2-4 合流
十時ごろ。カシフ村に入った。今度は連絡をとりながらなので、検問で一時停車したものの、トラブルにはならずスムーズに進むことができた。
エンジン停止後、しばらくしてジャンが幕を開けた。
「着きました」
その言を聞くとヘルメットをかぶり直す。未だ寝ているキリの足を蹴り飛ばし、反撃が来る前に飛び降りる。
そこにはジャンと、直立して敬礼する二人の兵士がいた。
アルベルトも敬礼を返す。もっとも、相手の階級が下であるため手はすぐに戻したが。
「お待ちしておりました、バース少尉。連隊長がお待ちです」
「連隊長?」
アルベルトは怪訝に思い目を細める。連隊長はシュトレーゼン大佐。少尉のアルベルトとはかなりの階級差があり、ほとんど口を聞いた記憶がない。
「とにかく案内してくれ」
ところが、その兵士は動かない。なにやら顔を強張らせている。
「どうした?」
「あと、もう一人お連れするよう命令を受けているのですが」
「そういうことなら……」
呼びに行こうとする前に、それは現れた。
「アル! 仕返しのつもり? あたしにあんなことするなんて、いい度胸してるじゃない!」
「……アル?」
まるで珍獣でも見たかのような顔をしているような兵士たちに、アルベルトは額を指で押さえた。士官を愛称で呼ぶなど、兵士には考えられないことに違いない。
蹴りを加えようと体ごと飛んできたキリをかわし、くっつくなと念を押してから、アルベルトは兵士に案内を頼んだ。
ジャンは先に中隊と合流するらしく、いったん別れることとなる。
この村はバジルスタンの主張する国境線内ではあるが、事実上モブロフの領土だったところである。村人は避難したのだろうか。先ほどの村では村の一角を間借りしているような様子だったが、このカシフにおいては村全体を基地としている。
移動している間、周りを観察する。屋根が傾いたり壁がなかったりと、つぶされた家も多い。また、建っている家でも、弾痕のない家はほとんど見あたらない。遺体こそ見られないものの、赤黒い跡が木の壁にへばりついているのは目に入る。
また、陣地化も進められている。あちこちに兵士が土嚢を運んだり穴を掘ったりと、防備を固めている。また、対空機関銃も空を睨んで配置されている。
対空機関銃は、高空から攻撃してくる飛行機に対しては無力だ。だが、モブロフには高いところから正確に攻撃できる誘導爆弾は少なく、飛行機の絶対数も少ない。よって、低空侵入に備えるのは有効なことだ。
それを担当している兵士が銃に手をかけて離さないでいるあたり、まだ殺気立っているのだろう。
そんなことをアルベルトが考えているうちに、ある屋敷前に到着した。石積みで二階建て、茶色い屋根もしっかり健在のその家は、この村の中では大きな部類に入る。おそらく、財ある者の邸宅だったのだろう。それが今や……。
兵士が両側に立つ門を抜けると、中庭が広がる。手入れされていたであろう木が何本も左右に一直線に並んでおり、花壇には戦場に似つかわしくない大きな花が、頭を下げるように咲いていた。
アルベルトにはなんの花なのかは分からなかったし、キリに聞くのもためらわれてそのまま建物内に入る。開け放たれたままである両開きの大きなドアをくぐると、いきなり茶色く毛の長い絨毯が敷き詰められていた。
もっとも、そこは軍靴で散々に蹂躙され、あちこちに泥がこびりついていたが。
内壁は白い
アルベルトは軽く眉をしかめた。
案内役の兵士は両端にある階段のうち、左側にある階段を登っていく。
二階の廊下は壁に沿って作られており、手すりの間から一階を見下ろせる。
もちろん階を一周するような無駄はせず、兵士はその場で立ち止まり体ごと振り返る。兵士の背後には、黒く重々しい木製のドアがあった。
「ここが連隊長の執務室です」
言ってから、右に一歩移動して右手を額に当てる。中に入れるのはアルベルトとキリだけということなのだろう。
アルベルトはヘルメットを脇に抱えた。キリはと振り向くと、例によってヘルメットを消している。
目を
シュトレーゼン大佐との話はすぐに終わった。メダルコレクターと言われるほど勲章をやたらつけた大佐は、キリという戦力が自分に栄誉を与えてくれると考えているらしい。
頑張ってくれという言葉に、キリが迷惑そうにしているのが見て取れた。
アルベルトたちは北へ向かって村の中心部を進んでいたが、送るのはここまででいいと兵士を帰した。トラックが八台止まったところに、皆が集まっているのが見えたからである。
民家の前、トラックとの間のスペースに座る迷彩服の一団がアルベルトたちへと視線を向けたのが分かる。赤茶けた地面の広がるところだった。
その中にはあの太ったジャンの姿も見受けられる。
そうやって地面に腰を下ろしているのは整備や補給、トラックの運転手といった、いなくては困るが表舞台に立たない裏方の者たちだ。AWV中隊において、パイロットと違い彼らは兵士である。
パイロットたちは、立ってアルベルトたちを待っていた。見覚えのある二つの顔、オズマとブレストである。近づくにつれ、神妙な面持ちでいることが分かる。
オズマの隣、皆には横顔を見せる形で立つ。
「アルベルト=バース少尉、本時間をもって中隊に合流します」
「許可する」
「ありがとうございます、少佐。ところで、これで全員でしょうか?」
敬礼を解き、アルベルトは言う。
「そう。君も入れて三名だよ」
「了解です」
アルベルトは肩を落としそうになるがなんとかこらえる。
本来、AWV中隊は四機で一個中隊をなす。輸送トラックが各一両ずつとその他人員を含めて三十五名。これが定数だ。しかし、正面戦力であるパイロットが一人欠けているのは重大な問題である。
もう一つ、第一中隊であるグラント中隊は温存されているはずなのだが。
「僕もレベジ将軍には言ってあるんだけどね」
オズマは鼻から強めに息を出す。ため息の代わりだろう。
バジルスタンはそれほど裕福な国ではない。だからこそ、はっきりした戦績もない高価なAWVよりも、値崩れしている戦車をたくさん買いそろえた方がいい。そう考える者も軍内部には多数存在する。実際、戦車の購入もAWVの購入と並行して行われている。
そういった逆風の中で新設されたのが、このグレイゴースト中隊を含む数個の中隊だ。AWVは未だ真価を認められてはおらず、試験的に導入しているという段階である。だが、有効性は徐々に認められつつある。
平時ならビアンコの復帰を待つのも一つの手だが、今は非常時だ。こういうときにパイロットの予備を準備できなくては、力を十二分には発揮できない。
「少尉。お客さんをみんなに隠すつもりかな?」
「そうですね……キリ」
言うと、キリはアルベルトの後ろで座っている面々に正面を向ける。演出を狙ってのことかは分からないが、ヘルメットを外して金の髪をたなびかせる。
そのままキリは腰の位置でヘルメットを抱え、足を少し開いて座っている面々を見渡す。それだけで、声に出してはいないが皆の気色が変わったとアルベルトには感じられた。
アルベルトを挟んでオズマの向こうにいるブレストの方からも、つばを飲むような音が聞こえた。
ずっと男だけで過ごしていた集団に女が来ると言うことは、それだけの意味があるのだ。それがどれほど色気がなく、子どもっぽかったとしても。
アルベルトは、ねめつけるようなキリへの視線に自然と眉が寄った。一人一人を睨みつけていったが、目線が交わることはなかった。
キリが女だと分かっていたオズマとジャンだけが、事を冷静に、というより薄ら笑いのようなものを浮かべて観察していた。
「プーマから来た、キリ=フィレシェット。しばらくこの部隊にやっかいになるわ。
よろしく」
にこりともしないキリに対し、兵士たちの間に先ほどとは違う気色の変化が起こる。
フィレシェット。
この名前には、それだけのインパクトがあったということだ。
キリに向けられる目が、異性を見るという色に敵を見るような色が半分混じったような感じになる。
もちろん、プーマと言えば今まで戦ってきた相手でもある。どうしたものかとアルベルトが目を左右にやっていると。
「みんなよく聞いてくれ」
と、オズマがグローブを外して手を三回、叩く。
「この中隊は今までプーマと当たったことはない。それは皆も知っているな?」
兵士の顔を見渡してから、オズマはある一点に目を止める。
「モーグ。
確か、君は運転中に車爆弾にやられたことがあったね?」
「はい」
鋭い目つきだった者が、いきなり名を呼ばれ姿勢をただして高い声を出す。
「でも、やった組織はプーマではない。違ったかな?」
「そうです」
うなずいてからオズマは続ける。
「ゴードン。君が前の部隊にいたとき、戦っていた相手はどこだった?」
「えっと、主にバジルスタン革命軍でした」
年の若い、ニキビの跡のまだ残る碧眼の兵士が答える。
「そう。一番大きくて野蛮で、やっかいなテロ組織だ。恨みのある諸君も多いだろう」
何名かの者の顔が、醜くゆがむのが分かる。
名前を聞くだけでも不快。それが、この国に普通に生きる者の共通認識だろう。当の革命軍の者を除けば。
「我々は確かにプーマと戦っていた。しかし、五年ほど前を思い出して欲しい。あの時はまだ、プーマとなんて戦っていなかった。
だがモブロフはどうだ? あれは百年の敵だ。そして革命軍。あれはウジ虫だ。
こいつらを退治するため、一番穏健なプーマと手を組むことを決めたわけだ。
そしたらこうして強力な、可愛いお嬢さんまで来てくれた。
もしかするとそのうち、一個大隊規模の女性兵士が来てくれるかもしれない」
オズマの言いように、低い、どちらかといえば
中には靴を鳴らせたり、膝を揺すったり叩いたり、指笛を吹いたりする者までいる。
曲げた両腕の手のひらを上下させることで、オズマはそれらを静める。
「そういうわけだ。このグレイゴースト中隊は君を歓迎するよ。よろしく」
と、手を差し出すものの。
キリはアルベルトの横に並び、体をオズマの方へ向けるだけでオズマの手を見つめるのみ。
笑みを浮かべているオズマの顔が、少し右に傾く。
「どうしたのかな?」
オズマの問いに、キリは目だけをアルベルトに向け、
「アル。あたしはまだ、この人を紹介されてない」
その言葉に、静まっていた場にまた喧騒が戻る。
中隊長であるオズマを『この人』呼ばわりしたことと、アルベルトを愛称で呼んだこと。この二つが原因だろう。
アルだと、という声がアルベルトの耳にも届く。
キリの細い体では盾になりきれず、射るような視線が突き刺さるのをアルベルトは感じていた。
「これは失敬。僕はオズマ=グレイゴースト少佐。こっちはブレスト=アムスタッツ准尉だ。改めてよろしく」
「じゃあ、オズマさん。よろしく」
腰に当てられていたキリの手が前に行く。いつものように右手のグローブは消えているが、誰も気にする者はいないようだ。
おそらく、今の兵士たちの興味は二つに絞られるだろう。
一つは、
そしてもう一つは、アルベルトとキリができているかどうか。
後者に関しては完全なる誤解であるのだが、それをどうやって解くべきなのだろう。
キリと交わした握手で、嫉妬の視線の三分の一程度はオズマへ向かってくれたのだが、キリはこれから頭痛の種になりそうだとアルベルトは額を押さえた。
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