えるぜ」

「二機、だな」

 ビアンコとブレストが相次いで言う。アルベルトも確認していたが、そのAWVには何か違和感がある。


 ズームして、その正体に気づいた。コンドルやモブロフ軍のAWVとは明らかに違う。緑基調の迷彩なのは変わらないが。

「腕が二本あります!」

「その割にはミサイルランチャーがないね」

 オズマが指摘する。


 遠距離で戦闘するスタイルのAWV戦は、微調整が出来るミサイルの方が砲よりも効果的だと習ってきた。

 また、砲というものは砲自体に重さがある。砲を二門以上積めば砲撃間隔を短くできるものの、一門当たりの携行弾数は減り、砲自身も威力も劣るものを積まざるを得ない。


 だからこそ、戦車やAWVは砲を一門しか積まないのであり、腕が砲となっているAWVは片腕なのである。

 あれが両腕に砲を積みミサイルを廃しているとなると、接近戦闘を得意としているということだろうか。


「あれがハンマーベアってやつか?」

「さあ? 機体に熊が描いてあればそうかもな」


 それにしても、二機というのはアルベルトにとっては気になる数である。あのスシバーで会った二人のパイロット、エミールとジェミナスの乗機である可能性があるからだ。


「隊長、攻撃命令を。砲しかないなら遠距離で叩きましょう!」

 ブレストがそう進言する。


 こうしている間にも、二機は徐々に詰めてくる。こちらの前進速度と合わせた相対速度はかなりのもので、すでにミサイル戦は可能な距離となっている。


 ここで対応が遅れれば、陣地制圧を進めている後続部隊にとって懸念となる。


「ビアンコ、ブレスト。ミサイルを。僕とアルベルトは砲撃を担当する」

「了解!」

 舌なめずりでもしてそうな調子の声が聞こえてくる。


 相手が同じAWVという兵器である以上、数の優位はこちらにある。もっとも、グラント中隊も同じ状態だったはずだが。


 アルベルトとオズマ機の前に出た二機がミサイルを発射する。

 ミサイルは、音速が出ているにもかかわらず砲に比べれば弾着が遅いため、いらだたしい。

 その行方を観察しながら、アルベルトは砲の照準を合わせる。


 そこでおかしなことに気づいた。砲撃というものは敵の未来位置を予想して行うのだが、あの二機はまっすぐ突っ込んでくるだけである。

 これでは、当ててくれと言っているようなものだ。

 しかし、迷っていても仕方がない。


 アルベルトはトリガーを引く。軽い反動を残し砲弾は放たれる。

 ミサイルと砲弾は狙い外さずAWVのシルエットに吸い込まれ、オレンジ色の炎を発し爆発を起こした。


「ざまあみろ、モブロフ野郎!」

「ダメだ! 二人ともスモークを!」

「何を言ってる? 命中したのを見ただろ?」

「命令だ! 二人ともスモークを発射して後退!」


 アルベルトだけではなくオズマに言われ、二人はスモークを発射する。直線的に下がるだけでは意味がないため、アルベルトは少し右寄りに下がる。

 そこに煙を引き裂いた四連の砲弾が、先ほどまで四機がいた位置を貫いて飛んでいった。


「生きてた!?」

「なんだありゃ?」

「命中してなかったんです。両方、手前で爆発したんです」


 そう答えるアルベルトだったが、先ほどオズマから情報を得ていなければ撃破したものと思いこんでいたかもしれない。

 砲弾とミサイルは爆発したが、それはAWVの装甲に当たってのことではない。それより前で当たったのだ。

 もし撃ったのが機関銃であったのなら、空中で止まるという現象を目撃できただろう。


「どうすりゃいい? 隊長さん!」

「効かないんだぞ、ミサイルが」

「でも、やるしかない」

 叫ぶビアンコとブレストに、オズマが声をかぶせる。


 グラント隊全滅の報を聞いているだけに焦るのも無理はない。だが、オズマも迷っていることだろう。まさかこの戦況で独断での撤退もできない。とは言え、戦って勝てる見込みもない。出来ると言えば時間稼ぎぐらいだが。


「ねえ、あたしにまかせてみない?」

「キリ?」

 突然割り込んできた通信に、アルベルトは思わず相手の名を呼んでいた。


「あたし今、左側を迂回してモブロフ軍の司令部近くに来たの。

 あたしの能力は、見える範囲でしか使えない。だから、障壁を作っている装置もそのロボットが見えるところ、きっと近くにあるはずよ」


「破壊を、お願いしてもいいかな?」

「ええ。その代わり、敵の注意を引いておいて。特にそのハンマーベアの二機は。

 そしたら、あたしが動きやすくなるから」


「分かった。それまで僕らが持ちこたえる。アルベルト、スモーク!」

 言われ、薄くなり始めた白煙に追加で撃ち込む。立ちこめた白煙に再び紛れる。


「三時の方向に敵戦車! 約二十両!」

 アルベルトは機械的に報告する。これで余計に状況が悪くなったと痛感する。


「よく聞け、みんな。正面のAWVへは主にビアンコとブレストに任せる。機関銃と砲で威圧しろ。無駄弾でも構わない。大体の場所に撃ち込むんだ。

 僕とアルベルトも適時、砲で援護する。基本はペアで交互にスモークで待避、ミサイルは全部、戦車に使う」

「了解」

 銘々がバラバラに返答する。命令を飲み込めた時間の差だろう。


 勝てない敵とは当たらず、弱点を突くべし。ロシアのクトゥゾフ将軍はナポレオンとの決戦を避け、冬到来でフランス軍の補給が途絶えたところで攻勢に転じた。


 勝てない場合、負けなければいい。それが最終的な勝利に結びつくのであれば。

 戦史科教官が授業をそう締めくくっていたことまで、アルベルトは思い出せた。


 キリの工作さえ成功すれば、勝てる目はある。

 それに、ハンマーベアのAWVもそう長くは戦えないはず。それ以外の戦力を潰せればこちらの勝ちだ。


 スモークが薄くなったところで、各機が一斉に火砲を開く。続けてスモークが展開される。

 弾の行方は分からない。おそらくこちらの攻撃も当たっていないだろうが、向こうも同じく外している。しかし、距離は確実に詰まっている。こちらはジグザグに動く必要があるのに対して、相手は直線でいいのだから当然である。


 その間、アルベルトは戦車にミサイルの狙いを定め発射する。

 前方に張られたスモークの濃さを気にしながら、アルベルトはミサイルの誘導を続ける。

 スモークは各機四発ずつ搭載している。二機で交互に張るので、残りは五回。


 ミサイルは問題なく戦車に突き刺さる。アルベルトのミサイルは戦車を破壊したが、誰かの放った一発は命中したものの大破には至らなかったようだ。

 後ろから来た味方戦車の砲撃も開始され、こちらも優位に立てそうだ。


 ミサイルを操り戦車を狩るコンドルは、まるで戦場を駆ける騎士のようだ。もっとも、目の前に立ちふさがるハンマーベアは、さしずめ重騎士といったところだろう。


 スモークを発射する直前、ぼんやりした輪郭めがけ牽制砲撃する。

 目の前に白煙が広がった途端、通信機から何かが瞬間的に圧搾あっさくされた不気味な音が聞こえてくる。


「被弾した!」

 ブレストの金切り声が響く。位置はアルベルトの左後方。


「損害は?」

「カメラをやられた。機銃の照準装置をメインに渡す。ちきしょう!」

 武器も移動手段もまだあるらしい。軽度の損害に安堵するものの、このままではジリ貧だ。


「隊長! このままでは……」

「任務は継続。ミサイルだ。目標、右側戦車群!」

 オズマは諦めることなく命令する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る