第17話 捜査3日目

捜査3日目、日曜日の朝。

僕はなんとなく学校に足を運ぶと、生気なく校内をうろついていた。

ひょっとすれば誰かに出会えるかもしれないという消極的な希望を抱いて。


当然と言えば当然、僕の心を慰めてくれる誰かに出会うことはなかった。


「あら、マコマコ君。ごきげんよう」


麗らかな声が僕を引き留める。

砂漠に咲く、一輪の黒ユリこと風吹早苗ふぶきさなえ先輩である。


「止めてくださいよ、マコマコってなんなんですか」


「あら、この前お友達がそう呼んでいたじゃない」


「聞いてたんですか、いや、ええ、まあ」


いつものつれない先輩とは違って、今日は随分とフレンドリーに僕と会話をしてくれる。

これはもしかしてチャンスでは!?


「先輩、もしかして僕に興味がありませすか。もちろん異性としてですよ」


「ふふふ。なにそれ。残念ですけど私は遠慮しておくわ」


 僕の味覚に何の反応もない。真実だった。


「それは遠慮しているのではなく、異性としての僕に興味がないということですか」


念を押してみる。


「はい、そうです」

 

 僕の味覚に何の反応もない。紛れもない真実だった。


「なるほど。あの可愛らしい女の子に何か言われたのかしら。それでマコマコ君は自身を取り戻したいという訳ね」


いや、別にそういう訳じゃないんだけどさ。


「それよりも、マコマコ君。綾瀬君どこにいるか知らないかしら。昨日から姿が見えないのよ」


それよりもの一言でかたずけられてしまった。

そうか、綾瀬先輩を探しているだけなんだ。


「綾瀬先輩を探しているのは僕も同じですよ。もし見かけたら、よろしくお伝えください」


「そうなの、残念だわ。ハァ仕事が溜まって忙しいというのに、全部私に押し付けていなくなるなんて、綾瀬君には困ったもんだわ」


 風吹先輩は遠い空を眺めてため息をついた。


「生徒会のメンバーって皆さん、土日も仕事をしているんですか」


「ええ」


僕の口の中にすりつぶした野草のような味が広がる。

なぜか先輩は僕に嘘をついた。


「あ、え……」


 僕は何か言おうとしたが、先輩は生徒会室へと姿を消してしまった。

ひょっとしたら彼女一人で残っているのか。


 僕は水曜会、綾瀬棗を中心とする人間関係の中でしか綾瀬先輩を知らない。しかし、生徒会での綾瀬先輩があり、3年A組の中での綾瀬先輩もまた存在するのだ。

こうして消えてしまった綾瀬先輩は、僕たちだけでなくすべてのコミュニティから消えてしまっているのだ。


 誰かがこの事件を終わらせなければ、ならないのだろう。

 

 僕は居ても立ってもいられない焦燥感に駆られ、校舎から飛び出さざるを得なかった。


                 ◇


 昨日と変わらず街には、ガラの悪い若者がたむろしていた。

 剣呑な空気はそのままだったが、幾分か若者たちも大人しくなっている。

 僕が目的の男を見つけるのは難しくなった。

 彼らはすっかり街の風景に溶け込んでいたが、それ故にかえって彼らを探す僕の目には明らかだったのだ。

 無貌の男というべきか。

 彼には顔が無かった。

 一つ一つのパーツは確かに存在しているが、その全体はどうにも曖昧なのだ。

 彼らこそ猟犬だった。

 野槌の雇ったプロ。あの人形屋という男の部下だ。


「あの……」


「君は、逢坂真君だね」


男は誰でもない声で尋ねた。

僕のこともしっかりインプットされている。上々だ。


「まさか君の方から接触してくるとはね。我々はいかなる交渉にも応じる準備がある。さっそく君の話を聞かせてもらおうかな」


そう言いながら、男は手を回し僕を近くの喫茶店の方へと誘導する。

接触して見て分かった。

僕はこの男が苦手だ。

あの人形屋の部下だから魔術師かと思ったがおそらくそうではない。

僕の予想が正しければ、おそらくこの男こそが人形なのだ。

仕組みは分からない。この男は人形屋の命令に只従う存在なのだろう。


きっと、嘘をつく意志さえない……


コイツ相手では僕はただの高校生だ。


コイツを狙うか。それとも上の人形屋を狙うか。


僕は足りない最後のピースを求めて、すべての情報が集う一点を攻めることにした。

3つの事件の情報は、警察にあるはずだ。

だけど、僕らにはコネも何もない。

海野先輩の能力でも、文書化された情報にはアクセスできないし。

でも、おそらく警察に集まるすべての情報と、警察さえ掴んでいない情報を握っている人物がいる。

それがギルドから派遣されたプロフェッショナルだ。


「綾瀬先輩に何かあったのは間違いないと思うんです」


僕は、野槌の父親が綾瀬先輩を探していることを人伝に聞いたという説明をした。

彼らに対してもフェアであるべきかはさておき、嘘ではないだろう。


「君は私たちの知りたい情報を提供する、私たちは君に謝礼を払う、君はすべて忘れる。簡単なことだろう」


向かいの席に座った男はそう提案する。

僕から情報を買おういう態度をとっている。

だが、同時に僕自身に対する疑いを持っていることは素人の僕にだって分かる。


「昨日から綾瀬先輩が姿を消しているんです。生徒会のメンバーが探しているのを聞いたんです」


「なるほどね。だが、その程度の情報は我々にとっては価値はないと言わざるを得ないね」


男は僕が提供した断片的な情報に興味を示さなかった。まあそれはそうだろう。

僕だって、先輩が今どうしているかなんて見当もつかない。


「むしろ、僕は君の立場について興味があるね。誰から私の話を聞いたんだ。具体的に説明して欲しいと思うんだよ。ああ、君を疑うつもりはないよ。これは我々の組織運営の問題なんだ」


男の言葉には全く感情が籠っていなかった。

本当にやりにくい相手だ。


その後も男はじっくりと焦ることなく、僕を問い詰めていく。

ダメだ

この男と幾ら話していても、砂を噛むようだ。


人形屋という男。本丸を狙うべきか。


僕はとっておきの情報を呈示する。それが人形屋を釣り上げる必殺のエサになると信じて。


「ドリームメーカー……あの機械をそんな風に呼んでいたかな」


その単語を聞くと男の態度が明らかに変わった。

男は、一言二言いうと席を立ち、喫茶店の外に出ると電話をかけだした。


ビンゴだ。


男の上司を呼び出すには、こいつに判断できない状況を作り出すしかない。

魔法の根源であるドリームメーカーについては禁則事項なのではないかというのが僕の予想だった。


さつ、次は人形屋が相手だ。

 作戦は何もないけれど、当たって砕けろだ、なんて考えていると僕の目の前で予想外の出来事が起こったのだ。

 携帯電話をかけ終えた男が、突然どうと倒れ、そのまま道で気を失ってしまったのだ。

 慌てて駆け出す僕。


「お客さん、お勘定~」


僕を引き留めるその声は、唐突で、しかし聞き覚えのあるものだった。


「う……海野うんの先輩!?」


昨日と打って変わって制服姿の先輩がそこにいた。

まさか、僕を励ますためにわざわざ制服を着てくれたのだろうか。

海野先輩が最も美しく輝く至高のバランスは、我が校の制服によってもたらされることは既に述べた通りである。


「話は全て聞かせてもらったーーーーよ」


ポーズを決める海野うんの先輩。

店の外ではガッツポーズをとる木野先輩が見える。


「どうして!?」


「ま、考えることは一緒ってことよ」


そうか。確か木野先輩たちは、ギルドと交渉しようとしていたんだ。

必然僕と行動は似通ってくる。


「甲丙には甲丙の考えがあるけど、まーにはまーのやり方があるんでしょ。私はどっちも大事にしたいと思う」


先輩が僕の耳元で囁く。


「先輩……」




 













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