最終話 血塗れ竜と食人姫



 

「――こりゃあ即死ですね。打ち所が悪かったか、頸椎が砕けちゃってます。

 ……ほら、ぶよぶよになってる。後頭部から拙い角度で落とされたんだろうなあ」


「マジかよ……。公爵殺しの下手人が、こんなとこで死んでるとはなあ」


「やっぱり殺ったのは血塗れ竜ですかね」


「だろうな。銀の甲冑殺せる人間なんて、コイツ以外ありえないだろ」


「その血塗れ竜も、すぐ近くで……これ死んでますよね?

 実は生きてて襲いかかってくるなんてないですよね?」


「馬鹿、恐怖演劇じゃあるまいし、んなことねえだろ。

 内臓こぼしてあの出血じゃ、怪物だって助からねえよ」


「こっちには食人姫もいますよ。

 まあ、こいつの部屋だから当然っちゃあ当然か。

 うわ、凄い出血。こっちも死んでますね。背中とがグロいなあ……」


「……これは、誰だ? 知らない奴の生首が転がってるが」


「どっかで見たことある気もしますが……うお!?

 こっちにはバラバラ死体!? ここは何処の精肉場かっての……うっぷ」


「……いったい、ここで何が起こったんだか……」


「しかし、ユウキも可哀相でしたね。あいつ、まだ若いのに」


「一応救護隊が運んでいったが……まあ、無理だろうな」


「やっぱり、血塗れ竜とかに殺されたんですかね? ――畜生。このやろう!」


「やめろ、死体を蹴るんじゃねえよ」


「……でも」


「まあ、気持ちはわからなくもないがな。だけどよ、多分――」


「――やったのは、血塗れ竜じゃねえよ」


「でも他に、監視員を殺すような奴なんて……」


「おそらく、ここでは俺たちには理解できないことが起こったんだよ。

 コイツらにとっては、多分大事なことで、でも俺らにはわからないことがよ」


「…………」


「ユウキの死に顔、見たか?

 両腕なくして、脇腹刺されて、顔はズタズタで、……だけど、笑ってたじゃねえか。

 きっと、幸せな夢でも見てたんだろうよ。

 そんな夢を見られるようなことが、きっとここであったんだよ」


「……血塗れ竜も、苦しそうな顔、してませんよね。

 こいつの顔、いつも無表情だからよくわからないけど……これって、笑ってるんですかね」


「見ろよ、食人姫もだ。凄く嬉しそうな顔しやがって……。

 他の連中は、皆が皆、苦しそうな顔で逝ってるってのに、

 ユウキと、血塗れ竜と食人姫だけは、幸せそうな顔、してやがる」


「そういえば、ユウキと……血塗れ竜や食人姫が、仲良くしてるって噂。

 あれって本当だったんですかね……?

 だとしたら、ユウキは、こいつらに関わりさえしなければ……!」


「んなこたねえだろ。ユウキはお人好しだからな、何があっても自分から関わってただろうよ。

 それにお前、ユウキたちのことを不幸だと思ってるのなら、お門違いだろ」


「え?」


「ユウキと、血塗れ竜と食人姫。

 この3人は、殺されたとは思えないくらい、幸せそうな顔で逝ってるだろ?

 ――てことはよ、多分、コイツらは勝ったんだよ」


「勝った? 誰にですか?」


「――さあな。

 そこらに転がる連中か。

 それとも下の階でくたばってる公爵か。

 もしくは、くそったれな現実か。

 何かしらに、勝ったんだろうよ」


「勝ったっていっても……死んじゃったら意味ないと思いますけど

 それに、勝って死ぬなんて、なんか、現実逃避みたいですし……」


「――現実逃避の何がいけないんだよ。

 それで幸せになれるんなら、安いもんじゃねえのか」


「え、でも」


「いけないのは、現実逃避して不幸になることだ。

 やることやらずに不幸になるのは自業自得。

 ――でもよ、逃れられない現実から逃げ切ったのなら、それはそれで、いいんじゃねえのか?」


「…………」


「ま、俺は死ぬのはゴメンだけどな。

 コイツらにはコイツらの現実ってもんがあって、俺には俺の現実がある、と。

 そういうことだよ。難しく考えすぎるな」


「難しくしたのは先輩じゃないですか……」


「まあそう言うなって。

 とりあえずさっさと報告書まとめて、ここの掃除しちまおうぜ。

 肉が腐る前にやっておかないと、後で悲惨になるぞ」


「はーい……」


 


「…………。

 血塗れ竜と食人姫、か。

 どう考えても幸せになれないような娘どもだと思ってたが。

 こんな顔で死ねるとはねえ……。

 なあ、おい、ユウキ、お前のおかげなのか?

 だったら凄いよな、お前は。


 ――血塗れ竜と食人姫を、幸せにしてやったんだからよ」

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