第7話 純粋な気持ち


 殺してやりたい。

 殺してやりたい。

 殺してやりたい。

 殺してやりたい。


 でも、ユウキが駄目って言った。


 だから私は我慢する。ユウキに嫌われたくないから。

 それに、ユウキは私と一緒にいてくれる。

 あんなむかつく女のことなんて、ユウキが頭を撫でてくれれば、すぐに忘れられる。

 忘れられる。

 ……はずなのに。


 

 ――私が王者になったら、付き人になってくれますか?


 

 ユウキは私の付き人だ。私と一緒にいてくれるんだ。

 じゃないとやだ。ユウキが私以外の人の頭を撫でるなんて許せない。

 もっと頑張らなきゃ。

 頑張れば、ユウキは褒めてくれる。

 はじめてここで戦った後も、ユウキは私のことを褒めてくれた。

 あのときの心地よさは、私の全てを壊してしまった。

 ユウキが私のことを起こしてくれる。

 ユウキが私の食事を手伝ってくれる。

 ユウキが私に笑顔を向けてくれる。

 ユウキが私の頭を撫でてくれる、

 ユウキがユウキがユウキがユウキがユウキがユウキが――


 ユウキが、私のぜんぶ。


 だから、ユウキがいなくならないように。

 いっしょうけんめい、殺さなきゃ。


 

「――白。そろそろ出番ですよ」

「ん。いってくる」


 

 だから、頑張った私の頭を撫でてね、ユウキ。


 


 


 今日の相手は、小柄な男だった。

 今まで色んな相手を殺してきたが、男で私と同じくらいの体格の奴は初めてだ。

 名前は、ディジー・アランチャンというらしい。

 二つ名は“手品師”。

 会場入りしてからの、体の動きを見る限り、速さや技術で攻撃してくるタイプだろう。

 司会のよくわからない口上が長々と続き、ついつい眠りそうになってしまう。

 でも、以前居眠りしたらユウキに怒られてしまったので、何とか寝ないように目を凝らす。

 相手は、睨まれていると思ったのか、変な顔でにらみ返してきた。

 ……なんでこんな奴と睨めっこしなければならないのか。

 ユウキの顔を見たい。

 試合を早く終わらせなければ。


 ようやく、試合が始まった。

 いつもの通り、相手に近づく。

 ……しかし。


『おっと! 手品師、いきなり距離を取ったーっ!』


 司会の声が響く。

 試合が始まってすぐに、ディジーって人は後ろに跳んでいた。

 その様子を見て、少し立ち止まり用心する。


 別に、試合が始まってすぐに距離を取るのはよくあることだ。

 そんなことでいちいち警戒したりはしない。

 ――だけど、この人は、少しばかり策を弄してきた。


 ただの力任せな人はとても楽なのだが。

 変則的な人は、少し手こずるから嫌い。

 早くユウキのところに帰りたいのに……。

 こいつ、むかつく。

 むかつく。

 ……でも。

 いちばんむかつくのは、やっぱりあの女。


 

 なんで、あんな奴が、ユウキと仲良さそうに話していたんだろう。

 ユウキはわたしのなのに。

 話し相手なら、私がいくらでもなってあげるのに。

 難しい話は苦手だけど、ユウキの話なら聞いても眠くならないから大丈夫。

 私は、ユウキのためなら何でもできる。

 ユウキが褒めてくれるなら、皇帝陛下だって殺してみせる。

 だから、ユウキ。

 私だけを、見て。


 

 相手は、距離を取りつつ私の周りをぐるぐると回っている。

 そのリズムは独特で、じっと見ていると目眩がする。

 右足と左足の速さを、交互に変えながら歩いている。

 その変化の仕方は一定ではなく、一歩一歩で進む距離も速度も違うため、注視すればするほど疲れてしまう。

 相手を幻惑させて、疲れたところで仕留める戦法――と、普通の人なら思うのだろう。


 違う。


 歩く速度を独特にして、相手に足を注目させて。

 その後ろで、手に砂を握っている。

 掴んだのは、最初、派手に後ろに跳んだときだろうか。

 それに気付かせないための、変な歩き方。

 別の部分に相手の注意を向けて、その隙に他のことを仕込む、か。


 確かに、手品師だ。普通の人なら、引っかかっていたかもしれない。

 だけど――私は、そういうのには引っかからない。

 全部、わかってしまうから。


 相手の動きが、全部。


 それが、私の強さの秘密。

 本当は秘密でも何でもないが、ユウキが秘密にしておけって言ってるから、秘密。


 

 相手が、独特なリズムで飛びかかってきた。

 先程までの回っていたときとは、別の動きで。

 でも、それにも惑わされない。

 手足の動きだけではなく、肩やお腹、股間の動きなどを観察していれば。

 相手がどう動くのかなんて、すぐにわかる。


 振り回すような、右手の一撃。

 それと同時に、左手で砂を投げる準備。

 しゃがんで避けたら、顔に砂を浴びせられる。

 ざらざらするのは嫌いだから、そのまま、向かってきた腕に手を伸ばす。


 ぶち。


 向かってくる動きを微妙に逸らし、その後一気に力を込める。

 それだけで、相手の腕は千切れ飛んだ。

 力の流れさえ掴めていれば、こんなこと、難しいことでも何でもない。


 ああ、この人も。

 千切れちゃった自分の腕を見て、呆然としてる。


 ――あの女にも、こんな表情をさせてみたい。


 さっきも、そうしようと思ったのに。

 ユウキに止められてしまった。

 ずるい。ユウキに止められたら、私は何もできなくなる。


 止められなかったら、私は確実にあの女を殺していた。

 ユウキはそれを止めたのだ。

 あの女が殺されないように。傷つかないように。


 私は怪我したことなんてないが。

 もし、試合で怪我したりしたら、ユウキは私のことをもっと構ってくれるのだろうか。

 もし、私が危なくなったら、あんな風に、ユウキは守ってくれるのだろうか。


 

 そんなことを考えていたら。


 

「あああああああああああああああああああっっっ!!!」


 相手の悲鳴のような叫び声に。


 ごきり、と。


 右腕を、蹴られていた。

 破れかぶれで放たれた一撃。

 それが、運悪く、肘の脆い部分に、嫌な角度で入っていた。


 激痛と共に。

 右腕が、動かなくなった。


 痛い。

 でも、それだけだ。

 右腕が動かなくても、左腕が動くから、充分。

 こんな痛みより。


 負けて、ユウキを失うことの方が、きっと痛い。


 続けざまに放たれた左拳を、前に出て受け、そのまま押し込み肩を破壊。

 ついでに捻って、力を込める。

 肩から先が、ぶちりと千切れた。

 そのまま、こちらの左手に残った相手の左手で、腹や顎を何度も殴る。

 意識がなくなったのを確認してから――眼窩に指を突っ込んで、そのまま首を真後ろにへし折った。

 相手の口から、鮮血が吹かれる。

 それを浴びながら、私は勝利の宣言を聞いた。


 今日も、勝った。

 ユウキに、褒めてもらえる。


 


 


 


 布団の中。

 心地よい暖かさが、隣にある。


 ――怪我をして控え室に戻ったとき。

 ユウキは、凄く驚いた。

 通路であの女と話したことなんて、頭の中から吹っ飛んだようで、とにかく私を気にかけてくれた。

 頭を何度も撫でてくれて、食事もユウキが直接口に運んでくれた。

 凄く嬉しかった。

 だから、少しわがままを言ってみた。


「一緒に寝たい」と


 最初は渋っていたユウキだったが、左手で服の裾を握りしめ、じっと見つめたら、了承してくれた。

 今は、ユウキが、隣で寝ている。

 ユウキは優しい。きっと、怪我した私を気遣ってくれたのだ。


 

 ――貴女は、ユウキさんに見捨てられたんですよ。


 

 ユウキが私のことを捨てるはず、ない。

 私が王者である限り、ユウキはずっと側にいてくれる。

 あんな女のところには、行かない。

 でも……。

 私が、王者じゃなかったら。

 ユウキは、優しく、してくれないのかな?


 

 ――私は、囚人闘技場王者の付き人です。


 

 怖いことを考えてしまい、一気に体が冷たくなった。

 暖かさを求めて、ユウキの腕にしがみつく。

 ユウキの腕、あったかい。

 この熱を分けてもらおうと、体をユウキに押しつけた。


 


 


 ユウキに頭を撫でられたり、ユウキにくっついたりしたときは、とても気持ちいいのだから。

 一緒に眠ることができれば、きっと、凄く気持ちよく眠れるはずだと思っていた。


 でも、何かおかしかった。


 ユウキが側にいて、凄く嬉しい。

 血流も良くなって、全身が温かい。

 ポカポカした、いい気持ちなのは間違いない。


 でも、眠れそうにない。


 何故だろう。

 胸の内側が別の生き物のように暴れ回っている。

 お腹の奥が熱くなり、同時にとても切なくなった。

 いつの間にか、息が荒れていた。湿り気を帯びて、はあはあと音を立てて呼吸している。

 熱い。熱い。体が熱い。

 我慢できなくて、身をよじった。


 瞬間。


 ユウキの腕が、足と足の間に擦りつけられ。

 全身に、電流が走った。


「――ッ!!?」


 びくん、と痙攣してしまう。

 今のは何なのだろうか。痛くもなければ苦しくもない。

 ただ、純粋に、凄かった。

 嫌なものではない。むしろ、とても心地いいものだった。

 わからない。わからないけど、もう一度、同じことをしてみた。


 

 ユウキの腕を足で挟む。

 そしてそのまま腰を動かす。


「ふあっ!? ……んふうっ!」


 思わず大きい声が出てしまい、慌ててシーツにかじりつく。

 大きい声を出してしまったら、ユウキが起きてしまう。

 ユウキはぐっすり眠っているのだ。それを起こしてしまったら気分を害してしまうに違いない。


 だから、これは、こっそりやらなければ。


 胸を締め上げられるような切なさと、火を噴きそうな熱さが、思考をどんどん奪っていく。

 腰をくいくいと動かして、ユウキの手首に、熱い部分を擦りつける。

 あまりの熱さに汗をかいたか、下着がぬちゃぬちゃと濡れていた。

 声を抑えて、だけど動きは緩めずに。

 そして。


「――ふぁぅっ!?」


 稲妻でも落ちたかのように。

 思考は真っ白に染まり、何も考えられなくなる。


 その後は、よく覚えてない。

 ただ、ぐっすり眠れたのは間違いなかった。


 

 

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