3-4 掃討
M3クロケット。モブロフが保有しているAWVの正式名称である。
バジルスタンのコンドルと同じく左腕がなく、右腕が銃砲となっている。基本性能もほぼ変わりない。形にしても、胴体部分がやや角張っているというぐらいで、ドーム状のカメラ部分といった部分は似たような形をしている。
拡張武装が搭載できるのも同じで、このクロケットは肩部に三十五ミリ機関砲を二門、搭載している。
ただ、脚部は若干クロケットの方が太いだろうか。コックピットが狭いのはAWVの仕様上、仕方のないことである。
このクロケットの胸部には、自分の身長ほどもあるハンマーを担いだクマの絵が描かれている。戦場に似つかわしくない笑みを浮かべるこの黄色いクマこそ、この部隊『ハンマーベア』の部隊マークである。
クロケットは二機並び、闇の中で木立に伏せて隠れながら作戦の開始を今か今かと待ちかねている。周りに茂る木は五メートルを越えるものも多くあり、クロケットを隠すには十分だった。
ハンマーベアに与えられた任務は、町に侵入したゲリラを排除することである。しかし、口で言うほど簡単な任務ではない。
街灯に照らされる、町の中心部にある三階建てのコンクリート建造物。攻撃準備地点のある丘は町から離れているが、そこからでも十分、目につく。周りは階数の少ない木造造りの建物が主であるからだ。
この高い建造物こそ、役所兼警察署でありモブロフ政権支配の象徴である。ただし、それはほんの半日ほど前までの話だ。
トラックに乗ったゲリラたちが、白昼堂々と警察署を襲い占拠してしまったからである。
ゲリラたちは何らかの要求をしたのだろうが、末端の部隊であるハンマーベアにまで知らされることはなかった。そもそも、テロリストとは交渉しないというのが政府の方針である。
警察署は問答無用で吹っ飛ばして良い。問題は周りの居住区だ。
この状況では、住民の中にもかなりの協力者がいると考えなければならない。しかし、全員が敵性住民であるとも断定はできない。反政府感情を高めないためにも、ゲリラと区別して攻撃することが求められていた。
そのため、敵に攻撃させてから反撃することが通達されている。かなり無理な命令だ。
それに、こういう場合は路地などを細かく探索しながらの前進となるため、歩兵との共同作業になるはずである。それをAWV二機のみに任せるというのは常識から外れている。
「エミール君、ジェミナス君。準備はいいですか?」
「ボス。本当にうまくいくんでしょうか?」
「このままだったら死ぬぞ、俺ら」
「大丈夫。私の新発明を信じてください」
男は笑った。戦場で目立つ白衣その男は、エミールとジェミナスと呼びかけた二人と違い機外にいる。
半径が人の身長ほどもある白く巨大なパラポラアンテナのようなものに手をかけ、後ろから二機のクロケットを眺める位置に密っていた。
「万に一つもないでしょうが、失敗したらすぐに逃げ戻ってきてください。始末書は私が書きますから」
「始末書ですめば……」
「了解です、ボス!」
怒声をエミールが遮る。そろそろ作戦開始時刻である。もめていて開始を遅らせるわけにはいかないのだ。
一番近い夏まで、二キロ弱。そこから先にある家屋の窓は、全て攻撃候補としなければならない。
事前にルートは二人の頭に入っている。袋小路に迷い込むと周りから集中砲火を浴びることになるのだから。
ただし、障害があればルート変更もありうる。
「作戦開始!」
エミールが号令を発する。
一応、白衣の男は参謀という形で部隊に入っている。形式的にはエミールがハンマーベアの隊長であり、指示は受けるが戦闘指揮をするのは彼女の役目だ。
二機は坂を下るように山林を進む。木の間をすり抜けるなどAWVには造作もない。そして森が消えるところ、町から数百メートルの位置にいきなり飛び出した。町からは丸見えである。
まず試すべきは最短ルート。問題は、狭い路地では機動力を生かしきれないこと。
機銃弾はいきなり来た。もっとも、命中したところでAWVの脅威とはならない。全速機動中はかすりすらしない。
火点は三ヵ所。二軒の木造家屋の窓からであり、一軒には二ヶ所ある。エミール機のコックピット内のモニタは赤外線モードの緑色。その視界の中、射手の位置ははっきり分かる。
エミールが機銃を応射し火点を沈黙させる。ジェミナスは三十五ミリで建物の一部を損壊させた。
障害を排除し、ジェミナス機を先頭に第一の路地に入る。幸いなことに、そこでの襲撃はなかった。
町の中央を通る二車線の道路にぶつかった時のこと。
ジェミナス機の足元、前方の家を囲う木塀の隙間から発射炎が見えた。エミール機の機銃が発射点にたたき込まれるが、時すでに遅し。一瞬でジェミナス機の上部はロケットの爆炎に包み込まれた。
エミールの悲鳴に似たような声はジェミナスにも聞こえた。足元の発射炎にも気付いていた。避ける暇はなく、深刻な被害を受けたものだと思っていた。
だが、機体の状態を示すランプは全て緑。意識がどこかへ飛んでいたのは一瞬のこと。すぐさまロケット弾の発射地点へ機銃弾を叩きこんだ。
「こちらジェミナス。なんとか生きてる。何があった?」
「私からは何も」
戸惑っているようなエミールの声をかき消すように男の笑い声が聞こえ、ジェミナスは舌打ちした。これも博士の新兵器によるものなのだろうか。
もし対戦車火器がすべて無力であるなら、AWVに恐れるものは何もない。
正面からミサイルが飛んでくるのが確認できた。エミールからはスモークを使って回避するよう指示があるが、ジェミナスは無視する。
恐怖心よりも力の正体を見極めてやろうという狂った好奇心が勝り、真円に見えるミサイルが近づいてくるのを直視していた。
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